第8話 下準備~エルシィに焼かれるボク~
当初の予定通り、森を通って首都ペンタゴン・シティへ向かう事にした。
エルシィの意見を差し挟ませる余地は無い口振りで言ってみたけど、意外な事に彼女は何も言わなかった。
保護と観察のためと言って、後からついて来ているけど。
とりあえず、エルダー以外の野盗や辻斬りからは、守ってもらえるだろう。と、言うか有無を言わさず自動的に消去されてしまう、と言うのが正しいか。
また、エルダーが野盗をしなきゃならないほど困窮する所も想像しにくい。
最強のボディガードを初っ端から引き当てられたのは、ある意味で幸運かもしれなかった。
ただ、もし彼女が自分の集落に連れていく気だったら、一生瓶詰めか標本にされていたかもしれない。
そして、彼女の気が変わって、今からその方針に転換される危険は依然消えない。
隙を見て撒こう。
それがどれだけの難易度であるかは……判断材料も揃っていないから考えない事にする。
どっちみち、いつかは縁を切るべきだろう。
所詮は序盤のお助けキャラと割り切り、然るべき時が来たら恩返しに
こう言うの、テレビゲームとかではよくある展開じゃないか。
そう言えば、野盗で思い出した。はっきりさせた方が良いことがあったな。
「ねえ。この世界の治安ってどんなものなの?」
「場所によって千差万別ですね。今向かっている首都は、世界一治安がいいです。お皿ひとつ盗んだだけで、衛兵6人が編隊を組んですっ飛んでくるレベルです」
「窮屈な都市だね。ディストピアかな?」
「集落については、各種族ごとの法律や掟に任せられてますね。商人の行き来とかもありますからある程度、集落間の信頼は必要ですし。
スキを見せなければまあ安全です。
異種族なら、“シルバークラス”以上の宿を取るとか。オークなんかは繋がりが集落単位で完結しているので、同族でも気は抜けませんから、どれだけお金がなくても“ゴールドクラス”の宿を取らないと、危ないかもです」
地球で言う、ホテルを星で格付けするようなものかな。
「いずれにせよ、都市や集落の中では、命まで取られることは稀です」
「じゃあ、こう言う、今まさにボクらの歩いている森みたいなのは」
「無法地帯です。
街道には衛兵もそれなりに巡回していますが、基本的に現行犯でしか捕まえてくれません。
だから、衛兵の巡回ルートから外れるこう言う森や
さっきわたしが死なせてしまった……オークの方でしたっけ?
このケースで見ても、先に手を出したのが彼らなのかわたしなのか、証明するすべがほとんどありません。
そして、今のレイさんみたいに人目を避けたい人達の通り道になってしまっていますから……なおさら、悪循環になっています」
ああ、だからあの人攫いどもも森を探してたのか。
わざわざ森を歩くような奴ってことは、攫われる方も何かしら後ろ暗い事をしているから、何があっても自己責任、と。
「じゃあ、そういうキミはなんで森に入ったの」
「薬草をつむためです」
そうかい。
このコにとっては、
やくそう>>>>(越えられない壁)>>人攫いに狙われるリスク
ってことね。
まあ、そこはボクには関係ないけど。
「……野外での殺人を“ほとんど”立証できないって事は、裏を返せばその気になればできるって事じゃ?」
「エルダーの中には、過去の記憶を読み取る魔法を得意とする人もいます。
けれどエルダーは基本的に他種族の世俗的なことには関知しない人ばかりですし、読み取った記憶も法的な証拠としては弱いのです。エルダーにとっては正確無比な動かぬ証拠でも、他種族がそれを信用してくれない」
「なるほどね」
治安について、必要なことも大体わかった。
それじゃ。
「ボク、今夜ここで野宿するから」
「えっ」
今の話の何を聞いていたのだろう? と言わんばかりのあからさまな困惑を見せるエルシィだった。
「だって、無一文だし?」
衛兵の目が無いところで、野盗を〆て調達しなきゃね。
「お金ならわたしが出しますよ!」
「いやいや、遠慮しとくよ。
あっ、お金がどんなのかは見せてくれる?」
……なるほど。
五角形の紙幣と硬貨から成る、
管理通貨制度であるらしく、ほとんど地球と同じ感覚で使えそうだ。金貨とか銀貨とか、相場のややこしそうなやつじゃなくて助かったよ。
「とにかく、首都で宿をとりましょうよ」
「じゃあ、一人で行ってもいいよ。ボク、キミにお金出してもらう理由無いし」
「こんなの“錬金術”でいくらでも作れるから、気に病むことありませんよ!」
そう言ってエルシィは、虚空に魔法光で製図したかと思うと、無から100PG紙幣を具現化させた。
おい、犯罪者。
「見た感じ、ちゃんと管理番号割り振られてるようだけど? 一発でバレるでしょ」
