異世界恋愛小説集

荒瀬ヤヒロ

おひとり様には慣れましたので。

第1話




 貴族の通う学園では社交界の練習となる行事が多い。

 そうした行事にはたいていの場合男女のパートナーで参加する。婚約者がいる場合は当然婚約者と。いない場合は、身内や仲の良い相手と。

 伯爵家以上の高位貴族となると学園入学前には婚約が整っているのが普通だから、ひとりで参加しているとそれはもう目立つのだ。


 今現在、壁により掛かって会場を眺めているニコル・ポートレット伯爵令嬢のように。


(暇だなぁ……)


 学園のホールで行われている交流会は全学年の生徒が参加するため大層賑やかだ。

 賑やかなはずなのに、どういう訳かこちらを嘲笑する声ははっきり聞こえてくるものだ。


『見て。またおひとりですわよ』

『惨めね〜』

『でも無理もないわよ。キャロライン王女には適わないもの』


 ニコルは溜め息を吐いて、会場の真ん中で人に囲まれているキャロライン王女を眺めた。


 美しく、聡明で、威厳に満ちた、まさに完璧な存在。それが王女キャロラインだ。

 すべての令息令嬢から憧れられ慕われる王女。中でも、最も深く心酔しているのがニコルの婚約者であるケイオスだ。

 ケイオスは幼馴染でもあるキャロライン王女の誇り高い姿に心を奪われているらしく、学園では生徒会に所属して会長であるキャロラインを支え、将来は騎士となって王女を守ると公言している。

 なので今も、王女の傍に侍っている。


 いつものことだと、既に慣れつつある自分が悲しい。


 いや、最近はより酷くなっている気がする。

 婚約した当初は手紙をやりとりしたりお茶の時間を設けたりぐらいのことはしていたが、最近はそれもない。手紙の返事はこないし、お茶の時間はすっぽかされる。


 最初のうちは悲しかったしケイオスを責めたりもしたが、何を言っても変わらない彼にニコルは何かを望むのを止めた。


(彼はキャロライン様のことしか考えていないのだから)


 そう考えても、昔ほど胸が痛くならないのがニコルにとっては幸いだった。




 ***



 次の休みは町に行商がやってくる。珍しいものが手に入るので、毎年令嬢達は恋人と一緒に買い物に行くのを楽しみにしている。

 ニコルも去年はケイオスと一緒に行商を見に行った。

 アクセサリー屋の前で立ち止まったと思ったら「この髪飾り、キャロライン様に似合いそうだ」

 本屋の間で立ち止まったと思ったら「この本、前にキャロライン様が読んでいた」

 さすがに腹に据えかねて文句を言うと、「わざわざ来てやったのにそれぐらいで怒るな。本当はキャロライン様のために剣の修行をしたかったのに」と叱られた。

 よく涙を堪えたものだと今思い返しても自分に感心する。

 結局、それ以上ケイオスと一緒にいる気分にはなれず、その場で解散とあいなった。


 本当は、欲しいものがあったのだ。隣国の石で作った腕輪で、身につけると幸せになれると言われていた。令嬢達の間では恋人とお揃いで買って身につけるのが流行っていた。


(あのお店は、今年も出ているかな?)


 母親にまだケイオスを誘っていないのかと聞かれたが、正直にいうと誘う気が起きない。手紙を書いたって、返ってくるかわからないし。一緒にいってくれたとしても、去年みたいなことになるのなら行かない方がマシだ。


(そうよ。あんなことになるんだったら、行かないほうがいい……)


 でも、一年の一度のことだし、行商は見に行きたい。


「……ひとりで行こうかしら」


 思いついて呟いてみると、それが良い考えのような気がしてきた。


「そうよ。別にひとりで行ってもいいんだわ」


 そう思うと、急に気が楽になった。肩の荷が下りた感じだ。ひとりなら気ままに店を見て回れるし、嫌な想いもしない。

 考えれば考えるほど、ひとりの方がいいと思えた。


「私がひとりで行けば、ケイオス様もキャロライン様のために過ごせるし」


 向こうが好きにしているのだから、こちらも好きにすればいいのかもしれない。

 そう考えて、ニコルはほっと肩の力を抜いた。



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