天才弁護士工藤の謀略

畑中雷造の小説畑

天才弁護士工藤の謀略

粗方弁護士事務所にいる工藤の下に、粗方警察署から依頼の電話が入った。


「ちっ、今日は俺が当番弁護士の日だったか」


 部屋の固定電話を元に戻した工藤は、頭を掻きむしって呟いた。彼は机上の写真立てを倒し、上着をハンガーから取って、部屋を出た。


 工藤は警察署に着くと、軽い手続きを済ませた。少し待たされた後、係の人に連れられ、留置場に案内された。牢の中に入っていたのは、まだ若い痩せた男だった。


「弁護士の工藤だ。あんたは?」


「や、藪中です。冤罪で逮捕されたんです。助けてください」


 工藤は藪中に、今後の取り調べへの対応や、裁判までの流れなど、当番弁護士としてのマニュアル通りにまずは説明した。


「それで? あんたの事件は?」工藤は冤罪と主張する藪中に事件のことを聞いた。


「はい。今日の昼のことだったんですけど――」


 藪中は口早に事件の概要を話し始めた。――彼は今朝から、ピアノの師匠である金田と一緒に、別荘に行っていた。午前中のレッスンが終わり、昼休憩になった時だった。金田が藪中に、昼飯を買ってくるよう頼んだ。家の鍵をかけ、藪中は少し降りたところのスーパーに買出しに出かけた。買い物を終え、藪中が別荘に帰ってきた時、金田はピアノの前の床にうつぶせで倒れていた。藪中は近づいて体を抱き起したが、もう息はなかった。何者かに首を絞められた跡があった。師匠の死に動揺し、当惑した藪中だったが、誰かに殺されたと判断した彼は、警察に通報した。数分後、藪中が泣き崩れていたところに警察が到着した。だが、彼はなぜか現行犯逮捕されてしまった。


「その話が本当なら、たしかに冤罪だな」


「そうですよね!」


「だが、状況的にはお前が一番怪しかったんだろうよ。その別荘のある場所ってのは、山奥なんだろ?」


「はい。周りには何もありませんから、人も立ち寄らないと先生は言っていました。……でも、僕は本当にやってないんですよ!」藪中は牢を両手で強く握りしめた。


「――わかった。まあとにかく、冤罪なら早く動いたほうがいい。情報をくれ。まずは金田についてだ」


「は、はい! お願いします!」


 藪中の師匠――金田は、天才ピアニストだった。幼いころからピアノの神童と呼ばれ、一万年に一人の逸材と呼ばれるほどだった。順風満帆な彼は十六歳という若さで、プロのピアニストとして活動していくことになった。三十歳で結婚し、現在小学四年生になる娘がいる。


 月日が経ち、金田が四十歳になった時、彼は自分の技量を磨くことよりも、後進を育てたい、という思いが強くなっていった。彼はビルの一室を借りて、個人でピアノ教室を始めた。そのピアノ教室は週五で開かれていたのだが、金田は自身がピアノを弾くために休みの日も通っていた。自宅にピアノを置いていないので、わざわざ通っていたのだ。


 ピアニストである彼の家にピアノがないのは、理由があった。娘が生まれた時、金田は奥さんと教育方針について相談した。――優秀なピアニストに育てるか、ピアノにとらわれずに、自分の意志で進む道を決めさせるか。数日かけて話し合った結果、娘には自由にのびのびと育ってほしいという方針になった。家にピアノがあると弾きたくなってしまい、娘にも影響があると思った金田は、自らピアノを自宅から移動させた。


「さすがは一番弟子。なかなか詳しく知っているな」工藤は口角を少し上げて言った。


「いやぁ、まあ、尊敬してましたから。師匠のこと色々知りたくてよく質問してました」


 メモ帳にペンを走らせ、要点を書いてまとめた工藤は、「次は、事件が起きた時の状況を、もっと詳しく教えてくれないか。どんな些細なことでもいい、なるべく省かないで話してくれ」と言った。


