第3話 直喩を使ってサイバーパンク掌編を書いてみよう 『白い手のヴァネッサ』

 俺は十二番通りの廃地下鉄駅から地下に潜って、旧下水道まで降りて行った。衛星も、監視カメラも、市警のドローンの目も届かない旧下水道には、お天道様に顔向けできないやつらばかりが集まっている。いまでも流れ込んでくる雨水に水没しない部分には、ならず者たちが身を寄せ合う集落がいくつかできていて、『島』と呼ばれていた。

 今日の俺の目的地は『ヴァネッサ島』と呼ばれる集落だった。なぜそこがヴァネッサ島と呼ばれているかというと、元締めが『白い手のヴァネッサ』という女だからである。俺が陰気なアリの巣のようなここまで降りてきたのも、ヴァネッサに呼び出されたからだった。

 死んでるのか生きてるのかわからないヤク中どもを横目に見て、薄暗く悪臭漂うヴァネッサ島の目抜き通りをずっと行くと、大きな暗幕に突き当る。暗幕にはピンクの蛍光塗料で『ヴァネッサの占い館』と書かれている。俺はその暗幕の中に入った。

「よくきたな。ホーカコーギン」

 鈴を転がすような声が飛んでくる。声の主は異形の全身機械置換者フルボーグだった。肉感的な女体を模した義体のほとんどが黒く艶やかなラテックス様の素材に覆われており、『白い手のヴァネッサ』の異名の通りに両腕の前腕から先だけが白い。ヴァネッサの両手は死蝋を思わせる質感で、病的にまで白く美しかった。白い指先は腿の上にある水晶玉をわざとらしく撫でまわしている。眼窩は金で埋められているのに、なぜか俺はいつもヴァネッサの視線を感じた。

「仕事の内容を」

「この男を殺してもらいたい」

 ヴァネッサがそういうと、なにもない中空に男の顔写真と身元情報が投影された。

「スフェリコン・アームズの平社員か。なぜこんなどうでもいい男を殺す?」

「占いだ」

「占いか」

 俺は頷いた。ヴァネッサは『占い』の力で未来を予測しここまでの地位に這い上がってきた――という触れ込みだった。まあ、それが真実かどうかはどうでもいい。重要なのはヴァネッサは高精度な独自の情報源を持っており、それを使いこなしているということだった。ただの平社員を殺すのも、なにかヴァネッサの利になることなのだろう。

「受けるか?」

「受ける。報酬はいつもの通りに」

 俺は踵を返し、暗幕の外へと出ようとした。そこに、ヴァネッサが声をかけてくる。

「期待しているぞ。お前の『喉』に」

 俺は振り返らなかった。俺は指向性音響兵器が組み込まれた喉をんんっと鳴らし、暗幕を出た。

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