第2話 ヒノクニ

【惑星名ヒノクニ / 主種族・人間 / 岩石惑星・半径約2800km・自転周期24時間・公転周期365日・最高気温60度・最低気温40度・大気圧101kPa】




あれほど居心地の悪い時間は無かった。と、ヒイロは心中独り言ちていた。星長達も落ち着く所が無かっただろうが、それがヒイロにとって余計鬱憤の溜まる姿で、また機械から声がするまで三羽は当ても無くゆらゆらと翼を浮かしていたのだ。

『間も無く着陸します。また少し揺れますので、手摺りや棚にお掴まりください』

三羽が手摺に掴まり、不快な感覚を目を瞑ってやり過ごした数分後。宇宙船は最後、大きく揺れたと思うと、次第に音を小さくした。揺れが止まれば、音も完全に無くなる。少年烏達は突然静かになった部屋に落ち着かず、窓の外へ目をやる。と、

「父さん、父さん!凄い、空に雲が無い……!」

マツバは興奮のあまり、手と翼をばたばたと揺らした。言う相手のいないヒイロは手こそ動かさなかったが、マツバと同じ感動を受け翼を震わせていた。

(雲が無い、空が青い……!)

シュウゥ、と扉が開くと、慌てて二羽は扉へ振り返る。

『お疲れ様です。ヒノクニに到着しました。体調に変わりありませんか』

『大丈夫です。少し緊張しましたが』

『烏天狗の方を乗せて宇宙を渡るのは初めてですので、私達も不安で……はは。しかし、無事に着いて良かったです。私達の星は温度がヤマクイの三分の一程度、気圧も半分ほどです。ヤマクイでの雲から数キロ下付近と同じくらいで、こちらも大丈夫だとは聞いておりますが、まずはこちらの部屋をその条件にしてみますので、皆様どうぞ』

ヒイロ達はまた少し狭い部屋に三羽と二人で集まる。扉が閉まれば多少窮屈には感じられるが、ヒイロ達少年烏は先ほどの窓の先の光景が、この扉一枚向こうに広がっているのかと内心胸を高鳴らせていた。

ピ、ピ、カタタ……ピ、機械が操作されると、部屋全体が小さく唸りを上げる。三羽と二人の足は徐々に床に着き、部屋の四方が小さい窓を開けて暖かい風が吹き始めた。数字の書かれた円盤を見ていた大使は頷き、三羽へと振り返る。

『今この部屋の状態が、ヒノクニの平均的な状態になります。恐らくボンベを外しても呼吸出来ると思います』

頷き、星長は顔からボンベを外した。大きく息を吸い、ふっと笑うが、星長もだいぶ緊張しているのだと、ヒイロは黙って目の前の黒い翼を見つめる。

『ええ。問題無さそうです。気温や空気も』

「お前達も外していいだろう」、そう言われ少年烏達はボンベを外す。慣れない口元が解放され一息吐けると、肩が下りた。

『では』

ピ、そう最後に鳴ると、扉が音も無く開き出す。一気に眩しくなる視界に烏天狗達は目を閉じ、恐る恐る瞼を開いた先、眩しさを忘れたように目を見開いた。

視界の半分は青い空で出来ていた。もう半分は茶色の地面、どこにも川は流れておらず、代わりに白い建物が遠く空の下を埋めている。そこからは長い棒、煙突がいくつも飛び出て煙を吐いていたが、あれが雲を作るのだろうかと、ヒイロは青い空に立ち昇る白い空気を見てそう思った。

『足元に気を付けてください』

大使の声で、烏天狗達はハッとして人間達へと顔を向けた。宇宙船を出ると、いよいよ広い空が三羽を歓迎する。遠くまで見通せる目を持ったように先まで見える風景を何度も見渡し、ヒイロは自分の心の臓が高鳴る音で耳を満たす。

(凄い、凄い、広い……!壁が無い、色が沢山ある、雨が降ってない……!)

