第24話 新説・ゲーム脳
拠点となる最下層の設備をひとしきり確認。
武器・防具・消費アイテム・食品・生活用品を一括で取り扱っているショップが一軒。
古代ローマだとかハンガリーにありそうな公衆浴場が一つ。
水洗式のトイレも完備。
意外と人間らしい扱いだね。
少なくとも、この拠点で囚人同士のHPの削り合いは出来ないようだ。
HPの削り合いは、ね。
とにかく、この地下都市は五種族・三種囚人でごった返している。あっ、多分エルダーエルフはいないから四種族かな?
大半が犯罪者として捕まったような連中だ。
関り合いにならない方がいいだろう。
とりあえず、ショップでHP回復ポーション(以下ポーション)と毒消し薬だけ買って、ダンジョンへの階段を上がった。
広いな。
曲がり角の向こうが見えないから全体像は見えないけど、今、ボクが見える範囲でもちょっとした体育館くらいはある。
これが10階層あるって言うんだから、どれだけ大きい迷宮なんだか。
ダンジョンに踏み出して即、ボクのHPがウインドウで表示された。
【レイ HP:150,000/150,000】
とにかく、いつでも拠点に逃げ込めるように退路を確保しつつ、その辺をウロウロ、ウロウロ。
はい出た。
唐突にボクの眼前が波紋のように揺らいだかと思ったら、子供くらいの背丈の“何か”が忽然と現れた。
オークのような鉛色の肌をしてるけど、耳はエルフのように尖っている。
上下グレー、無地の「いかにも間に合せで着せました」と言う粗末な服装。
身長に不釣り合いな、ムキムキ筋肉が実に気持ち悪い。
血走った目と、だらしなく開いた口からは、およそ知性が感じられない。
手には、これまた取って付けたようにナイフ。
どんな倫理観無視の下法で生み出されたのか、わかったものではない。
最弱モンスターの定番、ゴブリンってやつだろう。
【ゴブリン HP:23,000/23,000】
はいビンゴ。
小物モンスター界ではスライムと並ぶ大物ですからね。
とりあえず、見た感じ、身のこなしは洗練されてなさげだけど。
バカ正直に突っ込んできたそいつのナイフを受け流し、蹴りの方はガードしておく。
レイに2,000のダメージ!
【レイ HP:148,000/150,000】
おいおい、予想はしていたけど、結構持っていかれたな。
1階の雑魚敵相手に即死はないだろう、とは思っていた。これが上流階級に見せるゲームである事を忘れてはならない。
本来ならこんな弱っちい蹴りを何百回受けた所で死ぬ事はおろか、アザが残るかも怪しい。
けど、これでHPが0になれば発破魔法が作動して人生強制終了ってワケだ。
とりあえず、守備側としての検証はこんなものだろう。
次に攻撃側の検証。
ボクはチェーンソーを作動させ、ゴブリンに袈裟斬り。
ろくに回避行動も取られず、チェーンソーは無事にゴブリンを引き裂いた。凄まじい金切り声と鮮血が吹き出す。
ゴブリンに3,000のダメージ!
【ゴブリン HP:20,000/23,000】
おいおい。
当のゴブリンはもう、満身創痍でゾンビみたいな千鳥足だぞ。
どう見てもHPが20,000も残ってる奴の動きじゃないよ……。
やれやれ。ボクは彼を斬首した。
クリティカルヒット! ゴブリンに5,500のダメージ!
