第6話 誇張法を使ってサイバーパンク掌編を書いてみよう 『本物の夏』

 フラスコ・シティの都市空調が故障したその日、街の最高気温は46℃を記録した。メインの都市空調だけではなく、サブシステムですらその80%が同時に故障するというこの事故は、確率上三十億年に一度という天文学的不運だった。透明な泡状障壁バブルに覆われた完全環境都市アーコロジー全体が巨大なサンルームと化し、都市に住む人間と人間以外のものすべてを蒸し焼きにし始めた。

 フラスコ・シティの片隅の寂れた工業地帯に、ジム・アイスマンという男がいる。ジムは氷売りだった。ジムの親も、その親も氷売りだった。ジムの祖父は、都市間戦争以前、技術的特異点シンギュラリティを超えた機械知性が作ったオーパーツ製氷機をどこかから仕入れ、氷売りを始めた。それ以来の稼業だった。

 アイスマン印の氷は、構造的欠陥のまったく存在しない完璧な氷であり、研究用、食品用、芸術品用などなど、様々な用途に使われている。ジムの営む『アイスマン製氷所』は家族経営ながら、固定客に恵まれ、経営は非常に安定していた。しかし、ジムはこの家業を憎悪していた。

 アイスマン製氷所はジムの祖父が仕入れてきた三台のオーパーツ製氷機に完全に依存していた。オーパーツ製氷機は全体が不可U破壊B物質Mでできており、まったく故障も損耗もしない代わりに、人間には製造不能であり、替えが効かない。ジムはかつてアイスマン製氷所をより大きな企業にすることを夢見ていたが、数年の挑戦の末、自らに商才がないことを悟り、諦めた。いままで、オーパーツ製氷機の人知を超えたスペックに頼り切りで経営をしてきたために、現状維持以上のことができなかったのだ。

 ジムは生まれ持った家業を憎んだ。生まれ持った家業でないと生きていけない自分の無能と情けなさを憎んだ。そんな時、フラスコ・シティに本物の夏が来た。

 制御下にない殺人的猛暑の中で、アイスマン印の氷は飛ぶように売れた。だれもが、なにもかもが涼を求めていた。人間を冷やすために、機械を冷やすために、氷が必要だった。

 ジムは街を救った。すくなくとも、多くの人々とその財産を守った。ジムはただひたすらに氷を作ることが、時によってはだれかの命を救うほど大切なことだと悟った。

 ジムは生まれ持った家業を憎まなくなった。自分のできることを、できる限りでやろうと思った。

 フラスコ・シティの夏は都市空調の修理完了によって一日で終わったが、ジムはそれ以来、すこしぐっすりと眠れるようになった。

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