第4話 イワツチ
烏天狗がヒノクニに来て二度目の夜が明けると、宇宙船はすぐさま惑星を後にした。一昨日よりかなり広い宇宙船で顔を合わせたのは、国長、クスノキ、モクレン、ミズキとその部下の人間五人と、星長、ヒイロの烏天狗二羽だ。操縦士が別の部屋に三人、機械音と緊張した様子で会話している声がヒイロの耳に届いていた。
前回の宇宙船とだいぶ違う顔ぶれは、ヒイロにとって前よりましな居心地を感じさせている。皆これから行く惑星、そして大きな祭りの事ばかりで、嘘だの小言だのと言う暇もないのだ。一人、自分と同じほどの背丈の白い機械、クスノキは特に楽しそうに、羽の無い機械で宙を浮いている。
(……ヤマクイと全然違う……)
宇宙から見下ろしたヒノクニには雲一つ掛かっていない。茶色や赤土色の地表ばかりで、人間が住んでいるらしき場所はコンクリートの色で埋まっていた。川はあまりに細く、あるのかさえ分からない。山、というより土地がそのまま膨らんだような場所が何か所も、丸い惑星を歪めていた。
改めて宇宙の、ヤマクイの外の広さに目を見張る。
(……)
どうせ帰るのだと、ならせめて早く帰りたい、慣れた気持ちがまた浮かんでくる。ヒイロは話す必要もなければ別にいいかと、一応付けていたボンベに手を掛ければ。
『あっ、一昨日、結局寝る前に怒られたんですけど、昨日の晩の事で今日の朝も怒られたんです……』
思い出したようにクスノキが、硝子の向こうで沈んだ声と息を吐く。
『……聞こえてた』
ボンベから手を離すと、ヒイロは落ち込んだ声に耳を傾けた。
【惑星名イワツチ / 主種族・オオガマ / 岩石惑星・半径約2200Km・自転周期時間200時間・公転周期250日・最高気温120度・最低気温10度・大気圧250kPa】
宇宙船が大きく揺れた後、操作室から一つ声が届いた。
『イワツチの大気圏内に入りました。これより下降し、小型宇宙船へ移動します』
景色が黒より薄くなり、それが青く変わりだす。と、窓の外を覗いたヒイロは、その下の景色に目を丸くした。
「……!緑……苔が沢山ある……!?」
窓の向こう、丸く切り取られたイワツチはほとんどが植物で埋まっていた。地面は泥で埋まり、そこから真っすぐに生えた木や草までもが宇宙船より高く伸びている。そのお陰か辺りは少し暗かった。
(羽が揺れているような音が沢山する……!あの伸びた苔が揺れる音か?)
木は人間や烏天狗ほどある太さの茶色い幹を何十にも絡め、宇宙船より遥かに太い厚みを作り天を目指していた。絡めた幹の間からは同じぐらい太い枝、そして葉、それらは重く項垂れては重なり、自然の屋根を作る。草も同じように頭を垂れているが、一つ一つが立派に分厚く、下げたままの頭で、下りていく宇宙船を見送っている。
よく見れば木々には色鮮やかな箇所があり、大きな花が寄り添って疲れた姿を見せているようだった。
『イワツチはヒノクニの交流惑星の中で一番植物が豊富なんですよ。半日掛けて降る雨と陽の光を浴びて、両方に負けない強い植物が育つそうなんです!』
『ショクブツ?苔が伸びるとああなるのか?』
『苔は多分伸びないですね!苔も植物の一つなんです。苔みたいに、ああやって地面から生えている……あの茶色は木で、あっちの緑が草で、あの色がいっぱいあるのが花で……ああいうのを全部まとめて植物って言うんです!ヒイロ様も星長様もマツバ様も全員烏天狗なのと同じですね』
『そう、なのか?……じゃああれも食べられるのか?』
『うんと……苔の研究の中で調べられてはいたんですけど、環境が違うので、ヤマクイの苔に含まれる栄養……中身が全然違うようで、食べられる範囲かはまだ分かっていませんね。でもイワツチの植物の種類から見れば可能性はあるので、まだ研究途中です!』
