第17話 チェーンソー教

 賞金10,000PGをもらい、鎖帷子チェインメイルにバケツ兜と言ういでたちの衛兵に警備してもらいつつ、ボクらはコロッセオを後にした。

 ちなみに街での物価を見るに、大体1PG=100円くらいみたいだ。

 今回のボクのように観客の機嫌を損ねてしまうケースは結構あるらしく、会場の鎮静化からボクたちの送迎まで手慣れたものだった。

 そりゃ、快楽殺人犯や人体実験目当てで飛び入り参加したようなヒトらの中には、ギョーカイの空気が読めないのもいるんだろう。

 ぽっと出のエルフがどんな名選手を殺したとしても、闇討ちまで食らったケースは無いからご心配無く、とのこと。

 まあ、日本でも、野球やK-1の勝ち負けで殺人までは起きてなかったと思うし。今日、観客だったヒト達にも明日の日常があるしね。

 結局、生かせコールも殺せコールも、みんなその場のノリでやってたに過ぎないわけだ。

 安全な場所から、自分にかからない程々の血飛沫に興奮して「ほら、殺るなら殺っちゃいなよ!」って、囃し立ててただけ、と。

 あるいは、推しの選手を皆で助けよーう! って連帯感だとか?

 まあ、もう何も言わないよ。

 

 でも。

 衛兵と別れて市場に足を踏み入れた瞬間。

 あらゆる物陰から、毛だらけだったりツルツルだったり、多種多様なワーキャットどもがボクらを取り囲んだ。

 中には販売中の奴隷が業務を投げ出して参加してるけど、販売員のハンターエルフも手出し出来ずにあたふたしている。

 しっかし。こいつらの人種って不揃いすぎて、ほんとに気持ち悪い。

 でも、ボクはこちらの世界に来てから反省してる事がある。

 今までのボクは、少しばかり了見が狭かったのでは? とね。

 パッと見、ボクと違ったりお互いに不揃いだったりする奴らがさ、その先も“違う”とは限らないわけじゃない?

 例えばコロッセオのエルフやドワーフ達がそうだったように。

 で、この猫達が何のためにボクらを包囲しているのかも知れている。

「お前は、ワーキャット全体に宣戦布告した」

「腹、かっさばかれて、内臓食い散らかされる覚悟はあんだろうね?」

 はぁ。

 ボクは黙ってチェーンソーを構える。

 そして。

 【脊髄反射の復讐リフレクト・カウンター

 ボクの両腕が勝手にチェーンソーを振るった、かと思うと、飛来して来た何かを叩き落とした。

 目算3キロメートル先の建物、鐘楼みたいなトコから放たれた矢だった。

「なっ! “君臨者ニクソン”の狙撃が弾かれた!?」

 なるほど、彼も君臨者か。

 弓で地球のスナイパーライフルもびっくりなこの狙撃。ハンターエルフだろう。

 と考えると、こいつも反応力の君臨者だったわけね。預金口座はスイス銀行かな?

 最強の一角にしちゃさらっと、モブキャラみたいに出てきたもんだけど、都会は広いからねぇ。

 何かさ、ハンターエルフの立ち位置ってそういうもんなのだろうね。

 割りと他の四種族どれとも仲良くしやすいの。

 個々の【知力】に合った相手とツルむのがうまそうだとは思っていたよ。

 けどまあ、本人達が上手に生きるためって理屈ではわかっていても……イラっとくるよね、そう言う奴。

「キミ、フョードルに感謝しなよ」

 普通、この距離から肉声なんて届かないだろうけど、何かしらの魔法で盗み聞きしてるんでしょ。

「別にキミでも良かったんだよ? フョードルじゃなくてもさ」

 豆粒みたいなニクソン君を、普通の表情で見据えてやる。

 流石はハンターエルフの君臨者。肉眼ひとつでこちらの事は見えているらしく、あからさまにたじろいだのがわかる。

 部外者エルフは黙ってなよ。

 でもまあ、お陰でちょっとわかってきたよ。

 使ってのがさ。

 今の狙撃手に気付けたのは、チェーンソーに封じられたフョードルのお陰だ。

 薄々気付いてはいたけど、ボクはフョードルの“魂”的な物をモノにした。

 メカニズムはわからないけど【脊髄反射の復讐】とかあのあたりの魔法の要領で、フョードルのセンスと同調できるみたい。

 より正確には、身体中の神経の数だとか密度がすごい増えた感じ?

 やっぱりだ。今のボクのステータスを見ると【反応:200】になっていた。

 そうしている間の世界の見え方が全然違う。

 見た目の速さは全然変わらないんだけど瞬間的な“理解力”っての? が雲泥の差。

 この感じからすると、油断したらフョードルに身体を乗っ取られたりするのかな?

