第27話 逃げても逃げても追ってくる、恐怖のエルシィ
はいはいはい、ご苦労さん。
もういいよ、邪魔だからそこどいて。
ボクは、自分がこねてのばしていじくった“フョードルとサンドラの混ぜ物”をおしのけて、身体の主導権を奪い返した。
イキってた奴とイキってた奴がコラボした夢の人格のくせして、笑っちゃうほど無抵抗。
身体を明け渡した時は貪欲に引きずり込まれたものだけど、やっぱアイデンティティって大事だよね。
自分がコロッセオの天才チャンプなのか、頭の足りない女王なのか判然としなくなった人格って、もうそれ廃人と同じなんだろうね。
そう考えると“
とりあえず、新たに加わったロレンツォ君のそれも混ぜてあげよう。
こねてのばして、またこねてっと。
はいできあがり!
体力・反応・器用の三冠王となれる便利アイテムの完成だー。
材料は完全オーガニック!
長い夢を見てた気がする。
初めに感じたのは、テントの中、粗末な毛皮布団を通して感じられる大地の硬さだった。
顔は露出しているらしい。
馴染んだレザーマスクの着用感が無かった。
寝かせられていたテントから出ると、外は夜。
焚き火のオレンジ色した暖気と、転移直後以来の懐かしい、シチューの香りがふわっと。
「おはようございます」
テントから出たボクを出迎えたのは、少し掠れたような細っこい小娘声。
逮捕されたお陰で、エルシィからはようやく解き放たれたはずが、振り出しに戻されたようだ。
撒いたと安心した瞬間、そいつがすぐ背後に……B級ホラー映画そのものだね。
「そろそろ目がさめると思っていましたよ」
へえ。
ボクがいつ起きるかなんて、そんな訳知り顔でわかるわけ。
「わざわざ野宿? ここ、どこ」
ダンジョンでゲームオーバーになってから、どうなったんだろ?
原材料:ロレンツォが手に入ってたって事は、作戦は成功したっぽいけど。
エルシィに再捕獲されてるってことは、ゾンビ状態からの蘇生の問題もクリアされたようだし?
「わたしの地元ーーノーブルビレッジから少し離れたところです」
何だって?
「ノーブルビレッジだと! あそこで採れるのはエリクサーと小便臭い小娘だけだぞ!
キサマ、エリクサーには見えんから小娘だ」
実際、ボクが見たノーブルビレッジの産物ってそれしかないから、地名だけ言われてもピンと来ないしね。
ボクのリアクションに対し、エルシィは少しだけ上の空の顔をしてから、
「…………地球の暦では1988年に公開された、ベトナム戦争を題材とした映像作品。元ネタこれですか?」
「おお、よくわかったね」
「あのですね。次元をまたいで
おや?
ほっぺた膨らませて苦言を言う顔はいつも通りなんだけどな。
「エルシィ、何か前より大人びたと言うか……ちょっと落ち着き出たんじゃない」
ボクはそんなに長いこと寝てたの?
きょとん、とした顔で小首を傾げる顔は、やっぱいつも通りの間抜けな小娘だったけど。
「あなたが逮捕されて一週間とちょっとでした。そんな短期間で人はかわりませんよ」
「そんなもんか」
「人に対してそう思えるようになった、レイさんが大人になったのでしょう」
うっわ、出たよエルダーエルフのナチュラル上から目線。
そうそう、最近何か足りなかったの、これだよ。
反吐が出る味なのに身体に染み付いてしまってるのはエリクサーに通じるものがあるよね。
「ブレイブ・ジャスティスさんという人が、レイさんを運んできてくれました」
あんまりなネーミングに、ボクはシチューを噴き出しそうになった。
「勇気&正義クンって! 名付けた親がDQNすぎでしょ」
ネットがあったら、言及される度にジャスティスさんジャスティスさんって小馬鹿にして呼ばれるやつだよ。
「ダンジョンから救いだしてくれた恩人なんですから、そんな言い方ダメですよ。
でも最初、レイさんを殺して死体を持ってこられたかと思って、ビクッとしましたよ。
ダンジョンで何をしたのかしりませんけど、それほどヒドい状態だったんですからね?」
はいはい、予想はしていたけどやっぱり、こちらのやり方にケチつけてきた。
いつもの“新米保育士or小学校教師”モード。
「ブレイブ君って、誰」
こう言う時の対策も、もう知れている。
話を逸らそう。
「五種族議会のエルダーエルフ代表・ヴァーミリアさんの旦那さんだそうです」
事実上、人類トップ……の旦那じゃないか。
「そんな大物……のオマケ君が何で、わざわざボクを拾ってキミに渡すの」
「……」
エルシィは、一瞬考え込んで、
「ヴァーミリア(ミリア)さんとは、地元で知り合いなんです。正確には、おばあさまの友だちなんですけど」
なるほどね。いかにも田舎者らしい、同郷同士で完結した人間関係、と。
「ミリアさんが結婚してたなんて、おどろいたなぁ」
「立場の割に、若いんだ? おばあちゃんのトモダチって言ってたけど」
「おばあさまからすれば、娘くらいの年の差ですけどね。確か、今年で41歳」
「まあ、やっぱり立場からすれば若いね。
初婚の年齢としては、現代の地球では珍しくないけど」
「まあ、エルダーの結婚年齢もバラバラですからね」
ああ、結婚に対する思考ルーチンがボクらと全然違うんだったね。
見付けて即、演算。
何らかの価値があれば、こちらの気持ちもお構い無しに即、マッチング!
裏を返せば、10代でデキ婚するか理想が高すぎて婚期逃すかの二極化しやすいって感じかね。
まあ、話を戻すか。
「同郷のよしみで助けてくれた、でいいのかな」
「まあ……そんなとこでしょうかね」
これからどうします?
なんてムダな事は訊かれない。
ボクが狩るべき君臨者は、あと二人。
【力】と【知力】だね。
後者は、エルダーエルフをターゲットにする事となる。
知力が200、かつ、ボクにも勝ち目のある弱っちいのを探さなきゃ。それにしたところで絶望的な戦いだ。
少しでも勝率を上げるには、力の君臨者を探すのが先だろう。
「どこに行きます?」
「エルシィが知らないなら、ボクも知らないよ」
そう、すげなく返してやる。
エルシィは、あくびまじりに「んー!」と伸びをしてから、
「じゃあ、大陸の外周をぐるりと回ってみます?」
「その意図は」
「なんとなくです。いい機会なので旅行がてら?」
ひどい適当だな。
まあ、別に世界滅亡の予言でも無いから、急ぐ必要も無いか。
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