第5話 暗喩と提喩を使ってサイバーパンク掌編を書いてみよう 『傷』

 人はみな人生の長い道のりを自分の二本足で歩いていくのだから、時に転ぶし、転べば傷が付く。いくら傷を鉄とシリコンで埋めようと、傷そのものはなくならない。だから、サイバネティクスを見れば、多少なりともそいつの傷を推し量ることができる――と俺は考えている。

 ベルと名乗ったその少女のサイバネは、過剰なほど攻撃的だった。四肢に組み込まれた高周波ブレード、肩部と背部に設けられた4つのウエポンラック。人体の大まかなシルエットを保ちつつも、小枝のように細いその義体は、高速戦闘用にカリカリにチューンされているのがわかる。

 俺はベルを見た瞬間、彼女の抱えている傷がなんなのか直感した。『弱さ』だ。それは、俺の胸に深く刻まれているものと同じだった。

「ねえ、おっさん」

 バーのカウンターで座っている俺へ、ベルは居丈高に言った。バイザーの四つのカメラ・アイが俺を見上げ、鮮やかな赤に塗装された軽量合金装甲が艶やかに光る。

「仕事、欲しいでしょう? あたしが雇ってあげる」

 ベルはニッと笑みを浮かべた。幼さを残した鼻から下の顔に、勝気な笑顔が浮かぶ。

「なんの仕事だ?」

「殺しの仕事。生死は問わない賞金首デッドオアアライブをお金に変える仕事」

 カウンターにサイコロ様のマイクロ・立体映像ホロプロジェクターが転がる。一の目を模した赤いレンズが上を向いてサイコロが止まる。中空に『八つ裂きアルバータ、生死問わず、賞金1,200,000クレジット』の文字と共に、厳つい女の顔が投影された。

 俺は手配書とベルの顔を交互に見た。賞金稼ぎの仕事はずいぶん昔に辞めていた。復帰するつもりもなかった。別に、いまは金も仕事も欲しくはない。だが、ベルとは真逆に発露した俺の弱さを、なんとなくこの娘のために使いたくなった。

「報酬は?」

「賞金を5:5で山分けってのはどう?」

「いいだろう」

 俺は立ち上がった。3m近い俺の背丈では、天井がスレスレだ。俺はすこし身をかがめ、ブ厚い多層セラミック装甲に覆われた右手をベルに差し出した。

「よろしく、ベル」

「こちらこそよろしく、“鉄黒熊”ハロルド」

「そう呼ばれるのは数年ぶりだな」

 俺はベルの折り紙細工のような手を、できる限り優しく握った。

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