第25話 無理ゲーを低レベルクリアする為の準備

 さて。

 相も変わらず、スタート地点で雑魚狩りだ。

 低級ヴァンパイアと思われる蝙蝠人間ワーバットを始末した所、奴の死骸と入れ違いに宝箱が出現スポーンした。

 おお……!

 ボクは感動した。

 真鍮のような金属の枠が入った、湿りけのある木箱……まさしく、ザ・宝箱!

 地球でも、こう言うジョークアイテムは雑貨屋とかにあるんだけどさ、やっぱり本物を目の当たりにした興奮たら無いね!

 で、そんな時に首尾良く背後からワーキャットの野盗に絡まれたので、フョードルを憑依の上、これを制圧。

 もはや、2体程度までなら、ボクがワーキャットと言う種族そのものにやられる道理は無くなっていた。

 地球人に当てはめればわかるけど、そこらのオラついたチンピラにーちゃんが、K-1王者とステゴロして勝てる要素無いでしょ。

 で、まあ、宝箱の処理をコイツにさせる事にした。

 オレの【器用】さは32しか無いんです~、だって。

 知らねえよ、やれ。

 キミ、何クン?

 へぇ、グレッグって言うんだ?

 ハイハイハイハイ! グレッグ君のちょっとイイとこ見てみたい!

 さて、先輩“冒険者”サマの彼にとっては宝箱なんてありふれたものらしい。

 猫の前肢に近い形状のそれを駆使し、ちょちょいのちょい、で……、

「あっ!」

 中のヒモみたいなのをハサミで切ったグレッグ君、唐突に不吉な声を上げて。

 *おおっと!*

 宝箱の蓋が勢い良く開くと、巨大な岩が飛び出してきて、グレッグ君の猫頭をザクロのように弾けさせ、遥か後方へ着弾。

 明らかに、宝箱に入りきる質量じゃなかったよね……あれ。

 エルダーエルフお得意の万物3Dプリンタですかね。

 岩もグレッグ君の亡骸も光に包まれて消え去ると、後には開いた宝箱だけが残った。

 中を見てみると……なんだこれ?

 パッと見、二又に分かれた鎖分銅に見える。

 鎖はかなり長い。

 鎖の先端には、それぞれ、ボクの首回りくらい大きな金属の輪っかがついている。

 穀物からもの(先端の打撃部位)がこんな輪っか状じゃ、殴打の重さが殺がれるのでは。

 ひとまず、不確定名:ぶき? と呼ぼう。

 でもご安心を。

 このダンジョンでは、アイテムを【鑑定】する司祭サマなんて必要ありません!

 親切にも、全アイテムにヘルプメッセージが漏れなくついてきますから。

【等価の天秤:魔法的に念じると、二本の鎖が凄まじい推進力を伴って伸びる。また、鎖にかかる推進力は

 そして、先端の鉄環もまた、魔法的に念じる事で任意に開閉可能である】

 ふーん???

 何か、面白そうなオモチャだね。

 とりあえず、最低限度、鞭と言うかフレイル? としては機能するだろうし……このダンジョン由来の武器ならまあ、チェーンソーよりはHPダメージが期待できるだろう。

 

 しかし。

 さっきのグレッグ君は、小癪なことに“猛毒の煙幕”なるアイテムを投げつけて来たんだよね。

 物質的には無害な煙だったんだけど、ダンジョンのシステム的には状態異常:毒にされたっぽくて。

 痛みとかの自覚症状が無いのに、HPがガリガリ削られていくの。

 これも結構ヤバい要素だよね。

 身体が弱っていくのも困るけど、何も感じないまま“生命力”だけを害される毒って、引き際の判断とか間違いなく狂うと思う。

 痛みや苦しみは、危険を察知するためのセキュリティだ。

 ともあれ、毒消し薬を買っといてよかったよ。

【レイ HP:41,000/153,000】

 ご覧の通り、結構ヤバい所まで削られている。

 そこで我ら庶民の味方!

 ポーションの登場だ!

 お猪口程度の量しか入っていない、コバルトブルーの液体を一気飲みーーブッ!?

 げほっ、げほっ……何だこれ……刺激が強すぎて、喉が痛いというか焼ける感じ。

 注射液か何かみたいな、鼻腔をも刺す毒々しい風味……明らかに酒だろこれ!

 地球でも飲んだことがある、アルコール度数96パーセントのウォッカ、まんまの味だよ!

 で、飲み干すと頭が微かに酩酊する感じもある。

【レイ HP:153,000/153,000】

 そういう事か……。

 このダンジョンで大事な大事な生命線であるHPを、能動的に回復させられるお薬。

 それが、高アルコールの酒なわけね。

 ボクはまだ、ヒトよりアルコール代謝が強い体質だからいいんだけど……下戸かどうかって、親からの遺伝に完全に依存するからね。

 3パーセントのチューハイ一本でぶっ倒れるヒトとかもいるのに、これは不公平でない?

 下戸は問答無用で“回復アイテム禁止縛り”プレイをさせられるって事じゃん。

 偏見だけどさ。魔神王、ドワーフじゃん?

