第19話 チェーンソーの騎兵だァ! アッハァ!

 さて、真っ直ぐに第七クランへ向かう必要は無い。

 女王サンドラは逃げていかないのだから。

 そんなわけでレヴァンを伴ったボクらは、エルダーエルフの集落“ノーブルビレッジ”を素通りし、ドワーフの集落である“ドゥムドゥンの村”でショッピング。

 そこでは主に、馬を買った。

 その後、参考までにオークの第五・第六クランを見学。

 準備万端。

 

 そんなわけで、ボクは頭から爪先を板金鎧プレートアーマーで包み、馬を走らせていた。手には、スイッチオンで雄叫びを上げ続けているチェーンソー。

「チェーンソーの騎兵だァ! アッハァ!」

 地球にいた頃、何故かこのシチュエーションが浮かんで以来、ずっと頭から離れなかった。

 中世のフルアーマー重騎兵隊が、チェーンソーを持って進軍してるの。

 現物を見たくて見たくて仕方がなかった。

 でも、そんなシチュエーションの映画とかアニメだとかは無かった。こんなありきたりな組み合わせ、他にも誰か思い付いていても良さそうなのにさ。

 で、チェーンソーと共にハイファンタジー世界に来た今、絶好のチャンスだと思っていたんだ。

 今日、ようやく夢が叶ったよ!

 しかし、実現するにはかなり苦労した。

 まず、鎧をどうするか。

 これ程の重装甲冑ともなると、自力での着脱すら一仕事になるはずだ。

 流石に気軽に脱げないのでは困る。ボクにはそう言う従者もいないし。

 まあ、これに関してもドワーフ様々だったね。

 ドワーフの集落で、各部位ワンタッチで着脱出来るやつが見つかったよ。

 次に馬だ。

 はじめ、騎乗してチェーンソーのスイッチを入れた所、音に怯えて暴れてしまった。

 よくよく考えれば当然か。

 これについては、魔法屋で【動物洗脳ビーストテイマー】の魔法を買って解決した。

 催眠術にかかっている間は、恐怖も何もないのはヒトも同じだろう。

 また、乗馬なんて生まれてこの方未経験だったボクとしては、洗脳する事でかなり直感的に馬を動かせるようになったから、そう言う面でも有益だった。

 というか本来は野獣避け、トラブルの際の鎮静、そしてボクのような素人でも馬に乗れるようにするための魔法であって、決してチェーンソーを怖がらなくさせるものでは無いそうだ。

 まあ、物事を思い通りに運ぶなら、洗脳してしまうのが一番手っ取り早い。

 なお、エルシィは洗脳の必要もなく、そつなく馬を乗りこなしていた。アタマが良いと何でもアリだね。

 贅沢を言えば、ボクが昔思い描いたチェーンソーの騎兵って、単騎じゃなくて軍勢だったんだよね。

 それが少し寂しいけど、この世界でもチェーンソーを量産出来れば、あるいは。

 とにかく、幸先は良かった。

 ボクらは意気揚々と、第七クランに向かって駆け抜ける。

 終始、エルシィの視線がどことなく冷たかった。

 やはりこのオンナは、人を人とも思っていないのだろう。

 