星長も驚いているようだった。烏天狗にとっての思いがけない夢のような場所なのだ、ヒイロが再び目を奪われていれば、遠くの方で話し声を聞き取る事が出来た。
(……何て言ってるんだか分からない……。から、聞き分けが難しいな……)
宇宙船が下降しきると、窓の外は緑と茶色の二つだけに分けられた。扉が開き、操縦士が三人、中にいた人間と烏天狗を小型宇宙船へと案内した。途中、扉が締め切られ小部屋でどこからか音が鳴り出すと、浮いていた足が地面に着く。いくつかの廊下を超えれば、大型宇宙船の側面とつなぎ合わせ配備していた小型宇宙船に乗りこめた。
『この中はヒノクニと同じ環境になっていますので、宇宙服の頭部やボンベを外していただいて構いません。硝子の向こう側はイワツチの環境に設定していますので、あちらに移動する際はお気を付けください』
小型といえど宇宙船の中は広く、部屋の中心には太い柱と硝子が、見ただけで分厚いと分かる壁となってそびえて居る。残り半分となった部屋はそれでも部屋にいる人間達が寝転んで余るほどはあった。扉から見て左手には宇宙船の操作、通信用の機械が壁一面に並び、正面には移動固定式の椅子が十、隅には棚、中には苔と穀土、酸素ボンベ、簡易医療用設備が用意されていた。
操縦士は一人がヒノクニとの交信を始め、もう二人はまた別の宇宙船の準備に取り掛かり始めた。国長やモクレン、クスノキは宇宙服頭部の機械を外して壁の出っ張りに掛けると、通信設備から音声が響く。
『”こちらヒノクニ。宇宙船参之丸との交信クリア”』
『こちら宇宙船参ノ丸。小型宇宙船への移行完了しました』
『”こちらヒノクニ。小型宇宙船への移行完了了解。通信問題無し”』
聞きなれない耳に響く音に、ヒイロは違和感を覚えた。正体を探している間にも小型宇宙船はイワツチを移動し始め、景色が緑から緑へと流れていく。
「ヒイロ、体調はどうだ」
星長が少し細めた声で聞いた。外でこう聞く時は、大抵別の用事だ。
「……いつも通りだ。でも何か……、ああ」
正体を見つけたヒイロは、もう一度通信設備を見た。
「宇宙船内部の向こうとこちらで聞いた時には分からなかったが、ツウシン?あれだけで音を聞くのは、少し苦手だ。何か……聞こえ辛い。多分、いつも通りには聞こえない」
心の臓までは聞こえない。そういう意味だった。星長も理解したようで、何かあったら言いなさいと、その心音と声は少し恐れを含んでいた。
『?、ヒイロ様、大丈夫ですか?』
『……大丈夫だ。落ち着かないだけで』
クスノキやモクレンがこちらを見ている事に気が付き、ヒイロは首を振る。モクレンは手を組み、声に合う柔らかい笑みを見せた。
『イワツチの方は温和で友好的な方が多いので、大丈夫ですよ。今日が歴史的な日とはいえ、実際に飛び立たれるのは族長様と宮司様方だけですし……いえしかし、フタヤマの惑星に付いてからは遮断されますが、惑星に向かう間は通信を繋ぐのです。もし……もしイワツチの神の声でも聴ければどうしましょう……』
『神が喋るのか?』
一人突然慌て始めたモクレンは我を取り戻し、息を吐いた。
『いえ、未だかつて、神の声を聞いたという話はありませんが……やはり神を信じる者として、今日の祭りに胸が躍るのです。取り乱してしまいました……』
『僕も楽しみです!神様の声が聞こえたら……あっ、ヒイロ様の耳なら聞こえたりしますか?』
期待のこもった二人分の視線に、ヒイロは顔を引いた。
『さすがに、聞こえないんじゃないか。言葉も分からないし』
『あ、じゃあ、イワツチの……それ以外の言葉も、交流している惑星のものなら分かりますので、もし聞こえたら教えてくださいね!』
『クスノキ、イワツチ以外の言葉も分かるのか?』
モクレンも頷きながら、凄いでしょうと笑う。
