第24話 緩徐法を使ってサイバーパンク掌編を書いてみよう 『燃えよ振動剣』

 俺の身体が燃えている。常用制限解除リミッター・カットで散々ぶん回した人工筋肉が許容範囲以上の熱を持って、疑似肌の発火点を超えたのだ。拡張視野には真っ赤なアラームが数えきれないくらい点灯している。平気とは言いにくい状況だ。

 足元には、俺がぶった斬ったサイボーグ傭兵どもの残骸が、3ダースほど転がっていた。だが、まだピンピンしてるサイボーグがあと2ダースは居て、俺の背後には護衛対象のハンナ・ウェイカーズがぶるぶる震えている。

 こんなに無茶をする気はなかった。たった3ブロック先に、お得意様の企業のご令嬢をエスコートするだけの仕事。いつものように、車内でハンナと雑談でもして、報酬を貰うだけのウマい仕事のはずだった。だがしかし、ハンナの父親が―—ハメられたのかなんなのかは知らないが――企業警察に逮捕されて状況は一変した。社に雇われたらしい傭兵どもが、次々とハンナを狙ってきた。最初は機密保持のための保護だのなんだの言ってたが、戦い方からしてハンナの命をなんとも思っていないことは透けて見えた。見せしめかなにかのために、ハンナを殺すつもりなのだろう。

「いい加減、投降しろ。“鉻切かくぎり”キョータロー。『飛ぶ斬撃』の手品には手を焼いたが……。お前たちは完全に包囲されている。ここまでだ」

 リーダー格らしき五眼の傭兵が言った。

「なぜ戦う。お前には戦う理由がないはずだ。どうせ、その女を守っても、金は支払われんぞ。いまからでも遅くはない。……クライアントはお前を高く評価した。すぐこちらに与すれば、ウェイカーズが払うはずだった報奨金の倍払うと言っている」

 五眼は見え透いた嘘を吐いた。ハンナが不安げに身じろぎするのを感じる。俺は口の中に溜まった白い人工血液を吐き出した。

「断る」

「ふん……金で動くのが俺たち傭兵だろうが。その女に情でも移ったか。惚れでもしたか」

「そうじゃない。金に釣られてホイホイと紅白を変えるような生き方は納得できないだけだ」

「なに? まさか、そんなくだらないこだわりで死ぬつもりか?」

「そうだ。粋じゃなきゃ、生きてる価値がねえ」

 俺は燃える手で、得物を逆手に握り直した。エビネ2225。淡い紫色の刀身と年輪めいた刃文が特徴の振動刀ヴィブロブレード。ミワ・オニキス工業製。非効率極まりない、しかし、美しい近接武器。

「……馬鹿の考えることはわからん。もういい。死ね」

 五眼が指を振ると、俺たちを取り囲む傭兵たちが、一斉に銃をこちらに向けた。

「伏せてろ―—」

 俺はそういって、思考加速装置を起動させた。主観時間の流れがタールのように鈍化する。新しくアラームが増える。どちらにせよこれが、最後の加速になるだろう。

 傭兵たちの銃から弾丸が飛び出す前に刀を振るう。すると、斬撃の延長線上に居た傭兵の首が、ゆっくりと飛んだ。

 この刀には自動研ぎ機能がある。一定の周波数で刀を振動させることで、刃の一部を剥離させ、切れ味を復活させるという機能だ。この自動研ぎによって、常に原子一個分の刃先を維持できる。この研ぎ機能を使いながら、刀を高速で振る。するとどうなるか。剝離した刃の欠片、構造的には単分子鋼索モノワイヤーと遜色ないものが、そのまますっ飛んでいくのだ。これが俺の『飛ぶ斬撃』の手品のタネだった。

 弾丸が発射される前に、俺は6人の傭兵を切り殺した。弾丸が俺の目の前に到達するまでに、さらに6人殺す。

 殺到する弾丸を俺は切って捨てた。真っ二つになった弾丸が、ハンネに当たらないように注意しながら、鉛の重雨を刀一本で切り開き続ける。

 急に、右手の手首がぐにゃりと変な方向に曲がった。遂に、関節がオシャカになり始めたようだ。刀を左に持ち変えて、また切る。持ち変えの隙に、切れなかった弾丸を胸で受けると、鈍い衝撃が俺の背筋にまで響いた。痛覚を90%カットしていても、けっこうクる。

 傭兵たちが弾切れを起こし始める。弾幕が薄くなった隙を突いて、斬撃を飛ばす。さらに6人殺したところで、今度は左手もオシャカになった。俺は刀を口で咥えて、切り続けた。

 迎撃しきれない弾が増えてくる。ハンナへの直撃コースを、使い物にならなくなった腕で受ける。視界の端で、俺の人工筋肉やクロームの骨格がはじけ飛ぶのが見える。あと残すは、五眼のみ―—あと一太刀、というところで思考加速が切れた。俺は仁王立ちに立って、五眼が放つ残りの弾丸を受け止めた。

 スクラップ寸前の身体中が訴える痛み。思考加速の揺り戻し。めまい、頭痛、吐き気。俺はなんとかそのまま立ち続けようとしたが、両膝を付いてしまった。その拍子に顎関節がダメになって、刀を取り落とす。

「まだ生きているとは、驚きだな……」

 五眼が弾倉の交換をしながら、こちらに近づいてくる。交換を終えると、五眼は俺の頭に銃口を突き付けた。

「なにか言い残すことはあるか?」

馬鹿はかはおはえ

 俺は刀の柄を足の甲に引っ掛け、全力で跳躍した。くるくると刀が宙を舞う。俺は柄頭をつま先で捕らえ、蹴った。刀が五眼の喉に突き刺さる。

「くお……」

 俺が着地したとき、男は呻きながら、自分の喉に刺さった刀を抜こうとしていた。俺は柄頭に回し蹴りをかました。刀が水平に回転して、五眼の頭が飛んだ。

「すーっ、ふーっ」

 俺は残心を決め、深く息を吸って、吐いた。

「ぐふっ、ぐぶっ」

 喉の奥から、白い血が噴き出してきて、俺はむせた。

「キョータローさん! だ、大丈夫ですか?」

 地面に伏せていたハンナが、俺によって来た。なにをしていいのかわからないのが、あわあわと宙を磨いている。

大丈夫らいじょうふ

 俺は笑顔を浮かべ親指を立てようとしたが、顎と両腕を失っていることを思い出した。代わりに俺は脚の親指を立てた。ついでに、刀を脚で挟んで、鞘に戻した。

ほへーフハスに」

 俺はない歯を食いしばって、歩きはじめた。ハードボイルドに必要なのは、タフネスとやせ我慢だ。

 ハンナは俺の後をちゃんとついてきた。あれだけの戦闘を間近に見たすぐ後に動けるのは強い証拠だ。この娘は生き残れる。俺はそう思った。


 

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