第6話 エルフのオンナ
改めて、エルフのオンナを見てみる。
見れば見るほど醜悪で冒涜的で、気色悪い。
ギラギラ照り付ける太陽だとか、成金趣味で黄金を溶かし込んだような長い髪。
そのくせ、肌は陽の光を知らないような白さだ。
顔立ちは……まあ、均整が取れている点は評価してもいいかな?
シミだとか傷だとか吹き出物だとか、細かいホクロすらも無い。作り物めいた質感は、まあ悪くない。
けど、目が無理。
瞳が紫色なんだけど、この色は人間の虹彩としてはあり得ない。まさしく、ボクにとっては異物だ。
あとは、無理やり美点を探すとすると、体つきかな?
オンナにしては、全体的に平坦だ。
特に、あの忌まわしい胸部の膨らみが乏しいのは、まあ「この世に存在する事を許される」努力を感じられるとは思う。
しかし、目算で72センチ程度の胸囲は視認出来る。
ボクの目を誤魔化せると思うなよ。
あっ。
その怪物が、こちらを見た。
きょとんと、不思議そうな顔をして。
まあ、下手に逃げる気は無かったけど。
「あなたは?」
僅かに掠れたような、か細い声だった。
それを発する首をへし折ってやる空想が脳裏をよぎるけど、今は目の前の驚異に集中しなきゃ。
「ボクは……レイ。レイ・シマヤ」
とりあえず、こちらの世界での名前はこれにしとこう。
「レイ・シマヤさん……名前はともかく、ふしぎな名字です」
なるほど。
このケースだけでは断定できないけど、エルフは“嶋矢”と言う日本の姓がピンと来ないようだ。
“ジパング”的な集落は無いものと推測。
「種族は……なんだろ? たぶん“知的種”なのは間違いないんだろうけど」
多分、ハンターエルフやワーキャットの上澄みくらいの知力がある他種族を“知的種”と呼び分けているのだろう。
傲慢にも程があるけど、エルダーとはナチュラルでこうなのだろう。
地球の皆だって、チンパンジーやクジラの事を賢いとは思うだろう?
恐らくだけど、このコ、エルダーエルフにしては鈍臭くて、事故死した
こうして、ボクに対しても目線を合わせて話そうとはしてくれている。
恐らく“賭け”に出る余地はあるな。
「いきなりですまないけど、キミのステータス、見てもいい?」
ボクが言うと、エルダーのオンナが「まぁ!」と半歩下がる素振りを見せた。
「意外とエッチな人だなぁ」
……殺す。
やはりこのオンナ、いつか殺す。この世から消してやる。
許せない、許せない、許せないこんな異物は!
だが……落ち着け。
自分の立場を思い出そう。
今、下手をすれば殺されるのはボクの方だ。
今はまだその時ではない、今はまだその時ではない、今はまだその時ではない!
この屈辱と怒りを糧に、力をつけてからだ。
「……も、もも、もちろん、ボクのも見ていいからさ。どうせ、キミからしたら減るもんでもないでしょ」
「まあ、別にいいですよー」
先のオークどものように頭の悪い奴らも【分析】しやすければ、このエルダーのようにこちらを歯牙にもかけていない存在であれば、ステータスを見られる事にも警戒はすまい。
後は、相手の気性次第ってとこ。
ボクは、賭けに勝った。
そんなわけで、遠慮なく見せてもらおう。
エルテレシア・トライアード(エルシィ)
【力:18(50) 体力:22(50) 知力:146(200) 反応:43(100) 器用:115(130)】
名前の短縮形までわかるのか。ビミョーなような、便利なような、やっぱりビミョーな機能だなぁ。
とりあえず、このエルシィについてボク的評価を下そう。
フィジカルの脆弱さは酷いものだ。
それがなおの事、憎らしい。
魔法さえ、魔法さえなければ、こんなやつ、片手でへし折ってやれるのに。悔しい。歯痒い。
で、一番大事な知力について。
地球人基準で考えれば、古今東西のあらゆる偉人が中学生扱いに貶められるレベルなのだろう。
けど恐らく、エルダーエルフの中ではビミョーかも。
いや、ボクもまだ、上限値と種族平均の割合を正確に把握しているわけではないけどさ。
多分、地元では学年上位だった程度の田舎者レベルがいいとこじゃない?
