第22話 殺人犯扱いされるボク

 第七クランが、歓声に満ち溢れた。

 無理もない。

 最悪の暴君が死んだんだ。

 それも支配欲だとか権力欲だとかによる暴君ならまだマシだ。

 本当に、無意味に無作為に、隣人が……そしていずれは自分が殺されるかもしれない恐怖は察するにあまりある。

 しかし、それにしても。

 女王が死んで、即、村民全員が快哉を叫ぶこの光景は、少し不自然だ。

 まあ皆が“同時”に“同じ”気持ちを露にするのは、美しい光景ではあるけどね。

 とりあえずボクも参加しておく。ワー、ワー、うおおお!

 見ると、エルシィもわーわー、うおーとか言って流れに乗ろうとしている。声が小さい! ジジイのファッ○の方がまだ気合いが入っとる!

 迫力なし。練習しとけ。

 でもまあ、少しは空気を読む努力が見られるようになったんじゃない?

 彼女も世間を見て、少しずつ変わってきてるのだろう。

 まあ、村民全体のこのリアクションの早さは、レヴァンの根回しあってのものだろうね。

 どこの馬の骨かもわからないエルフに、女王の始末を頼まなければならない。

 そんな眉唾物の話にすらすがり付かねばならないほどに、彼らは追い詰められてたんだ。

 そりゃ、女王が死んで即、脊髄反射で喜びたくもなるね。

「でも、よく計画がバレなかったものだね?」

 嫌な予感をひしひしと感じつつ、レヴァンに訊いてみた。

「リークした者が一人居ましたが……“何を言っているのか要領を得ない”として死刑になりました」

 説明を受ける側がバカだったであろう事は、ボクも身をもって知っているけど……リークした側もバカだったんだろうね。だから、うまくバカを理解させる知能も無かった。

「後継者とか、どうすんの? オークのクランって世襲制ではないんでしょ?」

 仮にこの第七クランだけが世襲制だったとしても、女王を始末する直前の、あのオスとのやり取りから察するに、夫も愛人も子供も何らかの理由で殺してしまっているだろう。

「いえ、サンドラの第22子息ジョルグ様を将来的に指導者とします。彼が成人するまでは、私が摂政を務めます」

「あのメスの子供? カエルの子はなんとやらじゃないの」

「とんでもない! ジョルグ様はクランでも稀代の神童! 5歳にして既に知力:30に到達されており……成人した頃には種族限界まで極められる事でしょう」

 なるほど。

 現時点で母親の三倍以上も賢いなら、まず安心だ。

 とにかく、狡猾な悪党よりも無知な悪党の方が圧倒的に恐ろしい事は、ボクも今回身に染みてわかった。

 そう考えると【知力】のステータスって、信用の証明としても有力そうだね。

 教育係にレヴァンがつけば、常識の面でも間違いは無いだろう。

「子息を崖から落とす耐久チェックにおいて骨折を負った罪で死刑判決を受けたのですが、クランの皆でどうにかこうにか誤魔化して、彼だけは何とか守り抜きました」

 やっぱ、首都のエルダーどもより、彼らの方がよほど人間的インテリジェンスを持ってると思うよ。

 あと、女王に関してはもう、突っ込まないよ。

「とにかく、我が第七クランは、あなた達を永遠の恩人として末代まで忘れません」

「いや、そう言うの重いからいらない」

 で、用も済んだしさっさとお暇した。

 

 ズルズル引き留めようとするオーク達を引き離すのに、また一苦労。

 やっぱなんて言うか、これまではボクの方も了見が狭かったのだろう。

 とりあえず“神”と対話していた時ほど、五種族が混在するこの世界を、今は憎んではいなかった。

 と、そんな事をぼんやり考えていて、首都の衛兵らしきヒト6人がボクに近寄ってきた事に気付くのが遅れた。

「お前はレイ・シマヤだな?」

「いきなり何? 挨拶もすっ飛ばして失礼だろ」

「第七オーク・クランにおける殺人の容疑でお前を現行犯逮捕する」

 そう言えば、衛兵は現行犯で無いと動いてくれないって、最初にエルシィが言ってたっけ。

 にしても、こんな時ばかり殺害現場を見てたって言うの?

 何か、おかしくない?

 第七クランの誰かがリークした……と言う線は恐らく無いな。

「良いから来い」

 美しく統制された動きで、6人のバケツ頭はボクを包囲した。

 助けて、エルシィえもん!

 ……語感悪いな、これ。

「ちょっと、待ってください!」

 流石にエルシィも、珍しく焦りを見せて割り入った。

「明らかに人命救助のための正当防衛でしたし、それをいうなら、わたしだって!」

 そうそう。

 この世界の正当防衛がどういうものなのかは掴みきれてないけど、あの監禁されてたハンターエルフの死霊術師とか、他種族の被害者も多数あの場に居た筈だ。

 そう言う被害者の存在は、完全スルーなの?

「……エルテレシア・トライアード様ですね?」

「ぇ……はい」

「ノーブル・ビレッジの意向でもあります。ご理解を」

「……!」

 薄い胸に拳をあて、エルシィは息を呑んだ。

 ああ、何となく見えてきた。

 彼女のおばあちゃんの予言が、何か首都中枢のアレな事に絡んでるんだろうね。

 恐らく、エルシィにはどうする事も出来ない。

 

 そんなわけでエルシィを置き去りに、ボクは引っ立てられてゆく。

 あるいはこれってとも言えるのかな?

「ペンタゴンのダンジョンで野垂れ死ね」

 衛兵の一人がボクに毒づいた。

 あっ。このフレーズ、地球でやってたゲームで聞いた事あるよ?

 元はアメリカ製のオープンワールドRPGなんだけどさ、救世でも犯罪でも薬屋でも、何でも出来るって言うのがウリな作品なの。

 で、当然、町人殺したりすると兵士が追っ掛けてくる。衛兵に降参して逮捕されると、今のボクみたいに「○○のダンジョンで朽ち果てろ」とか捨て台詞吐かれるわけ。

 でもこれ、単なる地下牢をそのまま“ダンジョン”と訳してしまった、誤訳なんだよね。

 実際に待ち受けているのは、独房での禁固刑(もしくは脱走劇)だけであって、新しいダンジョンが発見されたりとかはしなかったよ。

 少しワクワクした気持ちを返せって言いたくなるよね。

 まあ、現実的に考えて、広大な地下迷宮ダンジョンなんてわざわざ造る理由がない。

 せいぜい、何かあった時に王族とかお偉いさんが逃げるための逃走経路くらいなら、ハンガリーとかにも現存したはずだけど。

 自然洞窟だとか古代の遺跡にした所で、満足に戦えるスペースがあるかは疑問だ。

 いずれにせよ、そんな狭い所で魔法なんてぶっぱなそうものなら、冒険者も魔王も一緒くたに生き埋めか蒸し焼きだ。それはそれで素晴らしい事ではあるけど。

 よって、これも【自動翻訳】の不備なんだろうね。

 今まで、全くそんな不備を感じないほど高性能な翻訳だったから、意表を突かれたけど。

 

 と思ったけど。

 チェーンソーを除く装備全てをひっぺがされたボクが連行されたのは、マジもんの巨大地下迷宮ダンジョンの最下層だった。

 牢屋とかは無い。先客が沢山居た。

 とりあえず、ダンジョン内の詳しい説明は後にする。

 それよりも、去りゆく衛兵に言うことがある。

「ねえ、このチェーンソーを量産して衛兵の標準装備にしてみないかい!?」

「何をわけのわからない事を言っている。素直に刑を全うするんだな」

 すげなく置いていかれた。

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