 事件当日、金田と藪中は、金田の所有する別荘に行っていた。そこには、世界に数台しかない、金田のお気に入りのグランドピアノがある。藪中が、「こんないいピアノがあるなら、ここに住んじゃえばいいじゃないですか」と金田に言うと、「熱中しすぎて、実生活に戻れなくなるんだよ。だから一年に一回の特別な日にしか来ないんだ」と返された。その一年に一回というのは、決まって、娘の誕生日の前日だった。


 別荘は、周りが藪で囲まれており、車一台がやっと通れる道路の先に建っている。ふもとにはスーパー、郵便局、交番などがある。昼休憩の時に行ったスーパーまでは、往復で三十分ほどかかる。買い物の時間を含めると四十分くらいになる。藪中が買い物を頼まれたのは十一時半で、帰ってきたのは十二時十分くらいだった。


「つまりその四十分の間に金田は殺されたことになる、と」工藤はメモしながら呟いた。


「他には、なにか変わったこととか、気になったことはなかったか」


「気になったこと……」藪中は口元に左手を持っていき、視線を下に向けた。


「あ、そういえば」藪中は目を見開いて言った。「スマホがなかったんですよ」


「スマホ?」


「先生は外出時にはスマホと財布だけしか持たない人で、必ずズボンのポケットに入れて持ち運んでました。あの日もスマホを持っていたはずなんですが、現場からなくなっていたんです」


「ちょっと待て。なんでスマホがないとわかったんだ?」


「あ、いや、僕、先生が殺されたとわかって警察に通報した後、泣きながらも、乱れた先生の服を直してたんですよ。きっと犯人と揉み合ったんだと思います。その時、尻ポケットには財布が入っていたんですけど、前側のポケットには何も入っていなかったんです。それで、スマホがなくなってる、おかしいな、と思ったんです……」


「財布はあるのにスマホは消えていた……?」


 工藤は顎に手をやり、眉間に皺を寄せた。


「ちなみに、財布の中身は盗られてなかったのか?」


「そこまではわからないですけど……」藪中は首を横に振った。


「そうか。まあ、仕方ない」工藤はペンをこめかみに押しつけながら、メモ帳を見つめた。


 しばらく二人の間に長い沈黙が訪れた。工藤は、藪中に「また来る」と言い残して留置場を後にした。牢の中から、「僕の冤罪、絶対に晴らしてくださいね!」という藪中の大声が響いた。


 事務所に戻る途中で、工藤は知り合いの探偵に電話をかけた。


「ちょっときつめの仕事なんだが、急ぎで頼みたいことが――」




 翌日、藪中を現行犯逮捕した警察官の名前と所属の情報を入手した工藤は、別荘のふもとにある交番に行っていた。交番のドアを開けると、奥から警察官が出てきた。


「どうなさいました?」


「私、粗方弁護士事務所の工藤と申します。今、昨日の金田ピアニスト殺人事件の被疑者の弁護人をやっておりまして。それで、ちょっと事件についてお聞きしたいことがあるんですが」工藤は名刺を手渡した。


 警察官は、ああ、と返事をした。「それで、聞きたいこととは?」


「事件当時、被疑者を現行犯で逮捕なさった警察官に話を聞きたいと思っていたんですが。今日はいらっしゃいますか?」


「あ、それなら、私です」


 警察官は工藤を椅子に座らせ、向かい合って席についた。


「単刀直入に聞きますが、なぜ彼が犯人だと思ったのですか?」


「状況証拠ですよ。現場にいたのは彼と被害者だけで、玄関以外は鍵がかかっていて誰も出入り出来ませんでした。念のためにすぐに周囲に検問も張りました。怪しい人物はいませんでした。というより、あの付近には他の家もありませんし、店もふもとにしかありません。わざわざ用も無いのに近くをうろうろしている人なんか、そうそういませんよ」


 警察官はつらつらと逮捕の理由を語った。工藤はメモを取りながら頷き、「それなら外部犯の可能性は低いですね。納得しました。教えていただいてありがとうございました」と言った。


