第7話 ボクの使命

 さて、ボクが得た断片的なヒントを統合すると、エルシィの考えは手に取るようにわかる。

 恐らく彼女と言う“最上級知的種エルダーエルフ”にとって、ボクと言うオンリーワンの種族は、超がつく希少種だろう。

 偶然とは言え、手に入れた千載一遇のサンプルを手放すとは考えにくい。

 ボクは、彼女に拘束されるしかないはずだ。

「あっ。そういえば、あなたとの間に子供を作ったらどうなるんでしょう?

 もし、あなたの種族に属する子が生まれるのなら、“均衡の守護者”のバックアップ? という意味でも有益そうですよね?」

 嫌だ!

 死んでも嫌だ!

「てことは、わたしの結婚相手はレイさんになるのか……。

 うーん、演算中……。

 演算中……。

 現時点で不確定要素はたくさんですけど、あーして、こーして、そーすれば、なんとか幸せになれそうですね」

 やはり、このエルダーとか言う種族は血も涙もない。

 エルシィと言う個体に少しでも優しさを感じたボクが、お人好しすぎたんだ。

 しかし、ボクに拒否権はない。

 ボクと言う存在の所有権は、今や彼女の手中に落ちている。

「でもそれも、色々と調べてからでないと……他人を巻きこむわけにはいかないから、母胎はわたしのを使うしかないから結婚するけど……わたしだって、未知のことをして死んじゃったりとかしたくないし。

 とにかく、安全性のめどがついたら協力おねがいしますね?」

 まずい。

 未知の不安が解決された時、彼女はボクを強姦するのだろう。

 そして恐らく、エルダーの知能からすれば、安全性の確認にはそんなに時間を要しないだろう。

 彼女らにとっての条理から外れた、異世界の産物であるチェーンソーを一瞬で永久機関のアーティファクトにしてしまった前例が、それを証明している。

 その辺の「地元で学年上位だった田舎者」が、クトゥルフの神話生物や宇宙的知識を目撃しても狂う事なく順応できる種族……と言えばどれだけ恐ろしい存在かがわかる。

 甘く見ていた。

 想像以上に、ボクの置かれた状況は危険だ。

「あ、あのさ、異種族間の繁殖って、どんな感じなの?」

 とりあえず少しでも話を逸らすための、苦肉の策で、頭の悪い言い方になった。

 けれど、彼女は難なく自分の中で処理・理解してくれたらしい。

「五種族、どの組みあわせでも生殖は可能です。

 確率的にも差はないですし、母体や胎児が特別危険にさらされるケースもありません」

「生まれてくる子の種族はどうなるの」

「両親、どちらかの種族になります。たとえば、ドワーフとワーキャットとの子であれば、ドワーフになるかワーキャットになります。

 確率は、統計的に五分ですね」

「両親の特徴を兼ね備えたハーフは生じない、と言うことか。エルフ耳のドワーフとか、そんなのはいない、と」

 そうなると、ボクがエルシィの立場でも、希少種ヒューマンの種を遺せるかは試したくなるだろう。

 いや、自分の母胎を手段としか思えないような倫理観は頭がおかしいとしか思えないけど。

 人命を何だと思っているんだ、ホント。

 ただ、さっきのオークどもとか、どうなんだろ? とは思う。

「オーク族にメスっているの?」

「ヒトに対してメスだなんて言いかた……よくないですよ? 質問に対する答えですが、オークにも女性はいます」

 そうなると、さっきのダンとヴェリスがわざわざ他種族からこのメスを攫おうとした理由は何だろうね?

 妥当な線で言えば、若者がいなくなった限界集落が第七クランだった、ってとこかな。

 オークの集落同士が交流に乏しい場合、ヨメやムコの行き来もしづらい。

 そして、他種族に対して危害を加えても、社会的にはなぁなぁで済まされてそうだ、と言うボクの推論が正しければ……そりゃ家畜みたいに他種族を使うよね。

 下手に波風たちそうな同族より、よほど“手頃”だ。

 まして姓名から察するに、集落単位で家族なのだろうから、片方の両親が誰なのかと言うことに頓着も薄いのだろう。

 しかし、生まれてくる種族が五分ってことは、必ずしもオークが生まれてくるとは限らないわけだ。

 例えばさっきのダン&ヴェリスは、エルシィに生ませた子がエルダーエルフだった場合、どうするつもりだったのかね?

