第35話 万全な彼との前哨戦

 そんなわけで、振り出しに戻る。

 早速と言っては何だけど、遠く前方、森の中で凄まじい破砕音と地盤が崩落する振動、木々が幹から千切れる繊維質な破断音も無数に響いた。

 あー、今さっきタイムリープした辺り……最初にわたしやダン&ヴェリスと出会った方角だね。

 多分、時空をこねてのばして好き放題いじった反動……風が吹けば桶屋が儲かるバタフライ・エフェクトが一気に押し寄せたのだろう。

 まだこの程度で済んでよかったよ。

 森に潜む野盗や傭兵くずれどもの、阿鼻叫喚が聴こえる。

 ボクが見たあいつらって何かと不運に見舞われるね。

 真面目に生きないとバチが当たるって言う教訓なのかも。

 

 さて、本題。

 再びボクとMARK Ⅱは対峙した。

 偶然か狙ったのか、彼はあの日の地球、ボクのマンションで出会った時と同じ距離に立っていた。

 【本質解析】

 やっぱり、ミリ単位で全く同じ距離だ。

 てことは。

 MARK Ⅱは目視不能な速さで拳銃を抜くと、真っ直ぐボクの胸を撃つ。

 ボクの眼前で、弾丸がプラズマみたいに蒸発・四散した。

 当然、エルシィとしての能力・常駐防御魔法がある今、地球の時のように無防備ではない。

 あの時と同じようにこれでThe Endと言うのにも抗いがたい誘惑はあったけど……わたしの目が黒いうちはそうさせてはもらえない。

 ていうか。

 一応【本質解析】で見たんだけど、今の弾丸、対物ライフルくらいの威力があったよ。

 あんなちゃちな拳銃から出て良いジュール量ではない。

 考えるまでもなく、彼が持っている銃器の機構は魔法で超強化されてると思うべきだろう。

 文字通り“魔改造”とはこのことだよ。

「おい、何があったんだ!」

「どういう事なんだよ!?」

 森の中から、大勢のヒトたちがガサガサ出てきた。

 石を持ち上げたらびっしりダンゴムシみたいなのが出てきたみたいな、気持ち悪さだね。

 ワーキャットの比率が多め、か。

 使えるか試してみますか。

「聞け! チェーンソーの信徒たちよ」

 ボクはチェーンソーを頭上高くに掲げてスイッチオン。

 回転ノコギリが高らかに咆哮する。 

「私は始祖フョードルの第一弟子にして、彼の代弁者・セントレイシィである!

 今こそ邪神が目覚めし審判の時! ほら、あそこにいるあいつだ!

 私はかの男の魔手より世界を救済すべく遣わされた!」

「お、おお……まさしく、あのお方こそが救世主!」

 えっ?

 森の方から、意外な感嘆が浴びせられた。

 見るとフルフェイスの三角頭巾に、半裸マント。かなり細マッチョだな。マントが緑色なあたり、ハンターエルフか……そんな、ロレンツォのダンジョンにいそうな格好の男が声の主だった。

「我が予言は成就せり! 我ら“雷鳴派”は正しかった! 聖レイシィの降臨ぞ! 殉教者たちよ、邪神を討て!」

 ワー、ワー、うおおおお!

 チェーンソー教は“雷鳴派”の教祖っぽい男に統率された野盜どもが、MARK Ⅱへ殺到していく。 

 おいおい、かなりの数だな。

 まあ……確かに狙ってたのコレだけど。

 予想以上のトントン拍子だな。

 チェーンソー教の中でも、森の中に追いやられるような分派……教祖の種族はワーキャットではない……本家の座を狙う大人の事情ってとこかな。

 この異常事態下で、ボクのでっち上げに即時乗れるあたり【知力】はいかほどのものか。

 極端に高いか、極端に低いであろう事は確かだね。

「異端の“雷鳴派”に先を越されるな!」

 今度は、いかにもなフード付きローブを着たワーキャットが声を上げた。

「我ら“さざ波派”こそが始祖フョードルの意志を継ぐ者!」

 ワー、ワー、うおおおお!

 そして。

 そして。

 雄叫びと地鳴りのようなものを伴って、首都方面から現れたのは。

 何十にも及ぶ、フルアーマーの騎兵たち。

 頭から爪先まで、板金鎧に覆われた、無個性で画一的な。

 手には……波形刀身フランベルジュの高速回転する、大剣が!

 かつてフョードルの仇を討とうとした連中にボクが見せたチェーンソーはワーキャットの間で語り継がれ、うろ覚えながらも再現したのだろう。ドワーフに頼んで!

 柄の部分がやっぱ“ザ・剣”って感じで、ちょっとだけコレジャナイ感はあるけど……そんな些細な違いくらい、この際文句は言わないよ! 脳内変換で対応しますとも!

 なぜ、ワーキャットの敏捷性を犠牲にしてまでプレートアーマーを着込んでいるのかは甚だ謎だけど……もしかして、オークのレヴァンと共に第七クランへ向かっていたボクの勇姿を、信者の誰かが見ていたのかもしれない。

 駆動する“チェーンソー”を掲げ、騎兵隊がこちらへ進軍してくる!

 夢は……ボクの夢は、すでに叶っていたのだ。

 チェーンソーの騎兵隊が!

 ハァーアはぁ……。ッー……! ボクわたしの口からは、もはやため息しか出ない。

 で、MARK Ⅱはどうするかと言うと?