『国長とは神職や大使を取りまとめ、ヒノクニ全体を統括する仕事なのです。ですので国長様が神や他の惑星に詳しいのは当たり前なのですが……それにしてもクスノキ様は一段と覚えが速いんです。言語だけでなく、神や惑星の違いについても』
ふふう、と少し自慢げに、クスノキは笑う。
『父様も、今までの国長様も……他の惑星を、神様を知る事で、ヒノクニを豊かにしてきました。豊かになれば人が増えて、祈りも増えて、皆で神様を信じれば、また神様は奇跡を見せてくださいます。そしたら、もっとヒノクニは良くなります。今までの国長様みたいに、僕もヒノクニをもっと良い形に出来るよう、頑張りたいんです』
ヒイロは昨晩の、隣の部屋から聞こえた話を思い出した。自分の知る星長の子は確かに惑星をより良くしようとしていて、目の前の国長の子もまた、惑星をより良くしようとしている。そしてまた、それを認められていた。
『……すごいな』
クスノキに聞こえただろうか、聞こえなかっただろうか。小さな声の反応をヒイロが確認するより前に、ミズキが全員に声を掛けた。
改めて、会合の流れ、まずイワツチの族長と宮司がこの小型宇宙船に来れば、長達の交流が始まる。今回は挨拶程度で、それが終わればイワツチの歴史に残ると言われる祭りが、族長らが神の惑星に飛び立つのだと。操縦士がミズキを呼べば、彼は頷く。
『族長様との連絡が付きました。私は迎えに上がりますので、あとはよろしくお願いいたします』
外に出たミズキの足音は異様だった。ヒイロが窓の外を見れば、彼は茶色の、湖とも土とも違う柔らかいものを踏みしめて前に進んでいるのだ。と、彼の向こう。太い幹から覗くこの惑星の種の顔が見え、ヒイロは目を丸くした。
『……緑だ……』
『え?……あ、オオガマの方達ですね!あちらの……右の方が族長様かと』
『……全身緑なのか……?』
一匹、また一匹と増えていくオオガマ達は宇宙服の人間を慣れた様子で受け入れ、少しの会話を挟んでいる。背、というより手も足も全てが長く、丸まった背は彼らの隠れる木々によく似ていた。肌も髪も薄緑で、大きな目だけは黒い。草を編んだのだろう緑色の長い布地を、手足のように地面に垂らして纏っていた。
(……、鼓動が遅い……。人間は烏天狗に近かったが、オオガマは違うのか……?祭りの前に興奮してこれなら、大分遅いぞ……)
『木の上で過ごす間は緑色で、沼地で過ごす間は茶色だそうですよ』
『色が変わるのか……』
言って、ヒイロは首を傾げる。ヌマチ?と。「イワツチの足元が大体そうですよ。土が混ざってどろどろした、小さな川みたいなものですね!」とクスノキが返し、沼地を指差す。
『木の上に住むオオガマが多いらしくて……』
そう言いながら上の方を指差す。少年烏の視線が上の方に続く途中、幹の傍を飛び回る虫を見つける。大きさは腕ほどだろうか、体の大半は羽で、残りは掌を折りたたんだような口を閉じている。ふわふわと浮いて草の上を行き交っては、十はある長い触覚を擦り付けていた。
『あ、あの虫は神虫って言うんです!イワツチでは特に大事な虫なんですよ!』
『シンチュウ……あれか。イワツチが大事にしているとか……。あれは、襲ってこないのか』
『襲いませんよ!むしろ神虫のお陰でこの惑星が成り立っているんですから』
虫に良い想像が出来ないヒイロは首を捻った。ふふ、とクスノキが説明しようとした時、ピー、と機械音が響いた。同時に硝子の向こうの部屋、そこに通じる唯一の扉が開き、ミズキ、そして族長と宮司が姿を現した。
(……やっぱり緑色、……もう一羽は茶色だ……)
ヒイロは見慣れない種族を思わずまじまじと見つめる。それはオオガマも同じようで、初めて見る烏天狗達に、黒い大きな目を丸くしていた。