HPはまだ余裕で残ってるけど“現実的に”身体を分断された生命体は、当たり前に絶命した。
この検証で分かった事は2つ。
やっぱり、HPと実際の肉体的な損傷は別個に分けて考えねばならない事。
そして、このチェーンソーのような“シャバ”から持ってきた武器の攻撃力……「HPを減らす」意味での性能は低いと言う事だ。
このダンジョンでの戦いにおける勝利条件は、物理的に殺すorHPを0にすると言う事。オークのような硬い相手だと後者を狙う必要がある……となると、外から持ち出した武器にはかなりのハンデがある事になる。
このダンジョンで手に入れた武器を、是非使ってねって事だろう。
もうしばらく検分しようかと思っていたゴブリンの死骸が、不意に発光した。
そして、景色に溶け込むかのように、忽然と消えてしまった。
流した血液も、きれいさっぱりだ。
まあ、エルシィのテレポート収納テクを日常的に見ていたから驚きもしない。
ダンジョンの清潔さを保つために、用の済んだモンスターはこうして自動的に撤去されるのだろう。
ただ、何だか革製の袋みたいなものが遺されていた。
おや。ボクのウインドウに、その品の説明文が表示された。
【レザーマスク:目出しのフルフェイスマスク。何の皮で出来ているかは不明。HP+3,000】
なるほど。装備品か。
早速かぶってみる。
【レイ HP:148,000/153,000】
お、ほんとだ。HPが増えた。
チェーンソーとも合いそうなコーデだし、気に入ったよこれ。
ホッケーマスクでないことを残念がるヒトもいるかもしれないけど、13日(金曜)に来るあの怪人が使ってたのって実は芝刈り機なんだよね。
彼は逆に、チェーンソーを“喰らう側”だったりする。まるで効いてなかったけどね。
洋画でチェーンソーを使ってた怪人は、こう言う皮マスクの奴なの。
豆知識ね。
ちなみにいいニュースだ。
HPは自然回復するらしい事と、ボクの回復魔法【緩慢な治癒】が、どうもHPの回復速度を早めてくれるらしいと言う事だ。
「ねぇ君、オカネもってない?」
階段から上がってきた何者かに声をかけられた。
やれやれ、と振り向くと、
「ひぃっ!?」
つい、声が出てしまった。
顔を白塗りにし、赤く丸い付け鼻をして、ふっくらとした帽子をかぶった緑色を基調とした衣装のーーピエロが!
ピエロが!
ボク、実はピエロ駄目なんだよ!
どうもボク、軽く
ハンターエルフの……囚人のようだ。
で、気付くの遅れたけど、こいつの頭上にHPが表示されている。【HP:754,000/754,000】
「ねぇ、シカト? ねぇ? 自分の立場わかってんの? 新入りでしょ君」
あー。
ちょっとだけ、恐怖心が薄れた。
口調があまりに陳腐なのが、ヒトらしくて、ピエロと言う怪物では無いのだと安心させてくれる。
ボクは答えず、チェーンソーを構える。
「そう。ヤる気ね。オレのHPが見えないワケ?」
ピエロが良く分からん、剣の形したドワーフ武器を駆動させながら襲いかかってきた。
【
ガッシ、ボカッ。
ガリガリガリガリガリ。
ピエロは死んだ。スプラッタ(笑)
バカなの? チェーンソーで斬られれば死ぬに決まってるだろ。
HPがどれだけ残っていてもさ。
多分、このピエロファッションも、さっきボクが手に入れたレザーマスクと同じなんだろうね。
装備するとHPが上がる。
物理的な防護性能なんて皆無だけど、このダンジョン内でHPが増えるのは生存力の向上を意味する。
そう言えばさっき軽くお店で防具を見たら、ヘンなコスチュームばかり売ってて、奇抜なものほどHP補正高かったんだよね。
重ね重ね言うけど、このダンジョン刑は、どこかでそれを眺めている観客がいるんだよね。
多くのHP=生命線を得たいのなら、文字通り“道化”になる事を強いられるのだろう。
しかもその装備を選んだのは他ならぬ自分だしね。
本来ならHPなんて気にする必要が無いことも、長いことこの“ゲーム”に没頭しているうち、忘れてしまう。
恐ろしい事だよ。
自分の意志でこのダンジョンを生きてる気になってるその実、完全に製作者に飼い慣らされてる。
自分が飼い主に牙を剥いている気高い獣だと、勘違いしながらね。
……ピエロの死体もゴブリンの時と同じように消えた。
葬式も省けていい世界だね。
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