 ちゃんと村人として平等に扱っていたのかどうか。

 エルダーエルフなら、下手な同族より使いではありそうだし?

 まあ、これは最大限の希望的観測だろうね。

 だって、他種族のメス(もしくはオス)に子を生ませるような集落。実際にどっちが生まれるかは五分。その前提で第七クランが“オークの集落”を名乗れるんだとしたら、どれだけ天文学的な確率を通って来たんだよって話で。

 と、話題を途切れさせてはまずい。

 グズな彼女に、考えさせる暇を与えない。

「さっきキミが言ってた“おばあさまの予言”って何?」

「あっ。そこ、一番大事なとこです。

 わたしの祖母、ダリアネラ・トライアードの予言によると、この世界を変革させる“均衡の守護者”がそろそろ現れるはずだったんです。

 わたしの見立てでは、あなたがそれです」

「胡散くさ。おたくらエルダーって、そんなの信じてるの?」

「はい。予言者はエルダーにおいて有資格者のみが従事できるお仕事で、アカシックレコードを正確に読解し、そこから未来を十二分の精度で演算する技能が求められますから」

 ずいぶん、システマチックな予言のようだ。

 しかも「伝説の残る村に、たった一人しかいない長老」的なのを勝手に想像してたけど、エルシィのこの口振りから察するに、地球で言えば建築士だとか歯科医くらいの人口はありそうだ。

 大体、日常会話に“アカシックレコード”が当たり前に浮かんでくる時点で色々とおかしいよ。

「それで、均衡の守護者って何さ」

「その者、五種族から外れし男。

 邪悪なる聖剣を携え、彼方の世より降臨せん。

 エルフに酷似した外見は、しかし、丸みを帯びた耳によりて否定される。

 その者、何者にもあらず、何者でもある。

 邪聖剣は君臨者達を喰らい、男を“神の道”へと誘うだろう」

 エルシィが、殊更、予言の文言を繰り返した。

「あなたは、エルフ二種・ドワーフ・ワーキャット・オークの、いずれでもない。

 その100で統一されたステータス限界値といい、さしずめ“人”の“間”に漂う存在。

 あなたがたびたび口にしていた“地球”という言葉と文法からみて、ちがう世界からやってきたのだろうと思います。予言で言われていた“彼方の世”ですね。

 エルフのような体格に他種族のような丸い耳と言う、異形の姿は言うにおよばず。

 邪悪なる聖剣については、まぁ、あからさますぎですよね」

「ボクが何者でもなく、何者でもある、と言う部分は?」

「そこはちょっと、わかりません。というか、確証がもてないというか……」

「邪聖剣が君臨者達を喰らい、ボクを“神の道”に連れてく話ってのは?」

「これも部分的にしか自信はありませんが……君臨者というのは、おそらく“ステータスのいずれかが200である”人……おおむね、各ステータス最強の個体を指すのではないでしょうか。いずれかのステータスが200に到達した人のことを“○○の君臨者”と呼ぶのです。

 その邪聖剣チェーンソーで、その人たちを斬ることで、あなたにはなんらかの道が拓ける」

 なるほど。

 力、体力、知力、反応、器用。これらの中で最強の奴らを殺せ。そう言うことか。

 まあ、ボク的には当初の目的と合致してるんじゃない?

 これだけ個人スペックの極端な世界で、ステータス200の個体を始末するだけの力をつければ、あるいは全人類を“均す”ことも夢ではなくなる。

 仮にも全人類を敵に回す行為だ。

 ボクだって、無謀な目標だとは思っていた。

 けど、たった五人の君臨者達を邪聖剣の生け贄にして、新たな道が拓けると言うのなら、希望はあるかも。

 問題は、目下、ボクを縛るこの“超越種”サマがどう考えるか、だけどね。

 今のボクは、こいつ一人にすら勝てない。

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