平に均された地面は宇宙船の床より硬く、烏天狗の爪も立て辛い。宇宙船から降りた三羽が歩く度、爪が鳴る。二台の宇宙船の周りは本当に何も無かった。遠くに低い壁が、宇宙船の周りをぐるりと囲んでいるだけで、そこにようやく車が走って来た。三羽は翼を広げる、ヒイロは刀を掴むほどだ。

「何あれ、ヒノクニの鉄蟻?!」

マツバが高い声で鳴くと、驚いたのだと分かった大使が慌てて説明する。

『あれは車です。敵ではありません。私達は飛べないので、ああして地面を走る機械に乗って移動するのです』

『……クルマ、……ああ、あれが。申し訳ない、ヤマクイの鉄蟻のようなものかと……』

『私達も配慮が足りず申し訳ありません。せめて、もう少しゆっくり近づいてもらうべきでした』

車が近くに来て止まる。宇宙船を横に倒したように大きく、タイヤはヒイロの半分ほどの背丈があった。大使が運転手に声を掛けると車の扉が自動で開かれ、大使が三羽を中へと案内した。

『国長の屋敷までこの車で向かいます』

大きな扉の向こうには柔らかい絨毯が敷かれており、星長でも立ったまま乗れるほど広い。椅子や机や棚が並び、まるで家のようで、星長は記憶違いに首を捻る。

『中身は巣穴……家のようなのですね。人間はクルマで生活をするのでしたか』

『え、ははは、いえ。家は別にありますよ。車は本来、移動用の機械です。車で長距離を移動するのは少し疲れる事もありますので、途中休んだり出来るよう、こういった中身になっているだけですよ。この車は烏天狗の皆様が乗れるよう、一番大きな物を用意しました』

どうぞお好きにお過ごしください、そう言われた星長達はこれからについて話を始め、ヒイロは宇宙船で過ごした時と同じように、窓の外へ目をやる。飛んでいないのに動く風景を不思議に思いながら、何度見ても広い空と、少しずつ姿を見せてくる白い町並みに目を奪われていた。

(……、あ)

遠くの建物で人間が話していた。機械を着ていない、代わりに薄く白い布地を身に纏った男性が二人。翼が無い姿を異様だなと見つめていると、大きな車は珍しいのだろう、男達は気が付いてヒイロ達の乗る車を指差している。

『――あ、あれ――いか?』

『――!そうだろ、――今日だって――』

聞き慣れない機械音が耳を塞ぐが、話し声はどうしてもヒイロの耳に届き、ヒイロは自分がここにいる意味を思い出す。視線を下ろし、少しだけ翼を縮めた。

『国長の屋敷に着いた後、宇宙服を脱ぐ為少しだけ席を外しますが、その間もう一人の大使が案内しますので、お気になさらずに。国長と会合される際は私が同席しますので、分からない事があればお聞きください』

『ありがとうございます』

『国長も少しですがヤマクイの言葉を喋る事が出来ますので、不便であればそちらで話していただければ、私が通訳します』

『……、いえ、有り難いお話ですが、私達は学ばせて頂く身です。出来る限りこの星に沿って過ごそうかと』

車はやがて、人間が多く出歩く町中を走り出す。窓の外は青い空と遠くの茶色い山、白い建物に変わり、いくつも付いた窓から身を乗り出して車を見る人までいた。近くで見えた人間は烏天狗から羽を捥いだほどの大きさで、白い布地の下、捥がれつくした腕や足は煤色に焼けている。髪も地面に似た濃い茶色をしており、烏天狗に似付くようで似付かない生き物の群れの中、烏天狗達は内心穏やかではなかった。

辺り、どこもかしこも建物は白いが、真四角かったり三角や丸い屋根の家と形は様々で、だが皆揃いの真っすぐな煙突を空に伸ばしている。ヒイロは晴れた風景に思わず苔を探してしまったが、ヒノクニの地面の上、緑色はどこにもなかった。

(これだけ晴れているのに)

車が音を鳴らしながら止まる。ブォオオオ、と宇宙船に比べると小さな音を一度吐き切ると、ただの静かな家になった。大使がスイッチを押して扉を開けると、数十歩歩いた先、町中で見た限り一番大きな建物が烏天狗を待っていた。均した地面には白い石が道代わりに並び、大きな三角屋根の屋敷へと案内している。他の家五つ分はあるように五つの三角屋根が空へ飛びだし、真ん中から煙突が、これもまた大きな物が伸びていた。

