第10話 はじめての均し

 エルシィの結界から踏み出して即、ボクは【分析】の光をあの薄汚い畜生どもに飛ばした。

 

バルバラ・バルビエ

【力:137(180) 体力:49(80) 知力:37(70) 反応:144(200) 器用:86(130)】

オレーク・ボルフ

【力:122 体力:35 知力:42 反応:177 器用:97】

 

「何だァ?」

「誰かいるね」

 クソな種族は声帯に至るまで余さずクソなのか、いかにも猫が無理やり人語を発したかのようなダミ声だ。

 しかし、さすがに、この程度の知力があれば【分析】は勘づかれるか。

 多分、魔法光のせいだろうけど、奴らの瞳孔が一瞬トカゲみたいに細くなってから、すぐに丸々黒々と開かれた。

 眼球の挙動は、どちらも猫そのものだ。

 キモチワルイ。

 そこだけ同じなのが、なおさらキモチワルイ。

 ボクは耐えきれず、とうとうその場で嘔吐した。

「おいおい、剣(?)を持ってるってことはハンターエルフか? こんなトコでゲロってる場合かよ」

「ねぇ、あたしたち傭兵ヨーヘイなんだけどさぁ? 護衛してあげよっか?」

 傭兵崩れの野盗か、現役傭兵が副業で“森漁り”をしているのか。

 奴らの鎧のカラーリングを見るに、後者の可能性が濃厚か。

 夜闇に乗じるなら黒色、と普通なら思うだろうけど、それは悪手だ。黒い人影として、かえって浮いて見える。

 こいつらが身に纏う、濃淡まだらな深緑こそが、こうした夜の森林に溶け込みやすい色なのだ。

 護衛の押し売りや盗賊狩りにかこつけた強盗行為の常習犯だろう。

 昼間のダン&ヴェリスみたいな奴らと、このオス猫&メス猫みたいな奴ら。勝った方が相手の全てを得る、弱肉強食のジャングルってやつなのだろう、この“森”って地形は。

「なんで……」

「あァ?」

「なんでこんな事をするんだ!」

「はぁ?」

「性別はおろか骨格も毛並みも何もかも違うお前らがそろってワーキャットだなんて“同種族”を名乗るなんてそんな非人道的なことがどうして平気でできるんだ!? この冒涜侮辱蛮行害悪どう償うつもりだよオイ! 生まれてきてごめんなさいと許しを乞えよ! あぁぁああァあァア!?」

 お前らだよお前ら!

 なに他人事みたいなツラしてんだ!

 所詮は知力:37と42の半畜生! こんな簡単な道理も通じないのか!

