第8話




 民の中に紛れた影の暗殺者を探すため、私はエイダン様に連れられて街に来ていた。


「いいか。油断するなよ、アリス」


 エイダン様は鋭い目で辺りを見回す。周りには私の他に護衛騎士が二人付いてきている。


「ここで迷ったら命はないと思え……絶対に、俺を見失うなよ」

「はい。絶対に見失いません」


 エイダン様はお気に入りの黒いマントをなびかせているので、遠くから見てもたぶんすごい目立つ。


 領民の皆さんももう慣れっこなのか、エイダン様が多少挙動不審でも誰も気にしていないしこっちを見もしない。


 何事もなく外出を終え、城に戻ってくると、エイダン様は執務室に引きこもる。

 病さえなければ、エイダン様は非常に優秀な方だとこの三ヶ月で確信した。


「ローディ。柑橘類の値段が少し上がっていた。今はまだ気にするほどではないが、もしかしたら南の国で冷夏だったのかもしれない。来年の我が国が冷夏に襲われる可能性があるか調べ、必要に応じて対応策を」

「かしこまりました」


 執事と一緒にそうやって仕事をしている姿を見ると、とても患っているとは思えない。一緒に街を歩いていたというのに、私は物の値段なんて見ていなかった。

 エイダン様は患ってはいるが、領民のことをきちんと考えてもいるのだ。

 尊敬する。


「そうなのよ。あの子は本当は誰より優秀なの。だから、アリスちゃんも安心してちょうだい」


 レオナ様は三ヶ月前に比べて明らかに血色がよくなっている。


「息子の嫁が決まって肩の荷が降りたのよ〜。という訳で、式はいつにする?」


 最近は毎日のように「式の日取り」を尋ねられる。私は仮の婚約者のつもりなのだけれど、これまでに令嬢に逃げられすぎてレオナ様も使用人の方々も焦っているのだろう。


「エイダン様にはもっとふさわしいご縁がありますよ」

「いいえ。このご縁を逃したら我が家は闇の波動に飲み込まれるだけよ」

「その通りです奥様!」

「この際、多少強引な手を使ってでも既成事実を……っ」


 レオナ様と使用人の方々は最近、私の方を見てこしょこしょ内緒話をしていることがあるが、なんなのだろう?


「おいアリス! 俺様は森に住まう地獄からやってきた魔獣ドィグルスを倒しに行く! ついてこい!」

「はーい」

「ここから先は魔の森だ! はぐれたら死ぬぜ! 俺達を惑わせようとする堕天使の声に気をつけろ!」


 今日は天気が良く、森からは小鳥の声が聞こえてくる。ピクニック日和だ。




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