さっき無自覚にオークを消した時の言動からも、別にあんな目立つ魔法でなくても良かったみたいだし。
そうなると、強大な魔法を作る“教養”は高くても、その選定をしくじる程度の“知性”とも言える。
まあ、ボクや、恐らく他種族からしたら、どちらにしても結果は同じなのだけど。
「じゃあ、今度はわたしの番ですね」
「どうぞ」
エルシィが【分析】を唱えると、魔法の副次光がボクを両断するかのようにスキャンした。
確かに、全身を質量の無い何者かに撫でられたような、ぬるい感触がした。
これを“気のせい”でスルーできる知力:25の、ある意味での恐ろしさも同時に理解した。
で。
「これ、は……」
まあ、頭のいい奴ほど、予期せぬ光景には戸惑うよね。
ボクのステータスは、この世にはあり得ないフラットなものだから。
これを開示するのも、正直な所“賭け”ではある。
このエルシィがエルダーの中ではまだくみしやすいタイプなのはわかったけど、本性を掴みきれたわけではない。
また、こいつがボクの見立て通り純真無垢なエルダーだったとしても、こいつに関わる他の仲間がそうである保証はどこにもない。
けど、それを言えば、何も知らないまま首都に行くのも同じくらい危険だし。
どこかで、冒険はしなきゃいけない。
さて、このオンナはどう出るか。
「あの……手にもってるそれは?」
エルシィが細く白い指で無遠慮に指してきたのは、ボクが手にしているチェーンソーだった。
ああ、地球の産物だし珍しくて当然か。
「チェーンソー。電動式で、地球ではヒトを切り刻むための道具だったよ」
あとは、木を伐採する用途もあったけど、話が横道に逸れるから、無駄な事は言わなくて良いだろう。
で、彼女はわかりやすく目も口も、真ん丸に開いた。
「……その者、五種族から外れし男。
邪悪なる聖剣を携え、彼方の世より降臨せん。
エルフに酷似した外見は、しかし、丸みを帯びた耳によりて否定される。
その者、何者にもあらず、何者でもある。
邪聖剣は君臨者達を喰らい、男を“神の道”へと誘うだろう」
芝居がかった口上が終わるや、
「あなたは……“均衡の守護者”!
おばあさまの予言、このことだったんだ!」
ウザい事に、何やら一人で盛り上がり出したよ。
そして、
「どうしよ……どうしよ……とりあえず、保護はしなきゃだよね?」
まずいような、渡りに船なような事になってきている。
「でも……色々確証を得てからでないと……おばあさまに怒られる」
そして。
濁りひとつない紫色の瞳が、今一度ボクを見据えた。
そこに“探求者”だとか、その手の叡智は見て取れない。
単なる小娘の瞳だ。
さしあたり、話題はチェーンソーのことから。
やはりこの世界に電気なんて通っていないから、早晩バッテリー切れとなって捨てる運命になる。
それを話したんだけど、
「【本質解析】」
不可解な呪文を唱えると、エルシィはチェーンソーをスキャン。
「これは……この世のものとは思えない構造。そして、コンセプト」
そりゃ、異世界の品ですからね。
「うーん……おそらく、電気が呼び水となってあれがこうなって、こうして、こう。そして、これがこう動いて……刀身が高速回転する」
じゃあ、と、彼女は嫌な予感しかしない声を発して、
「これで、どうだろ?」
もはや呪文すらなく、雷光を帯びた魔法光でチェーンソーを包み込んだ。
「はい、オッケー。
なんとなくでしか仕組みはわからなかったけど、電気は永久になくならないようにしといたから、ずっと使えますよ。
あと、刀身があまりにもモロかったから【エターナル・コーティング】もしておきました。
どれだけ乱暴に扱っても、まず壊れません」
しれっと、あっさりと、充電式チェーンソーに半永久機関を実装して下さった。
あと、恐らくこれを“聖剣”だと思ってるらしいけど、そんな一品ものを迂闊に改造してしまうあたり、やっぱり頭は悪いのかもしれないね。
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