第21話 パワハラ部族は潰しましょう

「“君臨者”憑依セット フョードル・ズァドル」

「とにかく待ってなさい。先にやってた裁ばんが優先ユーセンだからーー」

 ボクは、チェーンソーとは別に備えていた武器を取り外し、サンドラに詰問を受けていた男オークめがけて投擲とうてきした。

 肉厚なプロペラを思わせるそれが、男オークの首にぶち当たると、奴の顔はあらぬ方向にねじまがって絶命した。

 察するにつがいの一匹だったのだろう。

「キサマも女王を調子づかせた原因の一つだ。当然の報いだよ、っと!」

 ボクは腕を大きく引いた。

 それに応じてプロペラが鳥のように急旋回すると、女王サンドラの頭部を目指して飛ぶ。

 しかし、鎧の手甲込みでボクの頭くらいはあろうかと言う太い腕でガードされる。

 ボクは慌てて手を引いた。

 それに呼応するようにプロペラがボクの方に戻ってきた。

 フョードルの反応力を得ているボクは、自分の投擲武器を難なくキャッチした。

 これもまた、ドワーフの集落で購入したブーメランだ。

 二束三文で売られていたこれは、通常のブーメランとは異なる、有線式のものだった。

 ワイヤーで軌道をコントロール出来るので、いつぞや森でボクを襲ったオス猫のそれ(恐らく軌道が魔法制御型)よりも融通が効く。

 ただ、まともに使おうとすると、ブーメランの威力に対してワイヤーの引っ張り強度が耐えられないと言うオチがつく。

 神の設計センスを誇るドワーフだが、根幹のコンセプトはエルフなどが監修してやらないと、平気で構造欠陥を抱えた失敗作が出来上がってしまうようだ。

 で、その問題はエルシィの【エターナル・コーティング】で解決し、使える代物にはなった。

 しかし。

 恐るべきは、やはりオークの耐久性だ。

 この有線ブーメランは超鋭利な刃物でもあり、迂闊に触ると武器の自重だけでも指が落ちかねないのだけど……それをまともに食らって、肉が切れた程度で済むのは頑強と言う言葉ですら足りない。

