第37話 最後の戦い

 女王の手へともどる星剣が進路上、ル・ハイドの背中に突き刺さった。

 鞘に収まっているため貫くまでにはいたらない。彼ともども『女王にむかって飛んでくる』。


「ぐぅおおおおおおお!」


 姿勢を低くして足をのばし、前方へすべりこむ。敵を頭上にかわしつつ手を伸ばす。もどってきた星剣をつかもうとしたが――


「……これは!?」




 ル・ハイドの武器が幾重にもまきついていた。柄も、鞘も、見えないほどに。


 つかめない!


 反対側の壁へと激突するのを見送る。

 とはいえ、全身をたたきつけられた相手には大きな痛手になったはずだ。


「ガハッ……だが……」


 もういちど星剣を呼んで同じように……そう思いついたときには遅かった。


「取ったぞ……!」


 立ちあがった相手は、がんじがらめの星剣をふみつけて引っ張った。


「うおおおおおお!!」




 ガラスがきしむような鈍い音とともに、『星』が砕けた。






「……お前の武器は死んだ。こちらも無傷とは……いかなかったがな」


 見ると、ル・ハイドの二刀の紐が切れていた。彼の力がどれほどのものかを物語っている。

 残った数枚の刃……伸ばせば並の剣ほどの長さになるだろう。


「数多の星が集うとも、夜を照らすにはほど遠い。この国を導く一等星よ……闇に消えるときが来た」




 来る。こちらの接近をゆるさず、距離をとりつづけられる脚力が……向かってくる。

 大きく両腕を振りかぶり――


「アンナ・ルル・ド・エルミタージュ、覚悟!!」




「星剣!」




 女王はふたたび星剣を呼んだ。強く踏みこみ、一閃……返しにもう一太刀。狙いは腕。

 初めて『重傷』を負わせるつもりで打ちこんだ。しかし手ごたえが想像とはるかに違っていた……


「星……剣……? ばか、な……」


 崩れ落ちるル・ハイド。破壊された腕は、割れた陶器のように粉々になっていた。まるで――




「『数多の星』……そうか……剣はひとつでは……なかったのか……」

「ル・ハイド……あなたは一体……?」


「俺は……闇だ……光あるところに現れる闇……その星剣のおかげで気づいた……無数の星があるのなら……闇もまた……」


 黒ずくめだった彼の容姿が、色あせて灰になっていく……


「俺がここで散ろうとも……闇は……いずれまたやってくる……何年さきかわからぬ。案外……すぐかもしれんぞ?」




 王家の伝承には次の一節があった。『星の光が近くによれば、影を成すことかなわず』と。


「かならず打ちはらってみせます」


 男は塵となった。彼が何者だったのか、調べても判明するかわからない。


 いま確かなことはひとつ。たとえ新たな刺客があらわれても負けない、かがやける女王になるという決意だった。






「……まったく、大きな音がするから来てみれば。口ほどにもない男だ」

「エルミーナさん!?」


「黙れ。口をひらく許可はしておらん」




 決戦の熱がのこる中庭にやってきた壮年の貴族。縄にかけられたソニアを連れている。


「あなたが……ソモン」


「いかにも。ふむ、これがあの男か?」


 さきほどまでル・ハイドだった灰のかたまりを、無造作に蹴って飛ばしながら言う。




「『邪魔をするものが来る』と言うから好きにやらせたが……こんな大がかりな仕掛けをしておいて敗れるとは情けない」


「ル・ハイドは何者だったのですか?」


「知らん。人間じゃなかろうが、灰になろうが関係ない。ようは使えるか使えないかだ」




「エルミーナさん、逃げて!」

「黙れと言っておろうが!」

「きゃあっ!」


 捕らわれの少女を殴りつけるソモン。


「ソニアさん!」


「おおっと、動くな。動けばこの娘の命はないぞ?」


 彼の目からは野心と暴虐の火が見てとれる。なんとしても止めなくては――




「この地は我のものになるのだ、誰にも邪魔はさせん! 皆の者、出会え、出会えぇぇ!!」




 呼びかけに応じた兵士たちが押しよせる。


「女子供でもかまわん! このものを斬り捨……んん!?」




 そのときソニアが宙に飛びあがった……正確には『上から強く引っぱられた』。


「わわわわ、なにこれっ!?」


 城壁の上に、ヒノカとルネの姿があった。投げ縄をつかってソニアを引き寄せたのだ。

 




「ヒノカ! ルネ!」


「芸人の投げ技、なめんなやー!」

「メイドの腕力もですよー!」

「いやメイド関係あるんか! 腕力に!」


 いつものふたりを見ていると力がわいてくる。ル・ハイドと戦う前よりもみなぎってくる。

 ここまで旅ができてよかった……改めてそう思った。


「まあええか! お嬢ー! ソニアはこっちで守るから、思いきりやったれやー!!」


「……ありがとう」


 援護に応えるため、星剣を上段にかまえた。


「ソモン……あなたの悪事もここまでです!」




「くそっ、かまわん! まずは目の前のこやつを斬れ! 斬れ、斬れえ!」


 兵士たちは状況についていけず動揺しているのだろう……剣筋が乱れ、腰も引けていた。


「なにをしておる馬鹿どもが! さっさと行かんか!」


 ソモンの怒声に押され、やみくもに突っこんでくるばかり。




 気力に満ちた女王は、今日いちばんの速さと強さをもって星剣とともに舞った。

 総勢十五人……すべてを一撃で倒し、もはや立っているのはソモンのみ。




「お、おのれええええええ!!」


 狂乱したか、悪人は武器も持たないまま飛びかかってきた。

 冷静にその胴体を打ち抜き、戦いは終わった。




「お待たせしました。こちらは終わりましたよ」

「ははは……お嬢、はやすぎやで!」




 見上げると、ソニアの拘束をほどいている途中だったようだ。


「もうちょっと待っててな」

「ええ……」

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