9話:ダマスカスのナイフ 後編

ラプームの命を奪うために振り下ろしたダマスカスのナイフが、地面に刺さったときハニブは驚愕と畏怖を抱いた。何故忘れていたのか。恋人のアランがラプームを殴った際、ラプームは霧散し拳を避けた。悪い冗談か、今ハニブの目の前で、再現映像のように青い霧に霧散したラプームがいた。

寝ていた筈のラプームはハニブの決死の一撃を身体を、青い霧に霧散することで回避し、彼女の後ろに再出現した。

「やめておけ。お前にそれは使えん」

ラプームから発せられた声は薄ら寒く、冬の夜風のように心身を凍らせる。

「貴方、ラプームじゃない!」

ハニブは振り返り小さな悲鳴を上げた。そこには青い眼を爛々と輝かせたラプームがいた。しかしヴィブルと話していたときの様な、ビクビクとした小動物的な態度ではなく絶対的な自信に満ち溢れていた。ハニブは直感する。彼は外見こそラプームだが、中身は彼ではないと。

焦ったハニブはダマスカスのナイフを振り回し、相手を牽制しようと手元を確認する。しかしその視線に気づいたラプームは、最初にダマスカスのナイフを持っている右手を左手で掴み、次に首元を右手で掴んで壁に押し付けた。ゴンッと後頭部を石壁に強打し、ハニブは意識が朦朧とする。

「悪いがそのナイフだけは貰っていく。本当はお前の身体も楽しみたかったが、この男の身体は女を知らなすぎた。使い物にならない」

ハニブからダマスカスのナイフを奪い、少し離れると自身の股間を見ながらどこか悔しそうに呟くラプーム。するとハニブが背をつけていた石壁から、夜闇よりも黒い無数の触手出てきた。その触手は最初にハニブの顔を覆うと、胸元、腰、最後に両足を拘束して石壁の中へ引きずり込んでいった。

ハニブが引きずり込まれた石壁は洞窟のように、ぽっかりと大きな穴を開けていた。その穴からは生暖かい風が吹き出ており、時折粘着質な音が外まで響いてくる。段々その音が小さくなってくると、コツコツと石床を進む足音が響いてきた。

ラプームは足音聞くなりハッとした様子で、急いで膝を地面に付き服従のポーズをとった。そして遂に足音がラプームの前で止まった。

「ルジャウッド、何故私は女の体なのだ?」

「申し訳ごさいません。人が多く拐うことが困難な街故、非力な女を拐する他ありませんでした」

壁から出てきた黒いローブを纏ったハニブの姿をした人物、その正体は旧支配者スムマヌス。そしてラプームに取り憑いた絵画の悪魔ルジャウッド。

全ては黒人神父の描いたシナリオ通りに。まるでその歓喜を示すかのように、ラプームが握っているダマスカスのナイフに嵌め込まれたルビーが煌めいた。

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