 まあ、純粋な衝撃力で首が折れたので、オスの方は死んだのに変わり無いけどさ。心身ともに衰弱してたのもあるのだろう。

 本命の女王に至っては、ほぼ無傷。

 プレステとかのRPGで分不相応な敵に挑んでしまって、あらゆる攻撃がろくに効かない状況になった時の、あの不毛を感じる。

 交戦序盤で敵の心を折ってしまえるのが、オークの真の恐ろしさかもしれない。

「そんなに、極刑がイイわけ?」

 ゆらりと、余裕ぶっこいて、女王が大メイスを手にする。

「見ていてくれエルシィ! ボクはキミのために戦うよ! キミに、勝利を捧げる!」

 ボクが高らかに宣言するけど、

「えっ? えぇっ?」

 当の本人は、アホの子みたいに状況を飲み込めないでいる。

 それは置いといて。

 馬を大回りに走らせながら、ボクは有線ブーメランを投げつける。

 やはりダメか。

 鈍重そのもののオークを相手に、騎馬の機動力と遠距離攻撃でチマチマ削れれば……と思ったけど、無理そうだね。

 洗脳しているとは言え、馬のスタミナも無尽蔵ではない。むしろ持久戦となれば、馬の方が不利な程だろう。

 この様子だと炎の雨など、【降雨】に何らかの攻撃魔法を仕込んでも効き目は無いだろう。

 単純に物質的な強度がボクの倍と言っても、タフすぎやしないか。

 まさかとは思うが、極限まで鍛えられた頭の悪さが、魔法的に因果の減衰を起こしているんじゃないか。

 そうでないと帳尻が合わないよ。

「エルシィ! キミは必ずボクが守ってみせるッ!」

 熱く叫びつつ、ボクはブーメランを投げ捨てた。

「はっ、はい。ありがとう、ございます……???」

 一応、ムダ無く使うために女王の脚を狙って投げたのだけど、まるで城壁にぶち当たったかのように弾かれた。鎧が少し凹んだけど、その下は内出血くらいにはなったのか。

 少なくともアキレス腱が弱点とか、そう言う希望は潰えたようだ。

 ドスドス、凄まじい歩幅で距離を詰めてくる要塞じみた女王を睨み据え、ボクはチェーンソーを唸らせる。

 奴の側面や背後を常に取れるよう、馬を旋回させながら隙を狙う。

 馬上から、けたたましく叫喚するチェーンソーを金ピカの脇腹に叩き付ける。

 盛大な火花が稲のように飛び散るのみ。鎧に数ミリ溝ができたくらいか。

 巨女王の予想以上に俊敏な動きで、横薙ぎの大メイスが襲いかかる。

 避けようのないそれが、ボクを轢き飛ばした。

 冗談抜きでトラックのような威力だ。このまま異世界転生でもできないかな? ここではないどこかに行きたい。

 落馬し、ボクは地面へ無様に叩きつけられた。

 鎧があちこち凹んで身体に食い込む。これは、脱ぐのに一苦労あるな。

 持ち前の筋肉に飽かせて、種族としての【力】の微妙さを、大きな打撃武器で補う。その武器選定センスだけは誉めてあげるよ。たまたまかもしれないけど。

 自分が吹き飛ばして間合いの離れた事にイラつきながら、女王がボクへトドメを刺しに来る。

「エルシィ! エルシィ! キミだけは逃げてくれ!」

 力一杯叫んだ。

「お願いだ、女王! 彼女だけは助けてくれ! ボクはどうなってもいいから!」

 頼まれてもないんだけど、出来るだけ丁寧に説明してあげると、

「なーんか、さっきからそのオンナを妙に気にかけるね?」

 よし、よし、よし、理解してくれた!

「そんなに大事なワケ? そのコ」

「はい、はい! その通りでございます!」

 押すなよ? 絶対に押すなよ?

「じゃー、そこで這いつくばりながら見てなよ。そのナントカエルフがくたびれた人形みたいに八つ裂きにされるのをね!」

 そして奴は、浅ましい嗜虐心を剥き出しに、エルシィへ向き直って。

「えっ? ちょっと、ちょっと待ーー」

 エルシィはついぞ、ボクの意図に気づいてはくれなかった。

 ボクは一足先にうずくまる姿勢を取って、目を保護した。

 法外な光学的エネルギーが柱となって天を穿ち、女王を一瞬にして呑み込んだ。

 甲冑が文字通り鉄板のように熱されて、それなりに爆心地から離れていたボクの身体すらも軽く炙った。

 奇しくも、ボクが初めて出会ったオーク、ダン&ヴェリスと“同じ”にしてやれた。

 頭の悪さを極めた女王の、哀れな犠牲者たちよ。

 仇は、取ったよ。

 光が、晴れてゆく。

 ……。

 ……、…………。

 はぁ……。

 溜め息しか出ない。

 口から幸せが逃げていくよ。

 女王はまだ、ヒトの原型を留めてそこに居た。

 まあ、ほとんど焼死体も同然なんだけど、荒い息遣いは力強く感じる。

 生き汚いにもほどがあるね。

 ボクはチェーンソーを、死に損ないの首筋にあてがう。

 スイッチ、オン。

 

 そこからも大仕事だった。

 鎧や肉の装甲も焼け落ちた瀕死の女王を斬首する。

 それだけの事に、更に半日も費やすハメになったよ。

 とにかくこれで、“体力の君臨者”の魂は、チェーンソーの糧となった。

《ワタシ……ワタシの、カラダ……どこ……ねぇ、どこなのぉぉぉぉ……》

「死なせてください、殺してくださいって何度も言えば、非常に低確率で解放してあげるよ。

 まあ、まずは一兆回目指してみたら?

 もちろん、一つ一つに心がこもってないとノーカンだからね」

 そこに心がこもってるかどうかなんて、ボクには知りようも無いけどね。

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