第2話




 行商の店が出ている通りに足を踏み入れると、周りはやはり若い恋人達でいっぱいだった。

 ニコルは少し怯んだが、勇気を出して一歩踏み出した。


 おっかなびっくり店を覗いてみたが、店の主人はひとりのニコルにも気にせず声をかけてくれた。

「ひとりかい?」と声をかけられることはあったけれど、「そうだ」と答えるとそれ以上は深く尋ねられなかった。

 二軒、三軒と渡っていくうちに、怖い気持ちはなくなっていた。


「わあ、綺麗」

「あれ、なんだろう?」

「これ美味しいなぁ〜」


 ひとりだからこそ、好きなものを見て好きなものを食べて、思うまま自由に動ける。

 そして、去年欲しかった腕輪の店を見ることも出来た。

 隣国で取れる虹色に光る白い石で作られた腕輪だ。


「綺麗……」


 一目で気に入ったニコルは、腕輪を手にとって店主に声をかけた。


「あの、これって一つだけでも売ってくれますか?」


 恋人とお揃いで買うのが流行っているので、二つ買わないと嫌な顔をされるかと思って確かめたのだが、店主はちょっと首を傾げただけですぐに頷いてくれた。


「もちろん、一つでも買ってくれりゃ有り難いよ」


 ニコルはほっとして腕輪を購入した。


「やっぱり一人で来て正解だったわ。来年も一人で来よう!」


 欲しいものを手に入れて、見たいものを見れたニコルは、上機嫌で帰宅したのだった。






 そういえば、今週末は行商の市が立つのだと、浮き足立つ生徒達を見て思い出した。

 去年は婚約者と一緒に行ったのだが、何を見たのかあまり覚えていない。今年も一緒に行かなければならないだろう。


「面倒くせぇな……」


 誘われても断ってしまいたいが、あまり婚約者の機嫌を損ねても余計に面倒くさそうだ。

 仕方がない。婚約者の義務だ。

 ケイオスはそう考えて諦めた。


(明日あたり、手紙が来るかな)


 ニコルが手紙で誘ってくるのを待つことにしたケイオスだったが、次の日も、その次の日も手紙が届くことはなかった。


 そうして、あっという間に行商の市が立つ前の日になった。


(直接誘いに来るのか……?)


 だが、一向にニコルが姿を見せないまま、放課後になり、ケイオスは帰宅した。


(朝、家まで誘いに来るつもりか……?)


 翌朝、出かける準備をして待っていたが、ニコルはやってこない。

 しびれを切らしてニコルの家へ行くと、「市へ行くと出ていった」と逆に怪訝な顔で見られた。ニコルの家人はケイオスと一緒に行っていると思っていたらしい。


(一人で行った?……いや、まさか。友人達と行ったのか)


 肩すかしを食らったケイオスは、何も言わずに勝手に市へ行ったニコルへの怒りを抱いて家へ帰った。


 翌週、学園でニコルを見かけたケイオスは歩み寄って呼び止めた。


「おい、週末は誰と市に行ったんだ?」


 尋ねられたニコルはきょとん、として答えた。


「ひとりで行きましたが?」

「嘘をつけ」


 ニコルは目を瞬いた。


「嘘ではありません。ひとりで行きました」


 俄には信じられなかったが、ニコルが嘘をついているようには見えなかった。


(まさか、本当にひとりで行ったのか?)


 ケイオスはぞっとした。市が立つ日は普段より人通りが多い。令嬢がひとりでうろついていては何かのトラブルに巻き込まれかねない。


「なんで俺を誘いに来なかった?」

「はあ……」


 ニコルは何を言われているかわかっていないような顔をした。


「去年お誘いした時は、ケイオス様は楽しくなさそうでしたし早く帰りたそうでしたから、お誘いしたらご迷惑かと」


 ケイオスは口を噤んだ。確かに去年は面倒だと思いながら出かけた気がする。


「そういう訳ですので、私のことはお気になさらず」


 ニコルはそう言ってさっさと去っていった。

 その反応にケイオスは胸がもやもやしたが、何も言うことが出来なかった。



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