『どうぞ』

大使一人が車に残ると、私が案内します。そう言い頭を下げた別の大使が、短い道のり、三羽を家まで案内する。石畳を歩き大きな扉の前に立てば、大使の押したボタンから高く軽い音が響く。扉の脇には人間が四人背筋を伸ばして立ち、彼らの緊張と驚きを隠せない動悸を聞きながら、ヒイロ達は扉をくぐった。

人間の家は烏天狗の巣穴より大きく、四角かった。短い廊下の壁も床も天井も綺麗に均されていて、天井に埋め込まれた丸い明かりが等間隔に並び、白い部屋を一層光らせている。床に伸びた絨毯も置物もそれを飾る棚も全て白く、真黒な烏天狗は随分浮いて見えるだろうか。爪を鳴らして三羽が廊下奥の扉まで辿り着くと、使用人が左右から扉を開く。

『ようこそいらっしゃいました』

廊下より高い天井の下、烏天狗から見て星長より少し若そうな人間が立っていた。煤色の肌に焦げ色の髪と目は他の人間と変わりなく、肩から足首まで伸びた白い布の服、近くで見ると縁に刺繍が施されているもので、腰で結わえた暗い紐も、周りの人間と似た雰囲気だ。大きく違うのは大きな白い鉱石で留めた肩掛けを羽織っているくらいで、国長は短く刈った頭を下げて烏天狗達を歓迎した。

『遠路遥々お越しいただき、誠に感謝します。ヒノクニの国長、イチョウと申します』

『ヤマクイの星長、セイランと申します。この度は宇宙船や車など何から何まで用意していただき、何とお礼を申していいものやら』

長同士が握手を交わし、国長がどうぞこちらへ、と部屋の中心の机へ三羽を招いた。三羽が席に着く直前にノックが、それから扉が開き、髪を肩の横で束ねた青年が入って来る。

『失礼します。時間が掛かり申し訳ありません』

始めて見る顔、そして先ほどまで聞いていた声に、星長とマツバは目をパチパチと、それから納得して思わず笑顔を作った。

『大使殿でしたか、申し訳ない、今まで宇宙服を脱いだ姿を見たことが無く』

『はは、こちらこそ、驚かせてしまい申し訳ない。……改めまして、ヒノクニの大使、ミズキと申します』

大使が車に残った後、着替えやら次の車の手配やらを終わらせ走って来る音を聞いていたヒイロは、国長に並んで座った人間の姿を見て、(本当に機械の下に顔があったんだな)と静かに驚いていた。宇宙服を脱いだミズキは、羽が無い分小さくも見えたが、横に座る国長と比べると大きく、硝子越しでない笑顔に星長も安心して笑顔を返す。

国長は、こちらの大使はヒノクニの外交の中で最高位の中の一人だと、ヒノクニが次に向かう惑星との外交も担当している、非常に優秀な大使だ、そう誇らしげに大使を褒める。

『私共も、彼に大変良くしていただきました。大使……ミズキ殿の説明は分かりやすく親切で、彼が訪れた七度の来訪で言葉や惑星の知識が多いに増えました。……そして、我が惑星が生き延びる為には、外を知る事が不可欠だということも』

国長は頷く。

『惑星が生きる為に外を知らねばならないのは、我がヒノクニも、同じなのです』

『……?と、言うと』

『ヒノクニには、機械の原料となる鉱物や、地下資源などが多く存在しています。それ故に他惑星と交流が出来るまでに技術を進歩させられたとも言えます。私達が訪れたいくつもの惑星に同じような資源や技術はありませんでした。……そして、他の惑星に豊富にある資源や技術が、我々の惑星には無いのです』

『無い?宇宙を渡る事の出来る惑星にも、無いものがあると?』

『はい。次の交流にとお話している惑星”イワツチ”は、どの惑星より植物資源に、そして医療方面に優れています。イワツチの知識に救われた人間も少なくありません。他の惑星ではヒノクニに無い種の鉱石や武器製造の技術、他惑星の土壌再生の望める資源、新動力となりえる資源が豊富に湧き出る惑星など……。そしてそこに生きる人々もまた、我々の知らぬ知識で日々生きているのです。私達は私達の技術を生かし、交流し、交流を橋渡ししてきました』

