15話:路地裏にて

シーヴァを殴り飛ばし路地裏に逃げ帰ったヴィブルは、そのまま隠れ家にしている場所まで足を勧めた。途中何かが這うような音がしたが、それを無視して進んでいく。ラプームはよくこの音を路地裏に潜む怪物の発する音だと言っていた。しかしヴィブルはいつも嘲笑交じりにラプームの背中を叩き、言うのだ馬鹿言えと。それはラプームというより自分に向けた言葉だったのかもしれない。

もっとも路地裏に潜む怪物の噂に恐怖していたのは自分なのかも入れないと、ヴィブルは誰もいない隠れ家に戻ってから自覚していた。ラプームは先に路地裏に入ったため、先に着いていないとおかしい。それに酒場から盗んできた蒸留酒が無いのもおかしい。ヴィブルは違和感を抱きついに腰を上げた。ラプームを探さなくては……


 *


隠れ家を出たヴィブルは比較的日の光が入りやすい路地から重点的に散策していった。時折近づいてきては遠ざかっていく這うような音にも気をつけながら、ヴィブルは必死に相棒の姿を探し続けた。そして見つけた。

ラプームは普段であればあまり寄り付かない、アルク=エプの中でも空き家が目立つエリアにいた。しかし彼は地面に横たわっており、遠目からでは 無事なのか判断がつかない。ヴィブルはゆっくりと嫌な想像を抱いては払いを繰り返し、地面に横たわるラプームの許に歩を進めた。

あと数歩でラプームの安否が確認できるところまで来ると、ヴィブルは違和感に気が付いた。それは路地裏の石壁いっぱいに書かれた象形文字の羅列だった。内容を読み取るこそできないが、ヴィブルにはそれがむしろ幸いなことである様に感じた。それは本能的に危険を避けようとする直観の様なものが働ている様だった。

ヴィブルはさっと象形文字から視線を外し、ラプームの方へ顔を向けようとした。しかしまるで見えない誰かがそれを拒むように、ヴィブルの顔をラプームの方から象形文字の書かれた石壁へと向き直させた。

そしてもう一度象形文字が視界に入った時、男女年齢が異なる数多の声がヴィブルの脳内で響いた。

「いい体格の持ち主だ」

「この身体であればあの小娘を抱けるぞ」

「しかし頭が少し足りなそうね」

「だったら体の一部を憑依させたらどうかなー?」

「なるほど良い考えじゃねえか」

異なる声たちはヴィブルの処遇について話し合っている様だった。ヴィブルは咄嗟に逃げようと足を動かそうとしたが動かない。そのことに驚愕し焦りが顔に出る。すると先ほどまで話し合っていた声たちが一斉に笑い出した。

しかしその笑い声は振り下ろされたダマスカスのナイフによって悲鳴に変わった。

「ラプーム!!」

悲鳴と共に身体が自由になったヴィブルはダマスカスのナイフを片手に、そのナイフで石壁の象形文字を削って消しているラプームを視界に収めた。

「はやくここから逃げるぞ。早く彼女たちの許へ……」

そう言うや否や気絶したラプームを抱え、ヴィブルは全力疾走で路地裏を脱出した。

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