8話:ダマスカスのナイフ 前編

「やっぱりこのナイフには何かある」

ラプームは相棒の巨漢ヴィブルと焚火を囲みながら、黒人のナイ神父からもらったダマスカスのナイフを観察していた。普段であればラプームの話をすぐ茶化すヴィブルも、ナイフに懸念を抱いているのか口を出すことはなかった。

一方、ブロンド髪の女性ハニブはヴィブルのすぐ後ろで寝ていた。いや寝ているフリをしていた。攫われた直後こそ、混乱し意外と話が分かる盗賊二人の雰囲気に流されそうになっていた。しかしラプームは自身の恋人の仇であり、ただ黙って帰るわけにもいない。殺してやりたいと思う時もあったが、血まみれの恋人アランの姿を思い出し、自分にはラプームを八つ裂きにできないと悟った。

「なあラプーム。一応確認しておくが、今後ろで寝ている女は最初から攫う予定だったのか?」

「馬鹿言え相棒!そうだったらそうだと最初から伝えている」

だよなと呟くヴィブル。

「このナイフを持っていると何処までも残忍になれる気がするぜ。宝石を盗んだ時も、誰かを刺したくてしょうがなかった」

「相棒、私もだ。私の場合、ハニブの彼氏のアキレス腱を切った……彼には本当に申し訳ない」

人を狂気に陥らせるナイフってところか、とヴィブルはラプームからナイフを奪い取る。そしてヴィブルは焚火の中にナイフを投げ込み唾を吐いた。ラプームは驚きを隠せずにいたが、相棒の正しい判断に口を出すことはなかった。

理由はどうあれ不安の種は摘んでおくべきだ。明日の朝、ハニブを街の大通りに開放する。もし一人で行かせれば、最近路地裏に住み始めたモノに喰い殺されるに違いない。ラプームは明日の予定を一通り復唱してから、藁を敷いただけの寝床に就いた。

静かな路地裏にヴィブルのいびきが響く。ラプームは慣れているのか、月の光の下でぐっすり眠っているようだった。二人が寝るまで待っていたハニブは、眠気に負けそうになっていたタイミングで聞こえてきた、ヴィブルのいびきによって一気に覚醒した。

ハニブは既に燃えるものがなくなり、消えた焚火の跡からダマスカスのナイフを探り出した。こつんと堅い感触が手を伝って脳に届く。ダマスカスのナイフだ!ハニブは確信した。ラプーム同様、それなりに勤勉であったハニブはダマスカスの価値とその質を良く知っていた。そのため見た目に反し、女性でも軽々振るえることには対して驚くことはなかった。

ハニブがぎゅっとダマスカスのナイフを握りしめ、深い眠りに就いているラプームを見下ろした。

「さようなら」

やはり許すことが出来ない。しかし人を殺す覚悟がない。それでもハニブはラプームを殺したい。アランの仇を取りたい。ハニブはその一心でナイフを振り落とした。あとは振り落した勢いで、ラプームが死んでくれることを祈って。

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