 では、と交番の引き戸をスライドさせた工藤は、戸を閉める前に、「あっ」と発した。警察官は眉を上げて、訝しそうな目線を投げかけた。


「これから事件のあった場所に行きたいのですが、ここの地理には疎くて。おまけに私、方向音痴なもんでして。よければ、連れてってもらえませんか?」


 警察官は少し間を開けてから、いいですよ、と答えた。


 交番の隣に置かれていたミニパトカーに乗った二人は、現場に向かった。助手席から、工藤が話しかけた。


「ここだけの話、ぶっちゃけ田舎の交番って暇そうなイメージあるんですけど、どうなんですか?」


「ははっ。まあ、正直暇、ですね。でも事件があるより、ないほうがいいですからね」


「じゃあ、事件が起きた日なんか、焦ってしまって大変だったんじゃないですか?」


「そうですね、昨日は驚きましたよ。まさかこの地域で殺人事件が起きるなんて」


 二人を乗せたミニパトカーは細道を通り、十分ほどで別荘にたどり着いた。


「ありがとうございました」ドアを開け、工藤は礼を言った。


「いえいえ。ところで、現場を見て、何か調べるんですか?」


「いや、調べるといっても、大したことではないです。ただ、弁護士として依頼を受けたからには、形だけでも動かないといけませんので。それに、真犯人が別にいると仮定すると、殺害直前までこの付近の藪に潜んでいた可能性もありますから。焦って何か証拠を落としていないかな、と思いまして」工藤は苦笑しながら言った。


 警察官も、頑張ってください、と苦笑いで返した。


 


 それから毎日工藤は、藪の中をひたすら一人で探し続けた。毎回、現場に行く前に交番に行き、警察官と少し話をしてから証拠探しをしていた。そんな工藤の下に、依頼していた探偵から電話がかかってきた。


「工藤さん、やつはやっとボロを出しましたよ。決定的な証拠写真もバッチリ撮りました」


「そうか、よくやった」


「被疑者の起訴はまだされてませんよね?」


「ああ、まだだ。検察側も冤罪の可能性を消せねえんだろうよ。藪中がやったっつう確たる証拠がねえからな」


 工藤は探偵に証拠品と写真を持って来させるよう言った。事務所でそれらを受け取った工藤は、お疲れさん、と一声探偵に掛け、急いで金田家に向かった。


 亡くなった金田の妻――菊代――のまぶたは、重たく腫れていた。小学生くらいの娘は、工藤を玄関で一瞬見て、すぐに奥に逃げていった。


「初めまして。弁護士の工藤と申します。今日は、事件の真相を話しに来ました」


「真相って、どういうことですか? あの弟子がやったって警察は言ってましたけど」


「とりあえずこちらを見ていただければ――」


 ――工藤は菊代に今回の事件の真相を話した。持ってきた証拠品と、それを捨てた瞬間の犯人の写真と共に。菊代は顔をしかめながら、前のめりになって話を聞いた。数十分かけて丁寧に事件の真相と真犯人を話し終えると、菊代は納得した。それから工藤は、「ですので、今勾留されているお弟子さんを、早急に解放してあげなければなりません」と説明し、金田家を出た。


 金田家を後にすると、工藤はこの事件を担当している検察官に会いに行った。粗方検察庁を訪れた工藤は、金田ピアニスト殺人事件を担当している、矢部という検事と面会した。


「久しぶりだな、矢部。お前だったか、担当の検事は」


「はい、ご無沙汰してます、工藤さん」二人は顔見知りだった。


「前の事件以来だな」


「そうですね。……それで、今日はどうして?」矢部が聞いた。


「矢部、今回の事件、起訴するのか? 藪中がやったという証拠はあるのか?」


「そうなんですよ。まあ、正直迷っています。弟子の藪中君が犯行に及んだ確実な証拠が出てこないので。今、警察と協力して、なんとか証拠を集めてはいるんですが、難しそうです」


「やっぱりそうか。今回の事件は、殺人とはいえ、目撃者や犯人の残した形跡がほとんどないからな」


「はい」矢部は苦笑した。


「でも、それがあるとしたら?」工藤は歯を見せて言った。「しかも、藪中ではなく、別の人物が犯行に及んだ、という証拠が」


「――え? どういうことですか?」


 工藤はブリーフケースから、証拠品と、写真を取り出して矢部の前の机に並べた。


「こいつが犯人だ。藪中は犯人じゃない。裁判所に掛け合って、もう一度最初からこの事件をやり直してもらってくれ。頼んだぞ」


「この人って、まさか……」




 翌日、晴れて冤罪となった藪中は、釈放された。


「ありがとうございました、工藤さん!」藪中は粗方弁護士事務所の一室、工藤のいる部屋に行った。「もう、このまま裁判にかけられて、有罪になっちゃうんじゃないかって、それしか考えられなかったんですよ。なのに、いきなり釈放だ、って、どういうことなんですか? それに、また来るって言ったくせに一回も来てくれなかったじゃないですか!」


