第2話 列叙法を使ってサイバーパンク世界を描写してみよう 『現地集合』

 終戦記念日ということもあって、三十六番通りは人でごった返していた。どこを見回しても人、人、人だ。くたびれたスーツを着たサラリーマン、制服を着たティーンエイジャー、モヒカン頭のチンピラ、ネオングリーンの蛍光タトゥーが眩しいパンクス、生の筋肉を見せびらかす自然主義者マッチョ、腰にでかい銃をぶらさげた義手の傭兵、カーボン編み笠を被った電脳僧侶、犬面の全身機械置換者フルボーグ、スチームパンク風の衣装を着た赤毛の少女、金色ビキニにシースルーコートを羽織っただけの女サムライ、なぜか釣り具を持ったおっさん、などなど。十人十色なんて言葉が安っぽく聞こえるくらいの人間が、歩行者天国を良いことに尋常じゃない密度で通りを歩いていた。

『ヤン、どこにいる?』

『飲み屋で先に呑んでる』

『どこの飲み屋だ?』

 俺が電脳で言うと、ヤンが位置情報を送ってくる。すかさず、拡張視野に位置情報を反映させる。ヤンが居るのは通りの向かいの複合ビルの三階のようだった。

『わかった。いま行く』

 通信を切って、俺は人波をかき分け目的地を目指した。直線距離にして100メートルない対岸に着くまでに、たっぷり15分を要し、それだけで俺はへとへとになっていた。

 三十六番通りの端には出店がずらりと並んでいた。コーン・ドッグ、ヤキトリ、プラスチックのお面、射的、ポップコーン、牛丼、ラーメン、そば、チキンカツカレー、ポテトフライ、寿司、天ぷら、水たばこ、サイバネのジャンク、脱法薬物、綿あめ、違法薬物、フォー、クレープ、防壁破り、なんかピカピカ光る棒、電気金魚すくい、トルネードチョコバナナ、激辛やきそば、模擬体験のカセットの海賊版、アンドロイドの頭だけ、などなど。食いもんやら機械油やらドラッグやらの匂いが人間の匂いと混じり合ってあたりに立ち込めて、鼻孔から入り込んだ異臭が俺の頭を揺らし続ける。

 俺は出店に並ぶ客の間をすり抜け、チンピラ同士の喧嘩をやり過ごし、ひいひい言いながらヤンの居るビルにまでたどり着いた。ビルの中もなかなかの人だかりだったが、通りよりはずいぶんマシだった。エスカレーターで一息吐いて、俺はヤンの居る店に向かった。

 『東風レトロ屋』の看板を掲げるそこは、まあ、なんというか普通のチェーン店大衆居酒屋だった。内装は二十一世紀風で統一されていて、そこはなかなか凝っている。

 ヤンは窓際の座敷席に座っていた。

「おう、ヤン」

「遅いぞ。シュウ」

 俺が席に着くと、ヤンは笑って言った。テーブルには空になった中ジョッキと、エダマメの殻が山積みになった皿が置かれていた。

「混んでてな」

 俺が窓の下に視線を飛ばすと、ヤンはさらに声を出して笑った。

「知ってる。上から見てたよ」

 ちょうどそこで、配膳ロボットが生ビールを二つ持ってきた。ドラム缶に車輪を付けただけみたいな旧式で、年季が入っている。ヤンが注文を飛ばしていてくれてたのだろう。

 俺たちはジョッキを受け取り、乾杯した。

「健康に」

「ああ、健康に」

 乾いた喉に冷えた黄金色の炭酸がよく染みた。俺は、通りを見下ろした。相変わらずの人、人、人だ。この街には気が遠くなるほど多くの人間が生きている。たまには、それを実感しなきゃならない。

 都市間戦争が終結し、ちょうど30年になる。あれから、いろんなことが変わった。俺もヤンも老けた。だが、変わらないものもある。祝日の人ごみの活気とか、ビールとエダマメの相性の良さとか。ヤンとの友情も、その一つだった。

「なに食う?」

「餃子の気分だ。いや、ヤキトリも良いな。さっき……」

 俺は来年もヤンとこうして吞めることを願いながら、ヤキトリ五種盛り合わせを注文した。

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