ブレイブ・ジャスティスの記録03

 僕は今、ロレンツォの視覚と聴覚を複写した魔法映像を観ている。

 まるで小学生の自作した双六すごろくゲームよろしく、魔神王と言うゴール手前で炸裂した“破滅の光”と言う名のトラップ。

 死屍累々の光景が即席で形成され、程無くして亡骸の悉くが光に包まれ消えてしまった。

 それを目の当たりにした僕の口許が、緩んでいる事に気付いた。

 こんなささやかなモノであってもーー笑ったのは何時いつ振りだろうか。

 だが。

 消えていない死体が、一つだけあった。

 レイだ。

 今や、手放しで信じて居た。

 彼は、ここで終わるオトコでは断じて無い。

「何だ? 死体回収をミスったか?」

 たわけが。ロレンツォは見当違いな妄言を吐く。

 五年間、他ならぬ貴様が運営して来たゲームだろう。エルダーエルフのテレポート技術を応用した死体回収システムに不備などあり得ない。それを一番良く知って居る筈だろうに。

 そして、更に愉快な光景。

 レイが、チェーンソーを引き掴んで、ゆらりと立ち上がった。

「バカな! まさか、トラップのほうの不具合か!?」

 莫迦バカは貴様だ、ロレンツォ。

 僕が彼であったなら、こう言うだろう。

 

 ーーどうして、敵の定めたルールを、律儀に守らなければならない?

 ーー“ゲームオーバー”が訪れる時と言うのは、プレイヤーが負けた時とは限らない。

 ーー古くは、全面クリアと言うのもまた、ゲームを越えた結果ゲームオーバーだったのだよ。

 