オオガマの族長、宮司は近くで見ればより一層背が高い。というより体そのものが大きく、人間や烏天狗をそのまま扉の頭まで大きくしたほどあり、やたら滑りのある長い胴を丸め、ひょろりとした腕を垂らしている。緑色の草で編まれた服は前が大きく開いているが、裾も袖も引きずるほど長い。その為か服の半分は泥で汚れて、彼らが歩いた後は茶色の道を引き連れていた。前に立つオオガマ、族長は首に黄色い鉱石で出来た首飾りを着けており、彼が頭を下げると一緒に大きく揺れた。
二匹のお辞儀に合わせ、ヒイロやクスノキ達も頭を下げる。会話を始めたのは国長だ、
『この度はこの素晴らしい祭りに招待いただき、誠にありがとうございます』
『いえ。お礼を申し上げなければならないのはボク達の方です。ヒノクニの助力無くして、この祭りが開くことはありませんでしたから』
族長は深々と頭を下げると、星長と顔を合わせる。
『初めまして。イワツチの族長、アカツチと申します。この度は招待した身で大したもてなしも出来ず申し訳ない』
硝子越し、声は機械に乗せているのか、少しぼやけている。
『ヤマクイの星長、セイランと申します。大した、など……我々ヤマクイは、つい数日前ようやく自分の惑星を出たばかりなのです。その身で、イワツチの歴史に残る祭りに招待いただけるなど、この上ない幸運です。もう既に、この惑星に来られたことを嬉しく思っています』
『ボク達としても、この歴史を沢山の種の方に見ていただけるのでしたら、これほど嬉しい事もないでしょう。……聞いた話によると、ヤマクイの方々には神がいない、と』
ええ。と頷けば、自分から口にした事ながら、族長も宮司も目を丸くして驚いた。
『神という呼び名でないと……?ボク達も、ヒノクニとの交流が始まってから、彼のの惑星を神と呼ぶようになったのですが……』
『いえ、その……ヒノクニの方々と話したところ、神という……惑星に住まうものには無しえない力を持った存在、といいましょうか。そういったものが、無くてですね』
二匹は本当に?神を?とだいぶ混乱しているようだった。
『では、神の子、というのは』
ヒイロはびく、と翼を少し動かした。
『神の子というのは、神通力……特異な力を持った烏天狗の子を指しまして、信じる……祈る、そういった事は無く。こちらがその、ヤマクイの今の神の子なのです』
星長が視線を寄こせば、自然と全員がヒイロを見た。あまりの居心地の悪さにヒイロは軽く頭を下げ、そのまま目を瞑る。かえって耳に集中してしまうと、ヒイロは外の音に思わず目を見開いた。
心の臓を聞かれているなど知らない族長達は、分厚い硝子程度ではかき消せるはずもなく、神がいない、しかし神の子という者がいる事に、次の言葉を語りだして尚落ち着きを取り戻していないようだった。
『是非、この祭りが終わった後にでも……いえ、ヤマクイもお忙しいところなのですよね、もう通信は出来るのでしょうか。また日を改めて、色々お話したいところです』
『はい。天候柄、通信出来る時間に限りがありますが……改めてイワツチとの交流を楽しみに、今はこの祭りを見届けさせていただきたいと思っています』
三様の挨拶が終われば、ではこれより、とまた、今度は躍るように慌てた足取りで二匹と一人は宇宙船を後にした。扉が閉まり切れば、ヒイロはゆっくりと窓の外を見た。
茶色、茶色、茶、緑、緑、茶、緑。この二つの色で出来た惑星が、今窓の外ではオオガマの色によって出来ていた。音を聞くだけでも千は軽く超えているだろう、オオガマ達が、宇宙船の、その横。もう一台用意されていた特別な宇宙船の周りに集まっていた。
国長、星長達も窓際へ近寄る。外では操縦士二人が準備を、一人は宇宙船の中へ、もう一人は族長に掌ほどの機械を渡す。
