13話:象形文字の悪魔

「やはり貴女が気に入りました。スムマヌスの夜闇の魔術は消させましょう」

ラプームが告げると、あたりを覆っていた闇が消えていく。するとリナーシャの10m先に黒いローブを被った女性が立っていた。リナーシャはどこか見覚えがある気がしたが、背後からラプームに声を掛けられそちらに視線を向ける。

「先ほど貴女は私を狙ってこの街に来たと言いましたよね?なら私も貴女をねらうことにしましょうか」

ラプームの声がする方を見たリナーシャは絶句する。何故なら黒々とした触手を6本持つ粘液質な不定形の身体を持つもの、ルジャウッドがラプームの口から出てきたからである。リナーシャの驚愕を前にルジャウッドは青い霧に霧散し、路地裏の石壁に浸透していった。

「ところで私、ルジャウッドが元々どんな存在であったか。どんな力を持つかご存知す?」

興味ないねと怒鳴り返すリナーシャ。自身を振り起すために大声を張る。

「ではこれは独り言です」

と石壁一帯からルジャウッドの声が響く。その声はラプームのものではなく、ルジャウッドの声。複数の男女が同時に異なる言語で、同じ意味の言葉を紡ぐ。まるで人混み中で聞こえる様な不明瞭な数多の声にも限らず、リナーシャはその声の意味を理解できた。

「ルジャウッド。私は暗黒のファラオの時代に生まれた人の夢から神であり、その誕生故にカダスで旧支配者ニャルラトの監視下、過ごすことを余儀なくされました。カダスに住まう人間に造られた神々は面白半分に、ニャルラトによって殺されました。神は人の信仰無くして存在できませんからね。ニャルラトが信徒を殺しまわれば、それだけで我々は危ういのです。

しかし私は例外でした。私は象徴、厳密には人が意思を伝えあうための絵や文字の神として崇められていました。そのため世界の人口が増える程、私はその力を増していきました。ニャルラトも私に危害を加えることが困難だと察し、警告こそするもの手は出してきませんでした。しかし……」

「あーもう御託はいい!」

リナーシャがルジャウッドの自分語りを遮る。すると左様ですか、とルジャウッドの声が響くと同時に、リナーシャの身体に寒気が走る。そして長年、戦闘で鍛えてきた直観が警鐘を鳴らしていた。後から聞かれれば何故そうしたか答えられないであろう。リナーシャはその場で跳躍すると、屋根に飛び乗った。そして先ほどまで自分がいたところに目を向けると、石壁から金属質な光沢を放つ黒い棘が何十本も突き出ていた。

「おや逃げられましたか」

逃げられたにも関わらずルジャウッドの声は余裕を含んでいた。リナーシャは軽く舌打ちをし、屋根から通りに降りると、そのまま拠点である宿屋まで走って戻った。

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