第13話 下準備~エルシィにエリクサーをねだるボク~
ホコリと黒ずみまみれの、薄汚い部屋。
ヒビだらけの姿見を前に、ボクは裸でポージングを取っていた。
一週間、頑張った。
その甲斐あって、ボクの肉体は黄金比的に均整の取れた、アスリート体型になっていた。
この世界に転移直後、ボクの初期のステータスはこうだった。
【力:52(100) 体力:49(100) 知力:95(100) 反応:66(100) 器用:73(100)】
凸凹過ぎてみっともないだろう?
それが今や、こうだ。
【力:100(100) 体力:100(100) 知力:97(100) 反応:100(100) 器用:100(100)】
見てくれ。
素晴らしくフラットになった。
唯一不揃いな知力についても、この世界でやっていくうちに、他ステータスに追い付くことだろう。
結局、ボクに足りない知恵って、もうこの世界の細々とした取りこぼしの常識くらいだろうから、慌てても仕方がない。
エルシィに訊こうにも、ボク自身「ボクが何をわかっていないのか」がわかっていないのだし。
微妙に、最初より2ポイント上がっているのは、これまでのお勉強の成果なのか。
それとも、エリクサーを飲んで真理の片鱗を垣間見たからかも。
やっぱエリクサー、もっともっと飲まなきゃダメじゃない?
知恵と健康のために。
もちろん、エルシィにはエリクサーを除くあらゆる角度から協力してもらった。
各ステータスを効率よく上げる為のメソッドは当然ながら「眠らなくても疲れない魔法」だとか「寝ても明晰夢の中でトレーニング」だとか、細々としたドーピングだとか、本当に数えきれない。
あとは、エルシィ(&エリクサー)がいるせいで死にスキルと化していた【緩慢な治癒】も地味に役立った。
筋肉の疲労を無理なく回復し、成長を促進させるには、エルシィやエリクサーのそれは強すぎるのだ。
しかし、地球では一生かけてもこんな完璧超人にはなれなかったろう。
自分のスペックが数字で可視化できるのが、やはり大きい。
目指すべき数字は100で、あとどれだけでそこに到達するかがわかるから、モチベーションが保たれる。
また、筋肉の種類の違いから相克関係になりやすい【力】と【体力】の調整が楽だったのも、数字が見えていたからこそだ。
まあ、ヒトによっては「どう足掻いても100どまり」の現実に打ちのめされて、自殺しちゃうかもしれないけど。
あと、この薄汚い部屋から察してもらえるように、借りている部屋はブロンズクラス……タコ部屋よりはマシな等級で、トラブルがあっても自己責任ってとこだ。
ボクらを見くびって侵入してきた夜盗だとか強盗だとかに、実践トレーニングを手伝ってもらった。
し、か、も。
お勉強させてもらって、ストレス解消にもなって、お金までもらえるって言うから、ちょっと胡散臭い勧誘みたいな話だよね。
ただより高いものはないんだけど……今のところ、ボクに損はない。
あー、強いて言えばすごく生ゴミが出て、めんどくさいってことか。
これで、ボク側の調整はほぼほぼ完成。
肝心の、フョードルとの試合。
これに関しては、いつでもチャレンジ出来るらしい。
チャンピオンが相手の場合、トーナメントだとか対戦相手のマッチングだとかはすっ飛ばせるらしい。
まあ、条件アリの集団戦ならともかく、負けたら殺される可能性大のタイマン試合で“無敗のチャンピオン”に挑むなんて自殺行為だろうからね。そうでもしないと、スター選手の絡む試合を安定して提供できないのだろう。
で、ファンの間では奴のステータスも思いっきり出回っている。
まあ、有名人がいたら、皆スマホで写真とか撮るようなもので【分析】を浴びまくっていたのだろうね。
ちなみに、奴のスペックはこれだ。
フョードル・ズァドル
【力:170(180) 体力:27(80) 知力:70(70) 反応:200(200) 器用:108(130)】
気持ち悪いステータスだ。
特筆すべきは力の高さに対する、体力の貧相さだろう。あからさまに、短期決戦型だね。
その割に愛用している得物が……これまた拷問器具みたいに殺傷効率悪そうなものだったけど。
多分、観客へのパフォーマンスも必要なのだろう。特にドワーフ客が多い日とか、さ。
ファイトマネーに色がついたりとか、あるんじゃない?
あと、試合のレギュレーションを確認した所「観客に危害の及ぶ戦術は禁止」とあった。
つまり、先週の森でやったような“炎の雨”は使えない事になる。
それと、エルシィの超推理によると、奴に負けられると都合の悪いエルダーの支援者が何人かいるらしい。
支援、と言うのはこの場合、魔法の伝授だ。
それもエルシィが看破した所によると、その魔法、結構ヤバい内容だった。
「知力:70ぽっちの奴に使いこなせるの? そんなの」
「70なら、理解可能圏内だとは思います。
自分より知力が下の人に、可能な限り高度なことを教える。その“教えるうまさ”もまた、知力のひとつですから」
まあ、それもそうか。
ちなみにこの魔法、まだ人目に触れさせたことは無いらしい。
使うまでもない相手ばかりだったようだ。
さて、そうなると。
やっぱり要るよね、回復。
レギュレーションでは、回復魔法やアイテムは禁止されてないわけだし。
「エリクサーちょうだい。5個でいいよ」
「最初に大きめの数字を要求して本命の要求を通しやすくしようとするのやめてください」
チッ。小賢しい小娘が。
「3個ちょうだい」
「レイさん。エリクサー中毒って、そんな簡単なことじゃないんですよ?」
子供にナメられて困り果てている新米保育士のような顔で、エルシィがボクをたしなめるよ。
「エリクサーは100パーセントオーガニックで、それ自体に物質的な依存性はありません」
「使っている素材は」
「わたしが魔法的に作った非実在水質の水と、“魔界”に自生する、人体には無害な薬草いくつかがベースです」
おい、今さらりと世界観が膨張する発言をしたぞ。
魔界ってなんだよ、魔界って!?
多分、ボクの人生には関係の無い範疇なのだろうけど……。
「問題は、その強すぎる効果が“記憶”“精神”“知識”“心”に焼きついてしまうこと。
麻薬中毒だったら、魔法ですぐに消せます。
けど、エリクサー中毒は、エルダーの知力でさえも蝕んでしまいます。
常用すれば、わたしが手作りした程度のものでも、単純計算で寿命が倍になりますから、人生で学習に費やせる時間も倍ってことです。
エルダーにとって真理の探究は正しいことで……むしろ、積極的に中毒になるのはいいことだと……そういう人さえいるんです」
最後のほうは、何やら沈んだような声音だったね。
まあ、彼女の機微には興味ないね。
「2個くれ」
ボクは、感情を消した声で宣告した。
「さもないと、自殺する。フョードルに無策で突っ込んでいく形でね」
エルシィからしても、ボクは未知の人種。
前髪をいじる気軽さで自殺するような種族だとしたら……と言う可能性は否定しきれない。
だから、彼女との駆け引きにおいて、ボク自身を人質にする行為は有効だ。
そして、少し真剣味のある声で言えば察してくれるだろ。
2個と言う数字そのものに、意味があることを。
「……わかりました。2個だけですよ?」
ほら、ね。
ボクも、エルダーエルフの扱い方がわかってきたんじゃないかな?
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