キィィ、と嫌な音が鳴り響く。刀を変に削った音に似たそれに烏天狗達が顔を歪める中、族長の声が機械を通して惑星に響いた。
「――――、――――――。――――……」
喉を鳴らすような、連続した抑揚の強い音の連続。それが声で、イワツチの言葉だと分かるのに少し時間が掛かり、国長が言葉を訳し始めた。
『”イワツチの民よ、ボク達はこれより、フタヤマの神の惑星に向かう。これまで長い時を、長い我慢を、多くの犠牲を強いてきたことだろう。族長として不甲斐ないとしか言えなかった。……神の惑星に向かう事も、他の惑星の手助けによって向かう事を飲み込めない民もいるだろう”』
族長は首を振った。
『”全てはボクの責任だ。六十年より前、イワツチでは神の奇跡が見えなくなり始めた。そしてボクが族長に就いた四十八年前より、とうとう小さな奇跡すら見えなくなった。隕石により住む場所を失った者も、木々や神虫が居場所を失い、食べ物に困った者も増えただろう。だからこそ、ボクは全ての責任を背負い、変えなければならないと思った”』
一度、間が開く。大勢が息を呑み込み、族長のその言葉を待つ。
『”今日ボクは、フタヤマの神の元へ向かい、直接この祈りを捧げてくる。必ずや、イワツチに再び奇跡を!”』
声が響いた。高まった鼓動が千も重なり、それは声となるのではなく、一つの大きな沈黙と成った。
(……?!)
驚いているのはヒイロと、星長だけだった。その場の誰もが、惑星全体が沈黙し、片手を胸に膝を付き、空の一点を見上げるオオガマの祈りに満たされる。
何秒だろうか、何十秒だろうか。高まった鼓動だけが響く、それは神の子にのみ聞こえた世界で、大雨でも降っているかのようにさえ感じられた。それは神の子に故郷を思い出させ、居心地の良ささえ与えていた。
(……これが、祈り……)
眺めるように、流れるようにオオガマの頭から頭へと目を移す。一匹として瞬き一つせず、この場にいもしない、遥か先の宇宙にいるかも分からない存在に惑星を鳴らしているのだ。
烏天狗達は初めて、他種にとっての神という存在の大きさの片鱗を味わった。
(……神様を、信じているのか……)
特別な宇宙船が飛び立ち始めれば、小型宇宙船に族長補佐を呼び、通信が始まった。
『通信、問題ありません。宇宙上でのオオガマ専用の宇宙服も問題ありませんか』
『”……、……。はい。呼吸、気温気圧、異常はありません”』
操縦士の呼びかけに、通信越しにミズキが返事をすると、残っていた国長やモクレン、外交、操縦士二人、族長補佐はやっと安堵の息を吐いた。
『”これより我々は、フタヤマの惑星に向かいます。設定上時速が……、”』
神の惑星に行くには人数が限られ、宇宙船の操縦士は一人。訪れた事の無い、事前調査も出来ていない、他惑星の神の地だ。操縦に集中出来るようにと、報告は全てミズキが答えている。
外では未だ、飛び立った宇宙船を見つけようと興奮冷めぬ様子で空を見上げるオオガマばかりだ。これから一時間後、フタヤマの惑星に向かうオオガマ用に作られた宇宙船は、神の惑星に辿り着くだろう。最近ようやくオオガマ用の宇宙服が完成し、さらにはフタヤマの惑星を纏っている霧が一年で一番薄い時期になるのだそうで、奇跡を待ちきれないオオガマにとってはこの時しか無く、ヤマクイの雲が薄くなる時期と重なってこれだけ急な予定になったのだと、クスノキは説明した。
『フタヤマの惑星は霧に包まれていて、海になっていないのが異常なほど濃度が高いらしいんです。それで地表面も観測し辛いとか……多分イワツチに降る雨とは違うんでしょうね』
『キリ?ウミ?』
『あっ、霧は、薄い雲のことですね。海はー……ヤマクイにも川がありましたよね?あれのもっと大きいものです!』
