16話:訪問 前編

路地裏を脱出したヴィブルは人の寄り付きにくい酒場の裏手に回るとラプームを介抱した。日が暮れるころにはラプームも目を覚まし、ヴィブルに目的地を伝えた。ヴィブルは反対したが、ラプームは聞く様子がなくため息一つヴィブルはラプームの後に続いた。

ラプームが目的地として指したのはルシャールの乙女オスタルが購入した家だった。何故その場所を知っているのかと尋ねると、可愛らしい丸文字が書き連ねられたメモ帳がラプームの手に握られていた。そのメモ帳の中にはオスタルが、アルク=エプで購入した家の住所が記載されていた。

「先ほどルシャールの乙女の一人と争った時にくすねておいたのさ」

争った時だって?ヴィブルは聞き返した。先ほど、ラプームは自分をおいて先に逃げた筈だ。元々そういう計画だったから文句はない。

「実は大鎌を持った少女とやりあったんだ。なかなか化け物じみた技術の持ち主だったぞ」

困惑をあらわにしたヴィブルを見て、ラプームは歩を進めながらここ数か月のことを語り始めるのであった。


 *


歯車が狂いだしたのはあの黒人神父、つまりナイ神父が帰ってから数日後のことだ。当時私ラプームは神父が残していった壁画が気になり、調査を進めていた。その時、神職者であった経験が大きく役に立った。調査は順調に進んでいたが、一つ問題が発生した。それはラプームだけが見て、そしてルシャールの乙女たちを呼び出す原因になった。象形文字の悪魔ルジャウッドが新月の闇に隠れて、神父の残した壁画より姿を現したのだ。

「ヴィブル、君を悪く言うつもりはないがあの時の君はひどく酔って寝ていたよ。私が悪魔に憑りつかれそうになり、必死に助けを求めたのにも関わらずいびきをかいて寝ていたのだから!」

声を荒げたラプームはそれからハッとすると、すまないと小声で謝り話を続けた。

それ以降、私はルジャウッドに憑りつかれ傀儡と成り果てていた。覚えているかヴィブル。私がスムマヌス、夜空と盗賊の王への礼拝を勧めた朝、その時すでに私はかの悪魔に憑りつかれいたのだ。

「あぁそれから盗みも上手くいくようになったんだよな」

ヴィブルはスムマヌスへの礼拝を初めてから、盗みの成功率が上がったこと。加えてアジトにしている路地裏についての不気味なうわさが立ち始めたことを思い出した。言われてみればこれらはすべて、スムマヌスへの礼拝を始めたタイミング、即ちラプームが憑りつかれたタイミングから起き始めたことだ。

「話は整理できたようだな。ちなみにあのナイフも悪魔の代物さ。人をどこまでも残酷に出来る。そう血の生贄を造りやすくする為に」

ラプーム曰くあのダマスカス鋼のナイフには、殺戮衝動を誘発させる力がある。それはかのグレート・オールド・ワンと呼ばれる神々を召喚するために必要な生贄を、信者がまたは無神論者が容易に準備できるように遠い昔、神から人へ送られたアーティファクトであった。

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