 ……こりゃ、オークの印象悪くなるよね。

 第五クランと第六クランでは、テント・ヤギ・ミルク壺! って感じの洒落た遊牧民生活が見て取れた。

 で、同じ要素で文化が構築されてんのに、どうしてここまで違って見えるかなぁ。

 集落についた途端、ボクらを出迎えたのは、

「ぁ……が……わたし、は、サンドラさま、期待、うらぎった……犯罪者、です……ご……げっ?」

 磔の晒し者にされた、オークのミイラ。

 それが、無理矢理修理したポンコツロボットのように、定型文を発し続けている。

「しなせて……もう死なせて……女王さま、おねがいです……」

 その側には、憔悴しきった様子のハンターエルフの若い男が一人。わかりやすく、鎖で繋がれている。

「ナニコレ」

 レヴァンに訊いてみた。

「これが、女王が第七クランの“極刑”なのです。

 死刑となったあとも、あのハンターエルフの死霊術で、女王への謝罪を強要され続ける」

 それはヒドいな。

 生前とこのゾンビ状態に意識の連続性があるのかは知らないけど……ヒトが考え得る最悪の仕打ちには違いない。

 少なくとも、今生きてるヒトらへの見せしめには十二分だろう。

 エルシィが、すっとボクらを追い越した。

 そして、オークのミイラ達を静かに見上げて。

 世界が真っ白に呑まれた。体感温度が40度近く上がって火傷しそうだった。

 光の残滓ざんしがまだ煌めく中。視界が晴れると、オークのミイラは、最初から居なかったかのように消滅していた。

「虐げられし無辜むこなる魂が大地へ還り、とわの安息が得られん事を」

 そうして、ひとしきり天を仰ぎ、自分の出した光が完全に消えるのを見届けてから、今度は虜囚となっているハンターエルフの死霊術師の側へ。

 そんな、ろくに手入れされてない垢まみれの奴によく寄り添えるね。臭くないワケ。

「聞きたいことは、ひとつだけ。まだ、生きたいですか?」

 虚ろな面差しの男に、微かな生気が戻った。

 やってきたオンナが、五種族最強の超越種であることを悟ったのだろう。

 このザマでどこにそんなエネルギーが残っていたのか、ブンブン首を縦にふった。

 エルシィが、その白くか細い指で、死霊術師を戒める鎖に触れると、波紋が浮かんだ。

 次瞬、鎖は砂鉄のように粉々というか、サラサラに分解されてしまった。

 本当に、エルシィはそれ以上余計な言葉をかけなかった。

 多分この捕まってた男、ハンターエルフの中ではかなりの天才ともてはやされてたんじゃないかな?

 死霊術ってかなり高度だと、概要だけは聞いた事があった。

 それこそ、最低限度ハンターエルフの上澄みである知力:120弱は必要だとか。

 確か、脳だけを蘇生して維持する能力が求められるとか。

 そう考えるとやっぱ、死体の人格は生前から連続してる可能性、大だよね。

 で、この手の下法の例に漏れず、死霊術のヒトへの適用は違法行為だ。

 多分、ここに捕まる前にも、ヒトでヤッちゃってたんじゃないかな?

 下手をすれば、自分で死体を調達していた可能性すらある。

 この世界の殺人に対する規制、ガバガバすぎるもん。

 とにかく、この男についてはこんなところだろう。

 で、エルシィはと言うと。

 何と言うか……これ、あくまでもボクが受けた印象だと先に断っておくけど。

 この先は自分で考えられるでしょ?

 って、優しく彼を信じてあげてるんじゃないかな。

 同時に、先のミイラ達の惨状にも心を痛めている。

 そう、まるで、

 

 子供がカエルをヒドい殺し方して喜ぶようになったのを目の当たりにして、心配する保育士さんだとか小学校の先生みたいに。

 

 彼女からすればボクも、この天才ハンターエルフすらも幼児並みの知能しかない。

 その差は歴然で、結局の所、助けたり保護したりする側になるのも、絶対的に彼女の方。

 けれど、エルシィに対して全く“母性”と言うものを感じないのはボクだけでは無いだろう。

 イモ村娘の姿が、そうさせているのだろうか?

 あるいは、知識ばかりが先行して、ヒトとしては未熟極まりないのが見え透いているから?

 まあ、わからないね。

 とにかく気を取り直して。

 チェーンソーの騎兵だァ! アッハァ!

 

「で、女王はどこにいるわけ」

 ボクが尋ねるとレヴァン曰く、

「ここ数年は“裁判広場”にて、寝泊まりをしておられます」

 なるほど、毎日お裁きに忙しくて、ウチって言うか自分のテントに帰ってられない、と。

 程なくして、頭の悪い看板が見えた。

【裁ばん広場→】

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