第23話 ケモミミ-人間カップルの百合掌編を書いてみよう 『ただいまのときは』

「ただいま」

「おかえりなさい!」

 私が印刷所の仕事から帰って玄関を開けると、すでにノノが待ち構えていた。スカートの尻尾穴から伸びた飴色の尻尾が、猛烈な勢いで振られている。

「ただいま、ノノ」

 ノノを抱きしめると、尻尾の勢いはさらに増した。ふさふさの尻尾が、いまにもちぎれてしまいそうだ。

「はい、お帰りなさい。ルリさん」

 私の胸に埋まった頭から伸びる大きな耳はぺたんと後ろに寝ている。私はその毛並みの流れに沿うように、ノノの頭を撫でた。ひとしきり、ノノの頭を撫でまくったら、ノノは満足げに笑ってこちらを見上げてきた。

「今日は私が先に帰ったので、夕飯を作っておきました。ルリさんの好きなビーフシチューですよ。食べてください!」

「ありがとう。楽しみだよ」

 私が笑うと、ノノも笑った。いつも通りの、眩しいくらいの笑顔だった。


 夕食を終えて、私たちはソファに座って映画を観始めた。もはや、古典と言って良いくらい古いゾンビ映画だ。私は特にゾンビ映画は好みではないのだが、ノノが好きなので、一緒に観ている。

 映画を観るとき、ノノはいつも決まって私の脚の間に座る。ノノの小柄な身体は私の腕の中にすっぽりと納まってしまう。私はノノのぴこぴこと動く耳の合間から、映画を観ていた。ノノの耳は映画の場面によって、細かく反応する。警戒するようにピンと立ったり、怖れるようにぐっと後ろに寝たりする。

 ノノはなにも言わずとも雄弁だった。狼人特有の大きな耳と尻尾で、これでもかというくらいに、自分の気持ちを表現する。それを見ると、いつも自分がなんて不完全なんだろうと思ってしまう。

 ノノが家に帰ってきた時、私だって嬉しい。でも、尻尾をちぎれそうなくらい振ったりはしない。「帰ってきて嬉しいよ」とか、「恋しかったよ」とか、口先ではいくらでも言える。でも、そんなのは手あかのついた薄っぺらなセリフに過ぎない。ノノは尻尾がちぎれそうなくらい嬉しい気持ちを、尻尾をちぎれそうなくらい振ることで示してくれる。撫でて貰いたければ、耳を伏せる。その仕草は端的で、真実しかない。

 私はそのまっすぐな好意の表明に、釣り合うようなことをなに一つできない。言葉で伝えようとしても、そこには必ず誇張や矮小化が含まれる。私が「恋しかったよ」と言ったとき、私は「恋しかった」訳ではない。ノノが居ないことが不安で、物足りなくて、心にぽっかりと穴が開いているようで、いつ帰ってくるのかなとちらちら時計の針を見つめて、いつもより帰ってくるのが遅いけどもしかしたらなにかあったのかもしれない……なんてことを考えて、胸をうずうず、むずむず、とさせていたのだ。その心の機微をすべて言葉にすることなんてできない。でも、あのノノの尻尾の振りっぷりを見れば、ノノが私をどれだけ想ってくれているか、一目でわかるのだ。

 ふう、とため息がこぼれる。ノノは言った。

「ルリさん。この映画、退屈ですか?」

「いや、そうじゃない……ちょっと、そうだけど。違う。こっちの話。ただ……」

 私はノノの耳の根元に触れ、親指を使ってくにくにと揉み始めた。ノノは喫茶店で給仕の仕事をしてるから、よく耳を使う。だから、耳を凝りがちだ。こうやってマッサージしてあげるとノノは喜んだ。

「私にも、ノノみたいな耳と尻尾が付いてたらなって思ってさ。そうしたら、ノノにも私の嬉しい気持ちがわかってもらえるのに」

「わかりますよ」

 ノノがこちらに振り向いた。

「えっ」

「わかりますよ。ルリさんの嬉しい気持ち。私がルリさんが好きなのと同じくらい、ルリさんも私のことが好きだってことも」

 ノノの鳶色の瞳が、まっすぐ私を見据えた。やはり、その仕草は端的で、真実しかないように思えた。

「そう、なんだ」

「そうですよ。じゃなきゃ、ビーフシチューなんて作りませんよ。本格的に作るの、結構手間なんですから」

 ノノはそういって、また画面の方へ振り向いた。角度的によくは見えないが、ノノの頬がわずかに赤く染まっているように見える。それで、十分に思えた。

 私がノノをぎゅっと抱きしめると、ノノの尻尾が私の腹をトントンと叩いた。

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