「ちゃんと、アカシックレコード経由で未発行分の管理番号を読み取り・造幣局の情報を書き換えてます」
やっぱり犯罪者じゃないか。
「第一、そんなことが野放しにされてる貨幣に信用なんてなくない?」
「エルダーのモットーは質素清貧・大地と共存。必要以上の金品は持ちませんから、節度は保たれてます。
今回みたいなやむをえないケースで少額に限り、エルダーには黙認されてるんです」
また出たよ、エルダーの種族特権。
さしずめスキル名で表現するなら【所持金無限】と言ったところか。
もう、笑うしかないね。
「とにかく、ボクはここで色々やる事がある。嫌ならここでお別れだ」
まあ、これで売り言葉に買い言葉、エルシィがその通り去ってくれたなら……ってのは甘い願望だとわかっている。
結局、エルシィはボクを首都まで引きずるでもなく、集落に拉致るでもなく、かといって消えてくれるわけでもなく。
頼んでもないのに革のテントみたいなのとか、即席の焚き火とか、土鍋みたいなのとかテキパキ具現化しくさる。まるでおとぎ話の大魔法使いだな。
例の“ウインドウ”を出して“持ち物リスト”なるページから、出したい物の名前をタッチしてるあたりは“魔法使い”の風情もあったものではないけど。
「ご飯はシチューにしますけど、レイさん、たまねぎって食べれます?」
「問題ないよ」
シチューの調理だけは手作業だったけど、その他のキャンプ用品は、お金と同じように無から創造したのか、自宅に置いてあるものを呼び寄せたのか、はたまた分子レベルに分解してたのを再構成しているのか。
道理で、バッグひとつ持っていないはずだ。
スキル風に言うなら【アイテム所持数無制限】とか?
まあ、夜になって肌寒さは増している。
食べ物の調達も課題だった。
ボクの運命が明日をも知れぬ風前の灯火になったデメリットに目をつむれば、この見た目醜悪なキャンプお膳立てマシーンが手に入ったことは幸運と言える。
とは言え、ボクはボクで、この手のサバイバルを自前で出来るようにしなきゃ。
各種族の有名人を殺らなきゃいけないのでは、いずれ人里には住めなくなるかもしれないし。
そんなわけで、
「エルシィ。ボクを死なない程度に焼いてくれ」
そう言いながら、ボクは裸になった。
「……はい?」
これもまたエルシィと言う偶然の産物頼りなのが気に食わないけど、いつか心得ある盗賊のそれでも食らうつもりではいた。
エルシィは、最初の数秒こそ戸惑ったものの、軽くうなずいて、脆そうな手をボクに黙ってかざした。
着火。
ボクの裸身が、たちまち猛火に巻かれた。
あ、あ、あ、
あぁああアァあァああ嗚呼ァアぁ熱い熱い熱い熱い熱い!?
みるみる皮膚が、肉が爛れてゆく。
ボクのあちこちが、腐るように爛れてゆく!
エルシィから受けたあまりの仕打ちに、ボクはその場に倒れ、転がり、悶える。
死ぬ、焼け死ぬ、死んでしまうよぅ!
みっともなく泣き叫ぶボクをたっぷり数呼吸、きょとんとした紫眼で眺めていたクソメスエルダーエルフが、引導を渡すように掌をまた突き付けてきた。
ボクの全身を洗い流す、滝のような冷水がぶっかけられて鎮火。
すぐさま、淡い暖光がボクを包み込むと、II度からIII度の火傷に爛れた全身が、嘘のように再生した。
一瞬の出来事だった。
これが、エルダーの回復魔法。
というか、
「死ぬところだったじゃないか!」
ボクが詰め寄り叫ぶと、エルシィはしゅんとした顔になった。
「だって、そうするよう頼まれましたもの……」
まあ、そう言えばそうか。
そして今ので恐らく、このコのボクに対するスタンスがわかった。
余程の事でない限り、ボクの決定に異を挟まないつもりだろう。
なぜなら、未知のサンプルがどう行動するか、邪魔をしては観察の効率が悪いから。
そこだけは、ボクも彼女に共感できる唯一無二の事柄だ。
でも、まあ目的は果たした。
「多分“ラーニング”がしたかったんでしょうけど、これでよかったですか?」
ああ、この行為はラーニングと言うのね。
残念ながら、ボクだけが思いついた方法ではなさそうだ。
「普通、こんな、直に魔法を浴びるヒトはいませんけど……。回復魔法があるにしても」
そう。
彼女に焼かれて死ぬほど熱かった、あの感覚。
炎とは何か、と言う体感。
これをボクの魔法思考に落とし込んで、自分のものにする。
そうすれば、今後、火種の調達には困らないはずだ。
「ごめんなさい。なんか、レイさんみたいな感性の人たちが暮らす“地球”という世界の秩序がどうやって保たれているのか……いくら考えてもわからないです」
ボクだって、そんな難しいことわかんないよ。
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