 愚かなドワーフは、莫迦の一つ覚えに“破滅の光”を何度も点滅させるが、最早彼には無意味なストロボに等しいのだろう。

 どんな手を使ったのか。

 レイは“ダンジョンのルール”に於いては死に、HPに生死を握られる立場から脱却したのだろう。

 見た所……レイの足取りはゾンビのように不確かだ。

 レザーマスクで表情は見えないが、ろくに意識が無いのは明白。

「ぁ……ぅ……げ、ぐが、ウガァァアア!」

 野性を迸らせつつ、レザーマスク&素肌に革エプロンと言う出で立ちの怪人はチェーンソーを唸らせた。

 ようやく事態を自覚したらしいロレンツォが、背もたれに体重を預け、手にして居た水晶玉を掲げる。

 この水晶は、奴の思考をあの巨大鎧へダイレクトに反映させるマジックアイテムである。

 巨大鎧への、擬似的な生体接続。或いは、動作のフィードバックとでも言うべきか。

 矮小なドワーフが、余りある巨体を得たのと同じ。

 地球風に言えば巨大メカゴーレムとも。

 鎧の腕が、野太い疾風を伴ってレイを殴り飛ばす。

 トラックにはねられたかのように、レイの身体が打ち捨てられ、何度もバウンド。受け身も無い。

 それでも、チェーンソーだけは手放さない。

 何事も無かったかのように、レイは立ち上がった。

「なっ、ぁ……なァア!?」

 奴は、ゴールした“一般囚”を、戯れに殴り飛ばした事もある。今と同じように。

 それだけで、恩赦と賞金を信じ切って居た挑戦者達は物言わぬタンパク質の集合体に貶められたものだ。

 それが、レイの時に限っては、まるで無傷。

 ふむ。

 “僕ならこうする”と言う論理に基づく仮説である事を、最初に断っておこう。

 まず、レイが「ダンジョンのルールとしては死んでいるのに、個体としては死んでいない」理由について。

 これは簡単だ。

 時間魔法によって、肉体が完全に死ぬ前の状態で時を凍結させたのだろう。

 時間操作、と言えばヒトの身に余る能力に思えるかも知れないが……範囲を自らの肉体に留めて置く分には、畜生ワーキャットでも扱える程度の代物だ。

 死霊術……とはまた違うが、この論理を応用した犯罪に不死者リッチ化と言うものがあるらしい。

 種族がどうあれ、リッチやヴァンパイアとなった者はペンタゴン市民としての人権が剥奪され、猛獣と同じ駆除対象となる。

 ただ、リッチには致命的な欠陥がある。

 脳が朽ちるのを時間凍結で止める為に、現実での思考も極めて緩慢になると言う事。

 だから、リッチになるメリットとは、死ぬ事を棚上げするか、良くてエルダーエルフが“真理”を追究すべく永遠の命を得た積もりになれる事くらいだ。

 近付いて来た敵対者を魔法で消し飛ばす様な“地雷”的な魔法を予め置く事は出来るだろうが……今のレイの様に千鳥足ながらも、これだけ能動的に動けはしない。

 そして、その疑問に対する答えは、ゴーレムに殴れても壮健な彼の姿にあるのだろう。

「ぁぁぁ……ワタシ……の、カラダ……よこせぇ……」

 あの装甲性能は、体力の君臨者のそれだ。

 憑依セットし、更に身体の操作権限を一時的に与えているのだろう。

 正常な時の流れに無い自分に代わって、自分を自動操作する為に、だ。

 結果、生まれたのは。

「よぉ、こぉ、せぇぇぇ! あんたの、カラダァア!」

 変化を止めた身体に備わった、君臨者の装甲性。

 事実上不死身、かつ、知性を失ったレザーマスクの怪人が、一目散に鎧を駆け上がってロレンツォーー手近な獲物へ襲い掛かる。

 そんな、B級ホラー映画の体現だ。

「野郎! 死ね、死ね、死んでしまえ!」

 ゴーレムが、虫を振り払うように両手を振り回し、身を捩る。だが、レザーマスクは信じ難い反射神経をもって、鎧を駆け上がる。

 体力の君臨者を単体で憑依しただけではあり得ない敏捷性。

 そうか。

 僕と同じ結論に達したか。

 

 ーー君臨者の“魂”を、ごちゃ混ぜにしてしまえば能力のイイとこ取りが出来て、彼ら彼女らの邪魔な自我も滅茶苦茶にシャッフルされて余計な事は考えられなくなるよね?

 

 雄叫びを上げながら跳躍する彼が、僕にそう言った気がした。

 ミックスされて自分が誰なのかも解らなくなった君臨者の魂には、最早、宿主であるレイを乗っ取ろう等とは考えられないだろう。

 危険な反動のある道具を、より安全に、有効に使う。

 ヒトとして当たり前の発想だろう。

 その気持ちは、良く分かった。

おっぱいのペラペラソォォォス!¡Os voy a romper a pedazos!

 とうとう操縦席に到達したレイが、不可解な叫びと共にチェーンソーを振り回す。

「一体、いったい、何を言ってるんだ!?」

 確か、これもチェーンソーに纏わる地球ネタだったとは思うが……僕も詳しくない分野だ。

 ただ、レイは恐怖で相手を縛る事の何たるかを理解して居る。

 自らの知性を著しく落とす事によって、意志疎通が不可能である絶望を相手に刻み付ける事。

 知的な謀略よりも、恐ろしいのは無知による暴挙だ。

 今の彼は本当に思考が止まっているのだろうか?

 少し疑わしく思えるが。

「やめろォぉおォオ」

 ロレンツォが、鎧に装備した“隠し腕”を出す。

 先端には“魔石”が嵌まっており、

 そこからレイ目掛けて噴き出すのは、固体のように濃密な火炎放射だった。

 一瞬にして火達磨となる、レイ。

「や、やったか!? アハ、ァハハハハ……」

 そして。

「あがァア!」

 全身が燃える事を全く気にした風も無く、炎上したレイは遅滞無くロレンツォに抱き付いた。

 炎が愚かなドワーフに燃え移り、この世のモノとは思えぬ絶叫が“魔神王の部屋”全体に轟き渡る。

 脳の命令をゴーレムへ向けているロレンツォは、咄嗟に自前の身体を動かせない。

「おなじ、おなじ、おなじィィィィ!」

「ひィ、あぁあァア!?」

 およそ感情の抜け落ちた、その割には熱意に溢れたレイの絶叫。

 ゴーレムが、主人であるロレンツォに代わって四肢をバタつかせ、もがき狂う。

 ……僕は、頬を伝う生暖かいモノに驚いた。

 僕は、涙を溢れさせていたらしい。

 遅れて、感情の波が胸に押し寄せる。

 確かに僕は、泣いている。

 レイとロレンツォが共に炎に巻かれ、一つの火柱と化している光景。

 あまりに尊く、胸を打つその光景に、地球で冷めきっていた筈の心が溶かされてゆく。

 僕は。

 僕は。

 僕にも、感情を抱く権利は、あるのだろうか?

 彼は。

 レイは。

 僕にそれを、赦してくれて居る。

 そんな気がしてならないのだ。

 

 怪人・レザーマスクは、崩れ落ちるロレンツォの首を、作業的に伐採した。

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