静かに、熱心に語る国長に嘘の音は無く、ヒイロも星長達同様、一つどころでない惑星の話を受け入れるのには時間が掛かった。一つ、二つと間を開け、星長は問う。

『……ここまで来て、と思われましょう。しかし問わせていただきたい。他惑星との交流が、ヒノクニをより良くしている事は分かりました。ならばいっそうの事、我がヤマクイが対等に渡せるものがあるとは思えないのが、私の、ヤマクイの現状です。しかし一度この話を通して尚、国長殿は交流が大事だと答えられた。なぜそこまで他惑星との交流を望んでいるのしょう』

互いの惑星の現状は一通り伝わっている。少なくとも日々を脅かす危険生物や将来の食べ物の不安といったものは、見たところも聞いたところも、ヒノクニからは感じ取れなかった。

すると国長は少し笑うのだ。

『ヤマクイの鉱物や知識が、ヒノクニや他惑星に必要の無いなんてことは全くもってありません。しかし……そうですね。交流して頂きたいと申し出たのは私共です。理由までお話してこそ、申し出る権利を頂けるというものでしょう』

国長はミズキを見ると、彼もまた頷き、用意していたいくつかの機械を机の上に並べた。ボタンを押せば、四角い機械の上部から青い光が飛び出し、文章が宙に並んで留まる。小さく、ヒノクニって文字も浮くんだ……とマツバが呟いた。

文字と写真が並ぶ、それはヒノクニの歴史だった。

『まずは、我が惑星の歴史からお話せねばなりません。二百年に及ぶ交流の中、文化と言語の違いからあまり詳しくお話出来ずにいましたが……、』


『烏天狗は、神の存在を信じますか』


文字が微かに揺れた。

烏天狗達は、聞き馴染みのある、聞いた事のない言葉に、返事を出来ずにいた。神の子という存在はあれど、それは特別な力を持つ子を指す言葉だ。実際にいる存在を指しているのに、信じるも信じないも無いだろう。

国長は言葉を続ける。

『ヒノクニにとって神とは、私達人間……いえ、惑星に住む全ての生き物とは別の存在。ヒノクニだけでない、あらゆる惑星を作り上げ、そして見守ってくださる天上の存在なのです』



この惑星にヒノクニという名前が付けられるよりずっと昔。一つの大きな隕石が落ちた。

惑星は揺れ、環境は変わり、それまでに比べ焼けるような暑さが続いた。

元々極端に雨の少ない惑星、熱は高まり、あっという間に人々の死が続く。

その時人々が見つけたのが、暗い宇宙の隅に光る小さな星だ。その頃星がどういうものかも分からなかった人々は、あれを特別なものだと信じ、”神様”と呼んで祈った。

すると見る見る内に雲が集まり、命を繋ぐ雨を降らし、この星を救ったという。



『雨だけではありません。疫病が流行った時も、星の食糧である穀土が枯渇した時も、神は祈る我々を救ってくださったのです。……それからヒノクニでは神を、そして宇宙の研究を一番に続け、今では神と信じた星がどこにあるのか、どういう場所なのか……訪れる事さえ出来ました。……そして、神は居たのです』

神が?、そう疑いを含んだ星長達だったが、ヒイロは一度も爪を、不信な音への合図を鳴らさなかった。だが実際、ヒイロも半信半疑だった。今話している人間達だけでなく、今ここを見守る人間誰か一人でも心の臓を怪しく揺らせば、すぐにでも溜息を吐きそうなほどだ。

『過酷な環境の惑星だった為滞在は難しく、ほとんどは確認出来ていません。が、真白な大蛇の尾を見たと、記録に残っているのです。そしてその後、一度だけ、一枚だけ撮れた衛星の写真にも残っています』