フタヤマの惑星に向かう間、通信を繋げ度々現状確認を、何かある度、惑星が近付く度に一喜一憂している大人達とは異なり、少年烏は少年から、ようやく落ち着いた話を聞けるようになっていた。
『そうだ、神虫の話が途中でしたよね!イワツチでも植物を食べたり、水を保つ木々が沼地を作ったり、その木に住んだりと……とにかく植物は、イワツチで一番大事なものなんです。そして、その植物を育むのが神虫なんです』
『虫が?』
『はい!木々を育んでくれる虫を神虫と呼ぶんですけれど……それ以外は逆に植物を食べたり、病気とか、毒を運ぶそうなんです。そんな虫を食べたり、植物の種を惑星中に運んでくれるんです。神虫がいなくなってしまえば、イワツチからは徐々に木々が減ってしまうんです。……奇跡が起きなくなって、イワツチでは隕石……宇宙から落ちてくる大きな岩の被害や、虫の被害が増え始めたと聞いています。だから族長様達も、この祭りを決められたんでしょう』
さっきそれらしき事を言っていたな、とヒイロは独り言ちた。通信の向こうでは族長と宮司が、神の惑星がもう目の前だと、涙声で話している。
無事帰還後は三種の長が集まった会食を開くのだと、その前に民にフタヤマの惑星と神について語るのに、どれほどの時間を要するだろうか、一度国長達は帰還した方が?と、皆嬉しそうな緊張の音で過ごしていた。
『”もう、もう目の前に……!神のいる地が……!”』
『”もう間もなく、フタヤマの惑星の大気圏内に突入します”』
『確認しました。こちらからも現在の宇宙船の異常は問題ありません。……最終確認です。フタヤマの惑星の地への直接着陸は禁止。大気圏内突入後、惑星状況と宇宙船、個々の体調を把握。これ以降通信は遮断します。宇宙服基準地内である場合のみ第二ゲートを開放し、族長様、宮司様の祈りを見届け、大気圏外に移動後、通信を再開します』
『”……、……。……確認、了解しました。……これより、大気圏内に突入します”』
通信越しですら聞こえる、宇宙船を揺らす音だけが届き始めた。一気に緊張が走り、次の声が届くまで、変わりようもない、音の波だけを乗せた通信画面を見つめる。
『”……、……白い……”』
『え?』
『”……あ!も、申し訳ありません!無事……無事、フタヤマの惑星、大気圏内に入りました!”』
わっ、と宇宙船内が、まるで自分達が神の地に着いたかのように声を上げた。感慨の無い烏天狗達も、一つ前の緊張のせいか、安心して息を吐く。
『”……、……、宇宙船内、全員体調異常、気温気圧変化はありません!”』
『確認出来ました、では、』
『”はい!惑星状況を確認しつつ、地上付近までの下降を始めます!既に下りつつありますが……、操縦士より、まだ計測途中だと。では、”』
通信はここまでだと、まだ聞いていたいと族長補佐が、国長達も惜しい気持ちで、では。と切り出した時。ミズキの後ろから声が聞こえていた。族長と宮司の感動の声だろうと、イワツチでは通信を切ろうと、ボタンに指を伸ばした。
”一瞬、今”
”何か外に、”
『……神が、神がおられたのですか……?』
思わず声を漏らしたのは、モクレンだ。
通信の向こうでは、小さな声が、操縦士、扉、そんないくつかの声だけが聞こえ、イワツチへと背を向けているのだろう、声が遠くになっていく。
通信を切るはずの指が思わず止まり、堪らず族長補佐が声を上げた。
『族長様!神が……、神がおられたのですか、』
次に届いたのは、何かが割れた音だ。
『!?』
『ミズ、ミズキ様!今そち、』
『――”あああああ゛あ゛ァ゛あああアあ!!!!!!!”――』
誰が発したのかすら分からない、しかし誰もが分かる、一つの悲鳴を最後に、神の惑星との通信が途絶えた。
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