第15話 速さとは力であると言う話

 一応、種族格差的に少しでも配慮するためか、エルフを有利にするためか、開始地点の間合いはかなり遠めに取られている。

 ボクは……背中のチェーンソーは外さず、徒手空拳で構えた。

 ワーキャットを相手に、武器なんて重くかさばるもん持っても仕方がない。とりあえず、あの猫は素手で壊すしかない。

 対するフョードルは……意外や意外。静観の構えだ。

 そっか。ボク、エルフだと思われてるもんね。

 少しでもこちらの手札まほうを観察してからでないと、手出しできないわけだ。

 さすが、種族で一番知的な個体だ。森で襲ってきた傭兵どもや、宿に押し掛けてきた実験台どもとはひと味違う。

 でも残念。

 ボク、レギュレーション違反の攻撃魔法しか無いから、近接戦をやるしかないんだよね。

 てことで、ボクは走り出した。

 まず、人間族の身体能力ステータス極めカンストさせてみてわかったことがある。

 この世界、やっぱ強化・補助バフ魔法は人気が無さそうってこと。

 長所を極めれば、詠唱してまで増強する必要ないし。

 そして能力の短所を埋めたって、あんまり意味ないんだよね。生まれで限界値が見えてるんだから。

 だからほら、フョードルは面食らった顔をした。

 まさかエルフが接近戦を仕掛けてくるなんて、って思ってることでしょう。

 なんと言うか、穏やかにやんわり他人を見下してそうな絶妙な顔だ。コレを刈り取るべく、右足でハイキック。

 最小限、身体をずらしただけで躱されたね。

 空振った右足をそのまま踏み締め、軸足に。

 代わる左足で、やんわり他人を見下してそうな猫耳野郎の首筋めがけて回し蹴り。

 躱された。

 流石に分析を終えたらしいフョードルが絶影の速さで動ーー、

脊髄反射の復讐リフレクト・カウンター

 ボクは、頭の中にある魔法思考のひとつをオンにした。

 フョードルよりもなお速く繰り出されたボクの裏拳が奴の横っ面をジャストで打ち抜いた。

 彼我の勢いもあって、フョードルの軽い身体はぶっとび、コロッセオの石床に叩き付けられた。

 頬や鼻の骨を砕いた手応えアリ。やっぱ脆いねえ、体力:30足らずのモヤシ君は!

 ワーキャットと駆けっこをしてはならない。

 これが今のところ、ボクの考える結論だ。

 カウンターだとか、トラップだとか、“待ち”戦法だとか、逃げ場のない広範囲爆撃だとか。

 とにかく、後手で対処するべき相手と割り切らねばならない。

 この事について考えた際、思い出したのははじめてエルシィを見た時のこと。オークに狙われ、そして返り討ちにして殺してしまった、あの光魔法のことだった。

 魔法とは思考の具現化。

 なのに“無意識のトリガーで発動する魔法”なんて矛盾はあるのだろうか?

 ボクはその正体を“気配”だと睨んだ。

 あの時の彼女の表層意識において、ダン&ヴェリスの存在は認知されていなかった。

 しかし、彼女の持つ人智を超えた知識、そして演算能力が、雑多な物音や陰影の揺らぎ、空気の流れ……あらゆる要素から“敵”の接近を察知していたとするなら。

 ボクが新しく作った魔法【脊髄反射の復讐】は、その仮説をもとに考えた。

 そういう“気配”だとか間合いだとかの演算をあらかじめボク自身に“入力”しておき、それら「結論を出すより前の生データ」が浮かんだ瞬間には、もう、ボクの身体が勝手に動くようセット。

 カウンターを叩き込むと言う感じだ。

 演算の精度は【反応】や【器用】を極限カンストまで鍛えてはじめて実現した。

 デメリットは「とりあえず当たる攻撃」を優先する事で精一杯なこと。精度が低く、首や心臓などの急所を狙ってくれない。

 宿に誘き寄せた強盗どもで試した感じ、やっぱり的の大きな胴体にボディブローを叩き込んだ割合が多かった。

 そして、無意識で考え無しに身体を動かすため、筋肉への負担が大きいこと。つまり、殴った方も凄く痛い。

 それでも、ワーキャットに打撃を与えると言うのは“考え”てちゃ遅いと思う。

 えっ、エルシィも同じ理論でオークを葬ったと言うには、理論がガバガバすぎだって?

 シゴトは最後に狙った形におさまればいいの! そう言うものなの! ボクはエルシィのマネをしたかったわけじゃないの! 