「ナニこいつ」

「まー、出会い頭に【分析】カマしてきたってことは、喧嘩売ってるって思ってイイんだよね?」

 そして奴らは、各々の武器を抜いた。

 メスの方は槍らしきもの。先端で、六つの穂先がツボミのように閉じている。

 オスの方は、強いて言うなら短い曲剣? バナナ型の妙な刃物を手にしている。

 そしてボクの得物はもちろん“邪聖剣”チェーンソーだ。

 奴らに見せつけるようにしてスイッチオン。

 けたたましい爆音を立てて、ノコギリが高速回転した。

 原始人以下の半獣人どもには、充分な脅しになるかと思うけど、

「へー、上等ジョートーそうな“ドワーフ武器”じゃないの」

「エルフのモヤシ野郎には重たすぎんじゃない?」

 アテが外れた。

 エルシィくらいの知的生命体が珍しがり、なおかつ、奴ら程度の知能では珍しく思われない。

 そして“ドワーフ武器”と言う呼称から、この世界の武器は“そう言うもの”だと推測できる。

 器用さ115ぽっちのエルシィですら、あのチェーンソーづかいだ。

 それが最大200にも及ぶドワーフの作った武器がどんなオーパーツなのか、わかったものではない。

 そうなると、刃が高速回転するノコギリ程度、そのドワーフ武器とやらの中に存在感が埋もれてしまっても不思議ではない。

 とにかく。

 ボクの地球における実家は、飼い猫の絶えない家だった。

 幼い頃からの隣人たちの身体能力はよく知ってるつもりだし、まして【分析】したステータスが雄弁に物語ってもいる。

 猫の跳躍・疾駆は、冗談抜きで“瞬間移動”の領域だ。

 最低でも間合いを倍以上取ってーーオス猫の方が持っていた刃物をこちらへ投擲。

 逃げる間もなくボクの二の腕が深々抉られた。結構太い血管がイッたのか、冗談のような鮮血。チェーンソーはあえなく手から落ちて、地面でのたうつ。

 あのオスの投剣はと言うと、野太い音で空を斬りながら飛び去ったかと思うと、宙で大きく旋回。持ち主目掛けて戻っていった。

 オス猫はそれを事も無げにキャッチ。

 リアル“やいばのブーメラン”だ。

 少し考えればわかるけど「手元に戻る刃物ブーメラン」なんてものがあったら、それは自殺用器具でしかない。

 それが、人間の反射神経であれば。

 けれど、これが反応:177のなせる業なのだろう。

 片腕が死んであっさり武装を剥奪されたボクは、息も絶え絶えに逃げ惑い、比較的太い木に身を隠す。

 けれど、今度はメスの方が姿を消した。

 木々を少しの遅滞もなく登り、跳び移り、枝葉をガサガサ鳴らしてボクの頭上へ。

 疾風を身に纏ったメスが、ボクの背後に着地。

 背中から、あの奇妙な槍を突き入れられた。

 痛いと言うか、熱く感じる。焼けた鉄柱を差し込まれたみたいだ。

 あまりの理不尽に声も吐息も出ない。

 そして。

 ボクの体内に潜り込んだ穂先のツボミが、あろうことか花開くように展開。

 内部から肉が抉られる。

 それから逃れるように、ボクは前のめりに倒れた。

 槍の穂先は、ボクの内側を更に抉り削ってあっさり抜けた。恐らくは、殺傷力よりも拷問用の意味合いが強い武器なのだろう。

 それにした所で、これだけされて死なない人体ってのも存外しぶとく出来てるものだ。

 メス猫が、ほとんど死に体のボクを引きつかみ、仰向けにさせ、馬乗りになった。

「あれだけイキがってたクセに、ヒョーシぬけ」

「雑魚すぎんだろ」

 オスの方も、なぶるような忍び足で寄ってきた。

 あっけないチェックメイトだ。

「さーて、交渉といこうか?」

 瀕死の獲物をなぶる。

 そんなところまで猫の真似事か。反吐が出る。

「あたしたち、こう見えて長い目でモノみてんの」

「そして欲深だ」

「家族とかオトモダチとかさ、もっといないの?」

「護衛してあげるよ。俺ら傭兵ヨーヘイだし」

 下衆どもが。

 これほど他人……と言うか他の生き物を強く憎んだ事は今まで無かったかもしれない。

 下らない。

 あまりに下らない。

 人類以前に、生物以前に、物質として、この世にこいつらの居座っていい座標なんてない。

「大事なモノ、売れないってんなら、一人で死ぬかね?」「うん【降雨】」

 即答するように、ボクは呪文を口にした。

 枝葉のドームに覆われた天を見据えて“それ”を集めるイメージ。

 ほどなくして、パラパラと“それ”が天から落ちてきた。

 小雨ーーいや、

「何だぁ?」

「雨なんて降らせて、ナニになるってーー」

 小雨は一瞬で、それなりの雨量となった。

「熱っ!?」

 最初にオスが、続いてメスが異変を感じて背筋を跳ねさせた。やっぱり、この辺が反応ステータスの差かね?

 けど、もう遅い。

 

 この雨はものだ。

 

「あぁあアあァああ!?」

「熱い、熱い熱い熱い熱い!」

 やはり、雨はいい。

 雨は、みんなの頭上へ平等に降り注ぐからいい。

 皆、同時にずぶ濡れだァ!

 アーッハッハッハ! アッハァ!

 雨に濡れた木々が、そして二匹のワーキャットどもが焼け、たちまち真っ黒に焦げて行く。

 少し前にネットで、ロウソクとかライターとかの火を水に置き換えたCG作品を見たのを思い出した。

 ボクがエルシィに一度燃やされて得た、あの感覚。

 それを【降雨】の魔法によって生み出した雨に感染させた。

 偽薬効果、と言うのが近いかな? これ炎だよって言って水をぶっかけるの。

 えっ? 偽薬効果は受ける側が思い込むものであって、処方する側の思考は関係ないだろうって?

 ボクがそう言うものだと言ったらそう言うものなんだよ! それで納得してくれ。

 とにかく、奴らはもう、どこに逃げてもムダだ。

 いくら素早くても、こればかりは避けようもない。

 一度着衣や体毛に染み込んだ“炎の雨水”は、ボクが雨を真水に定義し直すか、水として乾くまでは決して尽きない。

 その雨に同じように打たれているボクかい?

 死ぬほど熱いさ!

 ここで、エルシィからもらったエリクサーの出番。

 封を開け、いかにもまずそうなそれを一息にあおる。

 ゼロカロリーコーラに歯磨き粉とかブルーチーズだとかを混ぜこんだような、ひどい味がした。

 ブーメランや槍で内外をズタズタにされたボクの身体は、これで瞬時に完治。

 肌も肉も、雨に打たれて焼けては再生してを繰り返す。

 生きながら全身を焼かれて、けれどエリクサーの効能によって片っ端からそれが回復するから、決してボクは死ぬ事がない。

 正直、一息に焼け死ぬよりも地獄だ。

 どうしてボクばかりがこんな目に!

「ぁ……ぁ……、…………」

「……たすけ……、…………」

 一方、真っ黒焦げの棒みたいに成り下がったケダモノ二匹は、ほどなくして絶命した。

 異臭がひどい。

 死んでも迷惑な奴らだな。

 まあ、こうして性別も毛並みもわからなくなった炭の棒が二本。

 生きていた時より、ずっとずっと見られる姿に変身できたのではないかな?

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