 まあ、それは後で考えるとして。

「で、何? “種族の希望”殺された文句言いに来たってこと?」

 醜い、四足歩行のパステル三毛模様が殊更前に出てきた。

 やっぱ、こいつらも、三毛模様はメスなんだ? 死ねばいいのに。

「話をする余地、あるとでも?」

「じゃー報復ってこと? ルールに則った試合だったんだよ?」

「そんなの関係ないね!」

 ああー、死ぬほど頭悪い。

 だって、どう頑張っても天才的な頭脳に恵まれても、フョードルどまりなんだもん、このケダモノたち。

「そうだよね。キミら、どれだけ彼を英雄だってもてはやしても、」

 

「誰一人、その勇姿を直に見てないわけだし?」

 

 こいつらは、この五種族都市ペンタゴン・シティで生きる限り、コロッセオの観客にはなれやしない。

 せいぜい、新聞に載ってる断片的な話をセコセコ集めるくらいしかできないんじゃん?

「それで“オラが種族からチャンピオンさ出ただ”とか言って、さも試合全部見てきて、種族の希望だって勝手な神輿に祭り上げて自己満足に浸っている。

 フョードル自身の意思すらも無視してね。

 そのぬるま湯をいきなり取り上げられたんだから、そりゃーキミらザコ猫も怒るよねぇ!」

 ボクの口上に、猫どもが「うー」だとか「シャァァァ」だとか、威嚇してくる。

 最初にボクを襲った傭兵二匹、今となってはまだマシに思えるね。

「そんなんで良いのかよお前らッ!」

 ボクは態度を一転させてやった。

「そうしてボクに八つ当たりした所で、お前らの生活何も変わんねーよ!

 明日から! フョードルがいないことは! 変わらない! ボクを殺したって!

 フョードルだって、そんな事を望んで“英雄”になったわけじゃないだろ!?」

 とりあえず泣きながら言っておく。泣くのも立派なトーク術だ。使いどころは限られるけどね。

「エルフ野郎が、知った風なことを抜かすな!」

 少し怯みながらも、猫どもはまだ噛みついてくる。

 ここまで引き付ければ、もういいかな?

 ボクは、チェーンソーの中からフョードルの魂? の一部から“声”の要素を抽出した。

「彼の言う通りだ、同胞たちよ!」

 おお、変声機ってこんな感じか。違和感すごいなこれ。

 声帯模写だとか、音声をいじる魔法くらい普通にありそうだけど、こいつらの頭じゃわかんないでしょ。

 ほら、思った通り。ボクの口から発せられたフョードルの声に、猫どもが戸惑いを見せはじめた。

 ボクの近くにいる奴ほど好戦的だったけど、困惑はたちまち伝播して、綺麗な波を作るように奴らの顔色が変わって行く。

「私は不滅だ! この、聖剣チェーンソーの中で永遠に生き続ける!

 更に高い次元へといくために、私は現世での肉体をあえて捨てたのだ!

 このエルフは、私の声を伝えるための“預言者”にすぎん!」

 聖剣か何かのように、ボクはチェーンソー掲げて見せた。

 あっ、スイッチも入れとこう。

「聖剣が吠えたぞ!」

 動揺は最高潮。

 いいねー、地球のちょっとした技術見せたら、原住民が人生180度変えられたみたいにショックを受ける様は爽快だよ。

「憎しみを捨てよ! チェーンソーを崇めよ! さすれば我らワーキャットは選ばれ、楽園へと至るだろう!」

 要はこいつら、弱ってたんだよ。ボクに牙を剥く姿はいかにも威勢が良かったけど。

 黙って悶々と現実を受け入れようとしても、いつか潰れてしまうのは目に見えている。

 でも、本能でわかっていたはずだ。

 ボクは「表向きエルフと言う超越種」であり、少なくとも種族単位で勝ち目はない。

 流れ者のボクですら、立場で絶対的に勝ってる。

 その優位性は誇示しつつも、不意に涙を流して「共感している部分もある」と歩み寄ってやるんだ。歩み寄ってる足で踏みつけるのは決して忘れずにね。

 そして、新たな拠り所を作ってやると、あら不思議。

 チェーンソー教・爆誕!

 小手先のハッタリひとつで異世界の勢力いじくり回すの楽しいね! シムシティやってる気分だよ!

 まあ、この世界の宗教情勢とかわかんないけど、猫どものそれをいじるくらいなら、そんなに大事には思われないでしょ。

 いや。地球だと、これくらい他人をコントロール出来なきゃ、生きていけなかったしね?

 実際ボク、最後には警察に殺されたわけだし。

 正直、最後らへんは、生き方の上辺っての? を繕うのがダルくなってた頃だったんだよね。

 それを考えると、ステータスまで見れるこの世界、地球よりずっとぬるくて生きやすいよ。

 でもまあ、

「エルシィ。この一帯のワーキャットだけを眠らせる事って出来る?」

「はい、できます」

 教団の維持とかめんどくさいし、ついて来られてもウザいから、皆まとめてぶっ倒れてもらいましょう。

 エルシィが無慈悲に魔法を放つと、広場は途端に静かになった。

 ご協力あーりーがーとさん。“英雄”様々。

《ぁぁぁぁぁ……》

 

 当分、首都には来られないね、こりゃ。

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