第13話




 今日のエイダン様はお気に入りの黒マントをつけていない。ただの麗しい美形だ。


「初めまして、ソレート前伯爵。アリスの婚約者であるアディロフ公爵だ」

「ア、アディロフ公爵閣下……?」


 エイダン様の発する威圧に、お父様はたじたじになった。


「今、言った通りだ。由緒正しいアディロフ公爵家に嫁ぐアリスの実家に問題がないか調べたところ、伯爵位にある当主ではなく嫡男が伯爵としての業務を行っている。調べたところ、数年はこの状態が続いている」


 エイダン様は私の肩に手を置いて、ニヤリと笑った。


「どうやら、伯爵は重大な健康上の問題を抱えているようだ。であれば、隠居してもらうべきだろう」

「そ、そんな勝手に……」

「幸い、優秀な嫡男がいるようだ。爵位を譲るのに問題はないと国王陛下もお認めになられた。これは決定事項だ。言っておくが、無駄な足掻きはしない方がいいぞ。ソレート伯爵家の名声は地に落ちている。今付き合っている貴族達は代替わりする嫡男に期待をかけて交流を続けているんだ。貴様が爵位にしがみつけば、彼らは付き合いを切ると言っている」


 エイダン様に畳みかけられて、お父様は口を噤んでしまった。


「安心しろ。隠居するための小さな家は用意してやる」


 静かになったお父様を放って、エイダン様はお姉様達に目を向けた。


「娘達は父親について行くか、他に行く宛がなければ修道院へ入れるように手配しよう。どうするか選べ」

「何ですって!?」


 お姉様達の顔色が変わった。


「この家を出て行けと言うの!?」

「どうして、私が修道院なんかに!」


 さんざん問題を起こしているのだから、修道院に入れてもらえるだけでも恩情措置なのだが、たぶん理解できないだろう。


「修道院が嫌なら、好きな場所に行ってくれて構わない。代替わりした伯爵家に居座るのはそちらも居心地が悪いだろうからな」


 何も問題を起こさずに大人しく過ごすのであれば、優しいお兄さまは面倒をみてくれただろうが、今後も問題を起こす可能性の高い地雷を伯爵家に置いておくわけにはいかないのだ。

 お姉様達は狼狽えていたが、急に三女が声音を変えてすり寄ってきた。


「公爵様、お助けください! 実は、本当は公爵様に嫁ぐのは私だったんです! なのに、アリスが私の縁談を横取りして……っ」


 ……私は肩を落として息を吐いた。

 三女は頬を染めてエイダン様を見上げている。噂では呪われた醜い公爵と言われていたエイダン様が実物はかなりの美丈夫だったのだから、こうなるような気はしていた。


「嘘を言わないで! 公爵様、公爵様をお慕いしていたのは私なんです! 私を公爵家へ連れ帰ってください!」


 負けじと長女も喚きだした。


「お姉様のような浮気女が公爵夫人になれる訳ないでしょう!」

「なんですって! あんたみたいに他人を見下す女こそ公爵様にはふさわしくないわよ!」

「出戻りのお姉様が公爵様に言い寄るなんて図々しいのよ!」

「陰険な顔つきのあんたこそ身の程を知りなさいよ!」


「いい加減にしろ、お前達っ!!」


 醜い喧嘩を始めた二人に、お兄様の怒声が響いた。




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