「言いたいことはわかるが、説明する義理は俺にはない」工藤は腕を組んでため息をついた。「結果、俺は冤罪を未然に防いだ。それで十分だろう。あとの疑問点は、次の裁判で聞くんだな。もちろん証言台ではなく、傍聴席でだけどな」




 二週間後、金田ピアニスト殺人事件の裁判が開かれた。検察側は矢部検事が担当した。矢部の隣には、被害者参加人の金田菊代と、被害者参加弁護士として雇われた工藤が座っている。向かいには加害者側の弁護人と、今回の被告人である、慶崎という男が座っていた。冒頭手続きが終わり、証拠調べに移った。


「頼んだぞ」工藤は矢部に言った。


 はい、と返事した矢部は証拠品を提示した。


「これは、亡くなった金田さんのスマートフォンです」


 裁判員、被告人、傍聴席と、全員に見せつけるように矢部はスマホを持ち上げた。だが、なぜそれが証拠として出されたのか、誰もわかっていない顔だった。唯一違う反応を見せたのは、傍聴席の最前列に座っている藪中だけだった。「あ、先生のスマホ……え? なんで?」


 矢部は続けて言った。「事件後、なぜか現場からは、金田さんのスマートフォンが紛失していました。それは一体なぜか。――犯人が持ち去ったからです。なぜなら、スマホに、動画として、殺人の瞬間を録画されてしまったからです」


 矢部の発言に傍聴席がざわめいた。最前列にいる藪中も、驚いた顔をしている。「その動画を、今から再生します」


 矢部は部下にスクリーンを持って来させた。そして、金田のスマートフォンと接続した。裁判官に許可をもらい、部屋全体を暗くしてもらった。


「今から見せる映像が、犯人の決定的証拠です」巨大なスクリーンに映る、動画の再生ボタンが押された。


 腕を伸ばし、スマホの位置を調整している金田がピアノ椅子に座った。画面の下には反射する黒いピアノと鍵盤の一部が、背景には白い壁が映っている。準備が整い、一度咳払いをした金田は言った。「楓奈、誕生日おめでとう。お父さんから十歳になる楓奈へ向けて、これからピアノを演奏したいと思います。では、聞いてください」


 金田の顔が下を向き、両手が鍵盤に置かれた。その時窓をノックするような音が鳴った。彼は右を向いた。訝しそうな顔をした金田は立ち上がり、その方向に向かった。鍵を開ける音と、掃き出し窓をガラガラとスライドさせる音がした。


「誰だ? ……なんだ、悪戯か」彼の声が響いた。だがその直後、


「かはっ、うっ……や、やめろ」苦しげな金田の呻き声がした。人が取っ組み合う足音が鳴り、画面上に一瞬だけ金田と後ろから首を絞める慶崎の姿が映った。二人はもつれ合い、画面下に消えた。唸り声や、人が暴れて床やピアノ椅子にぶつかるような音がした。


 数分後、壁とピアノだけが映っていた画面に、変化が現れた。――立ち上がった殺人鬼の横顔が映った。


「――っ! は? なんで録画されてんだよ!」


 彼はピアノの上のスマホに気づき、慌ててスマホに腕を伸ばした。


 ――そこで動画は終わった。部屋の明かりを点けてもらい、矢部は裁判官の方を見て言った。


「録画されていた理由は、金田さんが動画内でも言っていた通り、娘の誕生日プレゼントとして、自分がピアノを弾いている姿を撮るためでしょう。金田夫婦は、娘に自由に育ってほしいという思いから、娘にピアノを強要しない、と決めていましたが、彼はやはり、娘にピアノを教えたいと思っていた」矢部は手元の工藤が書いたノートを見ながら、「事件の続きですが」と続けた。