ミズキが機械を操作すると、宙に浮く歴史は一つの画像に切り替わった。そこにあるのは、蛇という生き物に縁の無い烏天狗から見ても、白く長い尾に違いなかった。

『これ以来ヒノクニではヘビの神をスワの神と、惑星をアマテラスと呼び信仰しています。アマテラスは神のいる場所として、決められた神職と国長が祈りに訪れる以外での接近を禁じています。その為これ以上の資料は無いのですが……』

国長は力強く、揺れる事無く頷く。

『私達は、神を信じています』

烏天狗達は顔を見合わせた。神という存在をすぐに飲み込むのは難しく、信じ難い事実だ。だが烏天狗達の信じる神の子が爪一つ鳴らさないとなると、飲み込めずとも、受けれいる他無かった。

『……それで、貴方方の信じる神と、ヤマクイとの交流に、どのような関係が』

『先ほど申し上げた通り、我が国では神、そして神の惑星に辿り着く為の宇宙の研究を一番に続けてきました。幸い惑星にある資源と技術で辿り着く事は出来ましたが、それまでに何十、何百、何千と失敗を重ね、一度辿り着いて尚、その一度はヒノクニに帰り着く事さえままなりませんでした』

まるで自分の事のように嘆く姿が、しかし、と繋げた言葉で顔を上げる。

『神の惑星に辿り着いた技術を元に他惑星に辿り着き、そこで私達の知識は広がったのです!ヒノクニに無いものを取り入れ、有るものはより良く、そうする事で、今では安全に神の惑星に辿り着く事すら可能になったのです!例え神や宇宙船と関係のないように見える知識でさえ、ヒノクニを豊かにしてくれました!惑星が豊かになれば人は増え、神を信じる者は増える。大きな祈りを捧げれば、神はまた我々に奇跡を授けてくださる……これこそ、我々が他惑星との交流を広げた理由なのです』

立ち上がらんばかりの勢いだった国長は一つ息を吐き、姿勢を正した。

『我々ヒノクニにとって、新たな交流こそが、惑星をより良くする為のものなのです。……事実、引き換えに我々の知識も差し出す事で、他惑星もまた豊かになっており、それもまた嬉しい事です。ですので、改めてお願い申し上げたい』

国長は手を重ね、真っすぐに星長を見た。

『ヒノクニとヤマクイが、より良い形になればと望んでいます』

星長は国長を見返した。一つの惑星の長として、視線を外すような返しはしない。ここに来るまでに一度だって神の子の爪は鳴らず、国長の言葉はどこまでも真実だった。

『……是非、共に翔けましょう』

人間と烏天狗の握手が交わされる。それは最初の挨拶より遥かに重たい意味を持っていた。感極まった大使が拍手を送れば、続いて回りにいた人間も、合わせてマツバも一人と一羽に拍手を送った。



全ての手が下りれば、白い部屋を満たしていた緊張感は一気に軽いものとなった。

今後の鉱石や機械の輸出入予定、量、今後の研究や対応するのに必要な人員と烏の話をまとめると、近しい話を始めた。

『星長殿、明後日の……イワツチ訪問の予定なのですが、星長殿の到着直前に準備が整いまして、イワツチの族長殿からも、是非お越しいただきたいと』

『それは有難い。ヒノクニだけでなく、他の惑星と交流出来るとは』

『族長殿も喜んでいました。イワツチの歴史に残る日となりますから、来賓は是非にと。もちろん訪問出来るのはイワツチまでですが……とても名誉な事です。ヒノクニ代表として、私も嬉しく思います』

国長、そして大使や周りの人間までもが嬉しそうに微笑む。

『また明日にでも、イワツチについて……何より、イワツチの神についてお伝えします。……それと、お伝えしていた通り、イワツチはヒノクニが交流出来る惑星の中で一番、一日が長いのです。訪問内容も特殊ですので、最長一週間は掛かるかと』