 エルシィはヒントの呼び水になっただけだ。それで納得してくれ。

 ほら、フョードルが起き上がるよ。

 砕けた鼻や、切れた口から血がダラダラ流れているのにも頓着してない様子だ。

 さて、ここからだ。

「【時間加速】」

 奴がそう唱える。

 【脊髄反射の復ーー

 次瞬、ボクは見えない何者かに顔面をしたたかにぶん殴られ、地べたに突っ伏した。

 意趣返しだろうか。そこは見直したよ。

 エルシィ情報によると、これが議会のエルダーにテコ入れされた魔法。

 自分に流れる時間を倍速にする。ただそれだけ。

 あくまでも、倍化するのは本人のステータスではなく“時間”であるから、種族限界など関係ない。

 時間操作と言うと大変そうな魔法だけど、自分自身のそれを操作するくらいなら、奴程度のオツムでも可能らしい。

 まあ、究極、自分の事は自分が一番イメージしやすいし。

 速すぎてソニックブームでも引き起こしているのか、奴がステップを踏むたび、耳に痛い大音響が炸裂する。

 そして、ボクの右腕に何か、硬いものが絡み付いた。

 螺旋の金属棒が二本交わった、あのハンドミキサーみたいな剣だ。どうも、刃はついていないらしい。

 回転。

 ハンドミキサーもどきに絡まれたボクの腕はたちまち巻き込まれ、あらぬ回転数、捻られた。骨ごと断裂。

 誰かが喉の破れそうな絶叫を迸らせたと思ったけど、ボクの喉から出てる声だった。

「なるほど、お前の腕の捻れ具合はなかなか美しい」

 全方位の観客席から、物凄い量の歓声が放射した。

 どうにかハンドミキサーもどきが外れるけど、ボクの腕はすでにぶらぶら。自ら揺れる度、激痛が走る。

 フョードルが無駄に観客席へアピールのポーズを取ってる隙に、ボクはエリクサーをひとつ取り出した。

 阻止される前に手早く封を開け、一気飲み。

 奴も、どんな罠があるかわからないので、手出しを避けたらしい。この場合、思慮深さが仇になったね。

 そうそう、思い出したよ。こんな味だった。

 ゼロカロリーコーラ+無数の歯磨き粉+腐った青カビチーズみたいな味!

 きたきたきた、この感覚!

 ボクは超越者だ!

 ボクは神!

 腕は、捻られた方と逆に回転するようにひとりでに動き、最初にぶん殴られた傷も一瞬で塞がった。

「エルダーの薬か」

 ある程度推論はできたらしい。半畜生にしては上等だけどもう遅い。

 愚鈍な虫ケラが! 今すぐ捻り潰してやーー、

 ボクの首筋、脇腹が深々と裂けて、スプリンクラーのように血が噴き出した。

 二の腕も、頬も、太股も、次々に引き裂かれていく。

 あれだ。

 漫画とかでよくある、素早い奴に翻弄されて全身傷だらけにされるんだけど、都合よく致命傷がひとつもないアレ。

 リアルにされると、これはこれで結構きつい。

 痛いのもそうだけど、血が引いて、頭がたちまちクラクラ気持ち悪い。寒い。

 地球での最期、胸を撃たれた後のあの感覚を思い出した。

 自分の身体がもう、どうやっても取り返しのつかない所に来てしまったと言う、あの悟り。

 もちろん、エリクサーの自己治癒力強化リジェネレーション効果は持続しているから、傷は塞がっていくし、血液も失っただけ造り直されているらしい。

 しかし、それも永遠ではない。

 ボクはたまらず、もうひとつ残ったエリクサーを取り出しーータックルしてきたフョードルにそれを引ったくられた。

 これ見よがしに遠目の間合いで静止したフョードルが、ボクを憐れむ目で見据えて。

 それを開封し、飲み干した。

 ボクのカウンターで一部潰れていた顔面が、ビデオの逆回しみたいに戻り、ダメージが無かった事にされた。

 これで、ボクが与えた唯一の成果も水の泡。

「切り札を失った気持ちは、哀しいか? あと何本持っていようと、全てが私のものとなるだろう」

 この相手を必要以上になぶるねちっこいやり方って、コロッセオのパフォーマンスのためなのかね。

 それとも、この手の半畜生の、本能なのか。

 いずれにせよ、残されたのはエリクサーの副作用に苦しむ未来だけ。

 

 ボクも、

 フョードルも。

 

「……? ぁ……げ?」

 フョードルは、突然、虐待される猫のような常軌を逸した叫びを撒き散らしはじめた。

 そして、いつかのボクのように、みっともなく地べたを転がり、のたうち回る。

 哀しいかな、所詮は知力:70どまりの半畜。

 どれだけ天才ヅラしてても、ヒトのものを迂闊に飲むバカさ加減がキミたちの限界だよ。

 いや、こんな早くに効果が現れるとは、流石に予想以上。うれしい誤算。

 速さは勢い。

 勢いは力。

 そんなの、キミらの方がよほど実感あったろうにさ。

 エリクサーの薬効は、倍速の世界を生きるフョードルの全身を光の速さで突き抜け、一足早くにあの地獄の副作用がやってきたわけだ。

 もはや役立たずに成り下がったフョードルの前に立ち、ボクはチェーンソーの留め具を外した。

「さぁーさぁ、オーディエンスのみなさーん?

 このケダモノの運命はみなさんが握ってますよー!

 フョードルの運命はLive or die?」

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