第3話 直喩を使ってサイバーパンク掌編を書いてみよう 『白い手のヴァネッサ』
俺は十二番通りの廃地下鉄駅から地下に潜って、旧下水道まで降りて行った。衛星も、監視カメラも、市警のドローンの目も届かない旧下水道には、お天道様に顔向けできないやつらばかりが集まっている。いまでも流れ込んでくる雨水に水没しない部分には、ならず者たちが身を寄せ合う集落がいくつかできていて、『島』と呼ばれていた。
今日の俺の目的地は『ヴァネッサ島』と呼ばれる集落だった。なぜそこがヴァネッサ島と呼ばれているかというと、元締めが『白い手のヴァネッサ』という女だからである。俺が陰気なアリの巣のようなここまで降りてきたのも、ヴァネッサに呼び出されたからだった。
死んでるのか生きてるのかわからないヤク中どもを横目に見て、薄暗く悪臭漂うヴァネッサ島の目抜き通りをずっと行くと、大きな暗幕に突き当る。暗幕にはピンクの蛍光塗料で『ヴァネッサの占い館』と書かれている。俺はその暗幕の中に入った。
「よくきたな。ホーカコーギン」
鈴を転がすような声が飛んでくる。声の主は異形の
「仕事の内容を」
「この男を殺してもらいたい」
ヴァネッサがそういうと、なにもない中空に男の顔写真と身元情報が投影された。
「スフェリコン・アームズの平社員か。なぜこんなどうでもいい男を殺す?」
「占いだ」
「占いか」
俺は頷いた。ヴァネッサは『占い』の力で未来を予測しここまでの地位に這い上がってきた――という触れ込みだった。まあ、それが真実かどうかはどうでもいい。重要なのはヴァネッサは高精度な独自の情報源を持っており、それを使いこなしているということだった。ただの平社員を殺すのも、なにかヴァネッサの利になることなのだろう。
「受けるか?」
「受ける。報酬はいつもの通りに」
俺は踵を返し、暗幕の外へと出ようとした。そこに、ヴァネッサが声をかけてくる。
「期待しているぞ。お前の『喉』に」
俺は振り返らなかった。俺は指向性音響兵器が組み込まれた喉をんんっと鳴らし、暗幕を出た。
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