『元より、その予定で息子に伝えてあります。後で……通信が繋がる時間帯に、通信機をお借りしても?』

『もちろん。後で案内させます』

国長が使用人の一人に言伝をしている間、星長も烏天狗二羽に顔を向ける。

『イワツチの訪問となると、話していた通りだ。マツバは星長代理としてヒノクニに残り、ヒイロは私と共にイワツチに』

『はい』『……』

長くて一週間、そう聞こえたヒイロは内心嫌だという気持ちと声は出さずに頷いた。そんな少年烏を見る国長を見て、ああ、と星長は零した。

『国長殿。我が惑星の神の子にお会いしたいとお聞きしたのですが』

ヒイロは少しだけ、翼を強ばらせた。星長に言われこちらを見る国長と目が合う。驚いているようではなかった。だが他の人間とは違う、どこか渇望した焦げ色の目に、ヒイロは頭を下げるように目を逸らした。彼が、と言う言葉にようやく顔を上げる。

『初めまして。ヒイロ……、です』

『初めまして。貴方が神の子ですか。聞いてはいましたが、若い子なのですね。私の息子と同じくらいに見える。……神の子にも多様な力があるとお聞きしましたが、ヒイロ殿はとても耳が良いと。疑う訳ではないのですが、どういった力なのか是非一度見てみたいと、星長殿に頼んでお越しいただいたのです』

国長の目は変わらず、真っすぐにヒイロを見ていた。他の者も皆、ヒイロを、神の子を興味深く見ている。ヒイロは慣れない雰囲気に居心地悪く口を噤み、耳を澄ました。

『……トウ様、というのは確か、父の事でいいのか』

不思議そうに頷く国長と大使に、目を細めたヒイロは、そのまま瞑ってしまわないよう口早に語る。

『ムス……、息子、と言っていた。そこの、私の正面にある扉の方。少し離れている……クルマの音がしていた近くに聞こえたから、外か。少し前から、父様はいつ戻るのか、自分もいつ烏天狗に会えるだろうかと、さっきこの部屋に案内してくれた大使にしきりに聞いている人間がいる。声の位置が他より低いから、子供だろう。それが息子なのか』

国長と大使は目を見開いた。すぐにヒイロの正面、自分達の後ろにある扉へ振り返り、そこから何一つ漏れていない音に耳を立てる。国長は一人に耳打ちを、『様子を見て来てくれないか』、そう伝え向き直る。急ぎ扉を開けた使用人の先にあるのは長い廊下だ。少しの間沈黙と一人の人間の足音、扉の開閉音を待ち、戻って来た時の仰天した顔に、そこにいた人間達は胸を高鳴らせた。

『車を裏庭に置いて待機させていたのですが、ああ、先ほど案内を任せた大使を、ええと……その、全てその通りです』

また沈黙が、そして一言。『素晴らしい』、国長はそう呟き、綻ばせた顔を烏天狗達へ向けた。

『実に素晴らしい、本当に、これがヤマクイの神の子の力……!聞こえるだけでなく、位置まで分かるとは。ヒノクニでは……いや、他の惑星でも聞いた事がありません!……あ、ああ、取り乱してしまい申し訳ない』

国長は頭を下げ、息を一つ吐く。しかし多少興奮したままの上ずった声は抑えきれていなかった。

『惑星ごとの種の違いはもちろんあります。しかし……その種の中で取り分けて特異な力が持つ子が生まれたという話は、聞いた事が無く……!是非どのような力なのか、どこまで聞こえるのか、もう少し詳しく……、ああ、他の力の形もあったのですよね、是非ヤマクイの歴史共々教えていただきたい……!』

嬉しそうで、楽しそうで、しかし何となく嫌な気持ちがしたヒイロは耳に頼るが、彼からもその周りの人間からも不審な音はしなかった。少なくとも、嘘は無い。

神の子、と呼ばれて惑星を守る以上、ヒイロも過去の神の子については学んでいた。しかし一羽きりで、強いて言えば幼い頃に何度かだけ幼馴染にどう力を使うか相談した程度の塞ぎ込んだ知識を語るのは自信が無い。包み隠さず言えば恥ずかしいのだ。

ヒイロが星長、マツバを見れば、彼らはすでに自分達から離れた話だと、安心してヒイロを見ていた。

『……、耳については私が答えられるが、歴史については星長達の方が詳しい、から……そっちに聞いてくれ』

慣れない事ばかりの少年烏は、疲れたようにそう言った。

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