 虚空から当たり前のように、ごっつい“装置”を取り出した。

 M134機関銃。通称ミニガン。

 “ミニ”と言っても発電機構と合わせて100キロ。あくまでも“機関銃界における”ミニでしかない。

 まあ、力:200あれば、やるよね。それ。

 本来なら床に設置して使うそれを、彼は軽々持ち上げた。

 そして容赦なく発射。

 ビームのような火線が、横殴りの豪雨となって野盗どもを文字通り粉砕してゆく。

 流れ弾で、森の木々や岩が紙細工のように引き裂かれてゆく。

 頑強なプレートアーマーの勇者達も例外ではなく、次々に引き裂かれて落馬してゆく。

 世界が段ボール製に思えて感覚がヘンになりそうな光景だ。

 さざ波派の騎兵たちは、一部、どさくさに紛れて政敵の雷鳴派を襲って馬上からガリガリやりだすし、もう滅茶苦茶だ。

 依然、ミニガンの猛火も止まらない。

 MARK Ⅱは微動だにしていないが、普通なら反動でろくに狙いが定まらないだろう。力:200恐るべし。

 給弾ベルトが無い。錬金術か何かで直接弾薬を生成し続けているのだろう。

 野盗や狂信者やチェーンソーの英傑どもを均しつつ、ミニガンの弾幕がボクにも襲いかかる。

 さすがに自動防御魔法では相殺しきれず、ボクの肩と脇腹がそれぞれ冗談みたいに抉れた。

 さすが、無痛ガンとすら渾名される火器だ。神経が痛みを認識する余地もなく、何となく熱いって感触しかない。

 なんて考えてる一瞬で、回復魔法が発動。ボクの致命傷はたちまち無かった事になった。

 有り余る修繕エネルギーは、服さえも元通りの無傷に再生した。

 この間、MARK Ⅱが多少なりとも他の雑魚に気を取られている一瞬、ボクは【降雨】の魔法思考を編み終えていた。

 天が、真っ白に染まる。

 これまでわたしが自動防御に使っていた光魔法が雨に感染し、無数の柱となって地表に降り注ぐ。

 絶え間なく光華が弾ける中、地上が無差別に破壊され尽くしていく。

 さすがに範囲が広い分、思考が分散して面積あたりの威力は落ちているが……クリーンヒットすれば、ヒトを消し炭にするには充分だ。

 ボクには決して当たらない。

 そのような因果律に設定した。

 言うなれば「雨に曝されたけど、運良く全て当たらなかった」のと同じ事を意図的に起こした。

 えっ? あまりにも都合が良すぎだ、って?

 知力:100以下の奴らには理解できない、高尚なアレがあるの! やーい、バーカバーカ!

 そんなわけで、森と街道は一瞬にして地肌剥き出しの荒野に成り下がった。

 MARK Ⅱは……都市伝説のテケテケみたいに下半身が消し飛んで這いつくばっていたけど、回復魔法でスッキリシャッキリ。何事も無かったかのように立ち上がった。

 まあ、お互いこうなるよね。

 脳が生きている限りは、ほとんどタイムラグなしで全快出来る者同士。

 やろうと思えば永遠に戦ってはいられる。

「ふーむ」

 MARK Ⅱが、歯切れ悪い様子だ。

「せっかく揃ったステータス、もったいないけど……ボクも捨てたほうがよさそうだね」

 そんなことを言いながら、黒塗りの直剣……彼にとっての“邪聖剣”を取り出した。

 別に、フョードルらを消したのはボクが勝手にやった事だから、ハンデは甘んじて受けるつもりだったけど。

「君臨者はまた狩り直せばいいし……それよりも、この大事な時にお互いのステータスが違うのは興醒めだ」

 そしてMARK Ⅱは、漆黒の剣をちょちょいのちょい。

「はい、これでよし。ボクもヴァーミリア以外は消したから」


 レイMARK Ⅱ

【力:100(100) 体力:100(100) 知力:200(200) 反応:100(100) 器用:100(100)】

 レイ=エルテレシア

【力:100(100) 体力:100(100) 知力:200(200) 反応:100(100) 器用:116(116)】

 

「ミリアさんと“一緒”にはならないの?」

 でないとエルシィの分【器用】が116になっているボクが逆に有利になる。

「わかってるだろう? レイに物体性愛オブジェクトフィリアの趣味はないって」

「まあ、そうだね」

 魔法使いとしての強さはどちらが上なのかはわからないけど……これも多分、生い立ちを考えるとエルシィボクの方が有利そうだ。

 賢すぎたせいで、エルダーエルフの“義務”を押し付けられ、それが出来なかったから、心の障がいと見なされた。

 それは裏を返せば、同じ知力のエルダーエルフよりも“現実的な・実践的な”魔法の手腕に長けている事を意味する。

 対するミリアさんは、元々は“真理”を求める義務が無い程度の知力だった。だから、あの首都で偉い顔をしていた。

 政治なんて言うムダな事に知力のリソースを割いていた分もあり、どう考えてもエルシィより実戦能力が上ってことは無いだろう。

 そう考えると【知力】ってのは、限られたリソースで何を知るのか……と言うスキルポイントみたいなものなのかもしれないね。

 ともあれ。

 これでMARK Ⅱは大幅に弱体化した。

 けれど。

 右手に邪聖剣、左手にMP5短機関銃を構える彼の姿。

 その顔つきに、地球でボクを殺した時の容赦の無さが戻った気がした。

 ここまでのMARK Ⅱは、どこか真剣さが欠けていた。

 ステータスオール200が危機感を弱めていたのもあるんだろうね。

 自分ではクソつまんないとか思ってたらしいけど……ボクは、こっちのキミも嫌いじゃないよ。

 なんか、ボクとMARK Ⅱはやっぱりあれこれズレてしまってるね。

 【ステータス】は大幅にダウンしたが……彼は決して弱くなどなっていない。

 その、確信がある。

 レイMARK Ⅱ・第二形態だ。

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