「録画されたデータをそのままにしておけない慶崎は、スマホを持ち去り、入ってきた掃き出し窓から外に出て、木の棒か何かで窓を開かないようにしたんでしょう。それからふもとの交番に戻り、藪中君の通報による、本部からの指示を待った。連絡が入った慶崎はパトカーで別荘に向かい、玄関から入った。そして、師匠の死に動揺する藪中君にバレることなく、内側から掃き出し窓の鍵をそっと閉め、藪中君を逮捕した。そうやって外部からの侵入が不可能な密室を作り、『犯人は別荘の鍵を持っている弟子しかあり得ない』という状況を作ったのです」


 傍聴席はざわめき、証言台に立たされている慶崎も悔しげな顔をしている。矢部は続けた。


「ちなみに、この、亡くなった金田氏のスマートフォンは、慶崎の家の近くの、海の中から見つかりました」


 その後、慶崎の弁護人からは、スマートフォンの動画という決定的な証拠を覆す証拠は出てこなかった。


 裁判が終わり、矢部と工藤は裁判所の前で話しながら歩いていた。


「工藤さん、やりましたね」


「ああ」


「でも、事件を聞いてすぐのタイミングで慶崎を疑ったのは、さすがですね」


「まあな。……留置場で藪中から話を聞いたときに、現場にスマホが無いのがひっかかった。あいつの話では、金田はその日、スマホを持っていたからな。そして金田は娘の誕生日の前日にしか別荘に行かないと言っていた。藪中から聞いた他の情報も合わせると、『金田は娘の誕生日プレゼントとして、ピアノを演奏する動画を撮るために別荘に行っていたんじゃないか』という一つの仮定が生まれた。で、さっきも言ったが、スマホが現場からなくなっていると。そこで、警察官が怪しいと目をつけた」


「……いや、すごすぎですよ、最初から見破ってたなんて」矢部は目と口を全開にして言った。


「だが、スマホが重大な証拠だとして、犯人が持ち帰っているなら、すぐに捨てたいはず。だから、俺は藪中と面会した後、急いで知り合いの探偵に連絡した。複数人で監視してくれ、とな」


「はぁ」矢部は尊敬の眼差しを工藤に送っていた。


「事件当日スマホを自宅に持ち帰った犯人の選択肢は、ゴミに出すか、外出してどこかに隠す、くらいだと俺は考えた。もし粉々に壊してトイレに流されたりしたら、証拠を押さえることはできなかったが、やつはそこまで慎重ではなかった。事件後一週間後くらいに、近所の海に投げ捨てた。それを、俺が雇った探偵が見事に回収した」


「いや、お見事です。よく情報収集の面などで検察側が有利といわれる中、工藤さんは誰よりも先に真犯人の証拠を見つけた。さすがです」


「まあ、ある意味では起訴されるまでが勝負だからな、俺達弁護士は。ただ、俺が直接やったことといえば、犯人に接触して、あなたなんか全然疑ってませんよ、という態度を見せて、ちょっと油断させただけなんだが」




 その日の夕方、粗方弁護士事務所に戻ってきた工藤の下に、電話が入った。探偵からだった。


「工藤さん、今回の、『藪を突いて蛇を出す――じゃなく、藪を突いてボロを出させる作戦』、成功おめでとうございます!」


「切るぞ」


「ま、待って! 事件の話をしたいんじゃないんですか……」


「ちっ、めんどくせえな。……お前が言いたいことはわかってる。警察が犯人って珍しいことですよね、とかだろ?」


「その通りです! そこんとこは、工藤さん的にはどう思ってるのかなーって」


「別に。どうでもいいだろ、そんなこと。あいつにはあいつなりの事情があったってことだろ。それに、動機を突き止めるのは俺の仕事じゃねえよ」


 工藤は電話を切り、「藪を突いてボロを出させる作戦、か。いいな」と独り言ちた。それから写真立てを眺め、優しく微笑んだ。


「娘に今度聞かせよう」




おわり

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天才弁護士工藤の謀略 畑中雷造の小説畑 @mimichero

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