第9話 下準備~エルシィに耳を切られるボク~

 そう言えば、エルシィがいるうちにもう一つ頼めそうなことがあった。

 耳をエルフのと同じ形にして欲しい。

 フードをかぶっても良いけど、それも完全な隠蔽にはならないだろう。

 “それ自体”が変形した方がより確実だ。

「でも、どうやってですか?」

 意外にも、使えない言葉を返してきた。

「例えば、ボクの耳を切り落とすでしょ?

 で、ボクの耳の情報を元に万能細胞みたいなのを作って、そこに当てはめるみたいなの。できない?」

 あっ、とエルシィが理解の色を見せた。

 アイデアを思いつきさえすれば、技術的には余裕で可能そうだね。

 チェーンソーを改造した時にも思ったけど、エルダーエルフのある意味での“弱み”は、種族として完成され過ぎている点にあるのかも。

 お金は無限。物を運ぶ必要もない。勿論、攻撃・防御・回復魔法はどれも神の域で、まず横死もありえない。

 不意にキャンプをしたいと言えば、道具一式が一瞬で実体化させられる。

 それらを使う手際が悪いなんて事もない。

 大体、今ある能力で人生の全てが満たされているから、少しでも“ムダ”なことには考えが至らない。

 大地と共に生きている、と言えば聞こえは良いけど、それは頭が良すぎるがゆえに原始時代で成長の頭打ちを迎え、さほど進歩していない事も意味するのではないだろうか。

 だから、結婚を想定するロジックすらも一周回って野蛮なのだろう。

 考え過ぎて品性がオーバーフローを起こしているのか、あれじゃオークの第七クランと言ってる事が同じだ。

 まあ、このコが種族の中でも特別ヘボいだけと言う可能性も否めない。というか、割とその可能性が高いかも。

 他のエルダーと遭遇した時も油断は禁物だ。

 

 とにかく、本題に戻る。

 まず、エルシィにチェーンソーを渡します。

 チェーンソーとしてはかなり大型のそれを、力:18の虚弱体質で持てるのか、と一度は思ったけど……。

 まあ、当たり前のように補助魔法バフを自らにかける事で、彼女の力は種族限界の50に増強された。

 常にそうしてればフィジカルの弱さをある程度カバーできるのだろうけど、やっぱ、こう言う特殊なケース以外では必要ないのだろう。

「わたしが聖剣をつかうなんて、おこがましい気がしますけど……」

「問答無用で改造しちゃった時点で、キミ、もう聖剣に対する冒涜だとか気にする資格無くしてるよ」

 ボクのつっこみに、また「あっ」となるエルダーサマ。

 しかし、いつまでも引きずるつもりはないらしい。

 すぐに割り切った顔になると、スイッチオン。

 チェーンソーが、元気一杯に高速回転して吠えた。

 そして彼女は、少しの揺らぎもない手付きで、ノコギリの先端をボクの右耳へ。

 

 あぁアあぁアあァあ嗚呼嗚呼嗚呼ァああ嗚ぁッ呼あぁアアーッ!

 

 ボクの断末魔が、枝葉のドームで覆い隠された夜空に響き渡った。

 まあ、エルシィの張った結界で、チェーンソーの咆哮もボクの叫びも外には聴こえないんだけど。

 とりあえず、ボクが暴れて手元が狂わないようにと、有無を言わさず魔法の鎖でがんがらじめに拘束された。

 それより、それよりだ!

 エルシィは手ブレ一つない精密な手付きでボクの耳を切り取ってゆく。

 ある意味でボクに従順な彼女は、滂沱の涙を流して喚き散らすボクの様子になにも感じていないように外科処置をする。

 そう言えば、こいつの器用さは115もあったんだっけ。

 その美術センスにもよるけど、仮に地球に行ってチェーンソー・アートの個展を開いたら、新進気鋭の鬼才に業界が大騒ぎになるだろうなぁ!

 無事(?)ボクの右耳は切り落とされた。

 あとはエルシィがちょちょいのちょいで、耳の切れっぱしを変質。

 彼女とお揃いのトルティーヤチップス型に再構成されたソレが、元の位置にぶっ込まれ、回復魔法をひとつ。

 そして、ボクの右耳は癒着し、尖ったエルフのモノと同じになった。

 赤黒い、乾いた血液がべっとりこびりついているけど。

「あなたの肉体の“根源情報”を再定義したので、今後、回復魔法を使っても、元の丸い耳になることはありませんよ」

 またさらりと異次元なことを言うけど、それを噛み砕くだけのゆとりは、今のボクにはない。

 で、まあ。

 まだ左耳が残ってるよね。

 ワンモアセット。

 

 あぁアあぁアあァあ嗚呼嗚呼嗚呼ァああ嗚ぁッ呼あぁアアーッ!