 ドワーフって、アルハラ種族っぽいイメージはあるんだよね。

 

 で、その魔神王についてだけど。

 会えるだけでゲームクリアの“一般囚”はまだ良いんだよ。

 問題はボクのような“極刑囚”だろうね。

 皆、何となくわかってるんじゃない?

 

 魔神王ロレンツォには、絶対に勝てないようになってるだろう、ってね。

 

 だって、ラスボスのロレンツォは、このダンジョンの設計主でもあるんでしょ?

 ダンジョン刑が制定されてから、五年。

 まともにやって勝てるゲームバランスなら、とっくに狩られてるでしょ。

 大体これは、ロレンツォ含む「上流階級を楽しませるゲーム」だ。

 楽しむ側が死ぬゲームなんて、あり得ない。

 で、まあ。

 野獣の檻と言うのも生易しい牢獄にぶちこまれた、事実上終身刑の奴らが“戦う自由”だけ与えられるとどうなるか。

 “レベル7シーフ”だの“レベル9ローグ”だの“街道狙いの強盗ハイウェイマン”だとかの中途半端な強さの盗賊系エネミーが、ゴブリンだのスライムだのと一緒にスタート地点でたむろするクソゲーの出来上がりだ。

「おやぁ? 迷子の子猫ちゃんかニャ?」

 クソ素人がアニメ声作ったような、万死に値する声がボクの背に浴びせられた。

「戦利品、戦利品、楽しみだぁ」

 げへへ、とわかりやすい笑いを漏らした、重低音の声も。

 

 ワーキャット:一匹【HP:896,000】

 ドワーフ:一匹【HP:774,000】

 

 ワーキャットの方は、耳と尻尾だけが猫の、メスタイプ。

 ヒドい格好だ。

 布面積がヒモも同然の、ホントに最低限度の遮蔽効果の下着しかつけていない。

 胸囲は目算で90センチと言ったところか。すんでの所で嘔吐はこらえた。

 この世界で色んな異物と触れ合ううち、ボクも鍛えられたのだろう。

 ドワーフの方。

 ボクがかぶっているみたいな目出し帽で頭部を覆っている。その、筋肉が凝縮された短身が惜しげもなく露出され、着衣はビキニパンツしか穿いていない。手には、両側に斧頭のついた、なんかデカイ長柄武器。

 多分、着脱可能で、片手斧二刀流と大型戦斧をスイッチ出来るのだろう。

 奴らは、いずれも肉感的だった。

 ボクを前後から挟むように位置を取る。

 汚らわしい。【分析】するまでもない。

 この世界は所詮、知力ゲーだ。

 キサマらは生まれた直後から人生詰んでんだよ。

「ねぇん? ずぅっとここでチマチマやってるけどぉ、なんかイイもの見つかったぁ? おねーさんに見せてくれないかなぁ」

 返り血と、そこにこびりついた粉塵にまみれた姿で、なおもアニメ声作ったメス猫がほざく。

 女王サンドラに対してすら、ここまでの憎悪は感じなかった……。

 キサマには死すら生ぬるい。キサマにあるのは“滅”と知れッ!

「“君臨者”憑依セット! フョードル・ズァドルッ!」

 ブチキレたボクは、まず自分の【反応】を200にした。

 次に、先ほど手に入れた二又の鎖分銅“等価の天秤”を出し抜けに、問答無用で振りかざす!

 それぞれの鎖の先端についた鉄環がパカッと開くと、二匹の首にそれぞれハマる。

 鉄環絞首刑ガローテだ!

 がっちり二匹の首を捕らえた鎖に、それぞれ魔法思考を送り込む!

 ワーキャットが、凄まじい勢いで真上にぶっ飛んだ。

 ドワーフが、凄まじい勢いで真下に押さえつけられた。

 首の折れた感触あり。ワーキャットの方だ。奴は、鎖に引っ張られるまま、ぶらんぶらん揺らぐだけの肉塊と化した。

 一方のドワーフは、両手で必死に鉄環を外そうともがき、頑張っている。

 上下交代。

 ワーキャットの死骸は地面に叩きつけられ、ドワーフは真上にぶち上げられる。

 それでも耐えるドワーフ。

 オーク程ではないが、流石のタフネスだ。

 しかし。

【0/774,000】

 ゲームオーバー。

 ドワーフの全身が痙攣したかと思うと、喉をはじめとして、あちこちから血が吹き出した。

 かなり執拗に、何度も何度も繰り返し肉が穿たれている。やりすぎじゃないか? これ。

 等価の天秤相手に頑張っていた短身頑躯はたちまち力を失い、地べたでピクピクしている。

 これでも生きてはいるのか。凄いな。

 けど、もう助からないだろう。

 エルシィでもいれば回復魔法一発でスッキリシャッキリ、だったろうけど……ここにそんな便利な存在はいない。

 で、程なくしてドワーフは息を引き取った。

 戦利品、戦利品、楽しみだぁ! げへへへへ!

 

 まあ。

 大体、要領とか感覚は掴めたかな。

 あとは他パーティを適当に利用して、魔神王のとこまで行ってから考えよう。

 

 ……そろそろ狩るか。

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