 

 せめてもの矜持だ。

 右耳の時と寸分違わない悲鳴を上げてやった。

 ボクの人生において“再現性”もまた、必要不可欠な潤いだ。

 無論、このエルダーのクソ鬼畜生に、そんな機微など伝わろうはずもないけれど。

 それと。

 事が終わってから思い至ったんだけどさ。

「あのさ……エルシィ……“麻酔”って、知ってるかな……」

「?」

 これに関しては、気付かなかったボクも悪い。

 やはり「回復魔法の光で照らしたら、すっきりしゃっきり♪」の種族に、そんな発想は出ないよね。

 聞くところによると、状態異常治癒魔法が一種か二種あれば、腹を切開する必要もなく全種の末期ガンを完治させられると言ってたし。

 

 さて、あともう一つ、やる事が。

 ……と思ったけど。

 エルシィの張った結界の外で、動きがあった。

 がさり、と茂みを掻き分ける音。

 その二つの人影を視認した瞬間。

 ボクの全身の肌が粟立った。

「ーーねぇ、エルシィ。あいつら、何」

 どう努力しても、声に感情が乗らなかった。

「ワーキャットですね」

 そうだろうな。

 けど、ボクが問題にしているのはそこではない。

 向かって左の奴。

 メスだ。

 ウエーブがかかった髪を長く伸ばしている。その色は、濃淡様々な銀色で縞模様を作っている。サバトラシルバータビー模様のつもりだろうか。

 頭からは、猫の耳。

 まだ幼さの残る顔に不釣り合いな、肉感的な体つき。それを、深緑を基調に染めた革鎧に押し込めてある。

 向かって右の奴

 ……性別はわからない。

「男性ですね」

 ボクの視線とか仕草から正確に思考を汲み取ったエルシィが補足してくれたが、オスか。ますます許せない。

 何ですぐに性別がわからなかったかと言うと、全身を茶色と白が不規則に入り雑じった短毛に覆い尽くされているからだ。猫で言えば茶白模様ってやつか。あまりにふざけている。

 顔も、人間に極めて近いメスとは異なり、巨大な猫そのものだ。

 そのくせ身体は、露出部が毛だらけである事を除けば人間そのもの。

 細身だが、四肢には筋肉がみっちり詰まっているのがわかる。

 こちらもメスとお揃いで、深緑の革鎧を着ている。

 良く見ると、尻尾の長ささえ不揃いだ。

 メスの方は長く、蛇のようにのたうっている。

 オスの方は短く、毛玉を取って付けたようにみっともない。

「ワーキャットは、身体的特徴の個人差が最も大きい種族です。

 特徴がネコに寄るのかヒトに寄るのか、それがどれくらいの比率なのかは、千差万別なんです。

 あちらの男性よりもネコの特徴が大きい、四足で歩く人もこの世にはいます」

「エルシィ。絶対に手出しはしないで」

「だいじょうぶですか」

「手出ししたら、自害してやるからな」

 貴重なサンプルを失う恐れ。

 今のボクの彼女に対するアドバンテージは、それだけだ。

「じゃあせめて、これだけ渡しておきます」

 そう言うと彼女は、虚空に、魔法光で小瓶の図面を描いた。

 製図されたそれはたちまち現実の瓶と言う実体を得た。

 更に何やら青緑の液体が無から現れ、吸い込まれるように小瓶へ注がれた。

 掌に収まったそれを、ボクへ寄越してきた。

「これは」

「普通のエリクサーです」

 おい。世の中の錬金術師の最終目標を秒でDIYするな。

 普通って何だよ。普通って。

 普通のエリクサー。パワーワードにも程があるだろ。

「安物だから、不老になるのはさすがにムリですけど、あらゆる傷病が一秒未満で完治します。

 また服用してから10分程度、自己治癒力もすごく増強されます。

 副作用が強いので、どっちみち“それ”に対する処置はあとで必要ですけど……単純な回復能力は、わたしの回復魔法と同等なので、いざって時の応急手当てくらいにはなります」

 まあ、飲んだら全回復+リジェネレーション効果のクスリなんて、絶対にどこかでしわ寄せだとか代償だとかが生じるよね。

 しかし、エリクサーが最弱の回復アイテムポーション扱いとか……これ以上このコと居続けたら感性がヘンになりそうだ。

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