第36話 決戦、バレンノース城!

 ルネと調査隊による容赦ない捜査がはじまっても、孤児院の子供たちがおびえることはなかった。

 むしろ正義の味方がきたと言わんばかりに応援してくれている。


 いままでのしかえしにと、縛られた院長を蹴ろうとする子がいるので見張りがついたほどだ。


「ルネはあやしいと感じてここを出た、と言っていましたね」


「正直ほっとしましたよー。そう思ってたのが自分だけじゃないってハッキリしたんですから」




 ここが何年も放置されていたことは不覚だった。


 西の名君といわれるバレンノース公は、娘をうしなって気力が衰えつつあったと聞く。

 当時を知らずとも手を差し伸べるべきだった。

 女王の誕生日式典など、顔を合わせる機会はあったのだから。




「……お嬢様。あなたが気に病むことはありません」


 気づかってくれたのか、ルネが顔をのぞきこんできた。


「わたしだってその気になれば『告発』できたはずなんですから。昔のことを探られたくなくて黙っていた、わたしのせいでもあるんですよ」


「いいえ、私の……などと言っていたら、ずっと責任のとりあいになってしまいますね」


「そーそー、わかってるじゃないですか。これからのことに力を入れていきましょー」


「ええ、おたがいに」




 調査隊のはたらきにより、ソモンの悪事の証拠がそろってきたころだった。




「――嬢、お嬢!!」


 ただならぬ様子のヒノカが走ってやってきた。


「……ヒノカ!? なにかあったのですか?」


「ソニアが……ソニアが城に行ってしもうた!」


 息を切らせた彼女によると『ソモンの話、自分の力で断ってくる』と言って宿を出てしまったとのこと。


 ソモンが何もしないとは考えられない。急がなければ。


「……ルネ、ヒノカ、ここは任せます!」




 全力で走るのはいつ以来だろうか。女王は道ゆく人々をかわしながら、駆け馬のごとき豪脚でバレンノース城へと向かった。


 途中でソニアに追いつければ――


「くっ!」


 しかしそれはかなわず、城の中へとはいっていく彼女の姿が遠目に見えたのがせいいっぱいだった。


 すこし遅れて門の前まできたものの、とうぜんのように門番が立ちはだかる。




「止まれ! この城になんの用だ!」


「ついさきほど、ここを通った方にお会いしたいのですが……」


「ははははは! なにを言うかと思えば」


 正直に用件を話してみたものの、それを聞いた門番は大きな声で笑った。


「あの方は由緒正しきお人なのだ。おまえごときとは住む世界が違う、帰れ帰れ!」




「通してやれ……」




 門の奥から聞き覚えのある声がひびいた。


「ル・ハイド殿!? しかし――」

「通せ」

「は、はい!」




 ル・ハイドだった。

 彼が待っていると覚悟はしていたが……正門で姿をあらわすとは。


「ついてこい」


 その先に罠があるのは火を見るよりも明らかだった。

 しかし、騒ぎを起こさず中へ入るにはしたがうしかない。






 ル・ハイドとともに進んださきは中庭だった。


 ときはすでに夕暮れ。城も、庭の草木も赤みがかっている。

 目の前にいる黒ずくめの男だけが夕日に染まらず、夜のように漆黒であった。


「待っていたぞ、アンナ・ルル・ド・エルミタージュ」


「ル・ハイド。ここが罠の中……ですか?」

「そうだ」


 付近に他の気配は感じられない……数で押すつもりではないようだ。


「せっかくの機会です。あなたの目的を聞かせてもらえますか」


「女神の直系……王家の血を絶つ。それだけだ」




「……ハイナリア王国の伝承……」


「多くは語らぬ」


 腰に下げていた剣を抜きつつ、ル・ハイドは言った。


「星剣を呼ぶがいい」


 相手に武器をとらせるのも策のうちなのだろうか。

 彼の目から狙いを読みとることはできない。


 受けて立つ。女王は空に手をかかげて叫んだ。


「来たれ、星剣!」




 星剣が手におさまった瞬間、ル・ハイドが剣を振り下ろした。距離があるにも関わらず――


「っ!?」


 こちらの間合いに「伸び」てきた剣を紙一重でかわす。

 刃がほそい紐でつながれ、ムチのようにうねる……初めて見る武器だった。


「やはりこのような不意打ちは通じんか……だが慣れぬ得物にどこまで対処できる?」




 ル・ハイドが縦横無尽に刃をしならせる。それはまるで無数のヘビのようだった。


 体や武器に巻きつけられれば大きく不利になる。受けたりはじき返すことができない点で、剣や槍とはまったく違う。




 女王はたくみな足さばきで攻撃をかわす。

 横に跳び、上へ跳び、間合いを詰めようとするが、相手もわかっている……距離をとる動きに徹して攻撃してきた。


「くっ……」

「いかに達人といえど、剣がとどかねばどうしようもあるまい!」


 かすかに『ピン』という音が聞こえた。まるで糸が切れたような――




 なにかが風を切って飛んでくる音がして、女王は『それ』を星剣でなぎ払った。

 短い矢……石弓かなにかが付近においてあるのだろう。


「チッ、あれをも防ぐか……」

「糸が切れると発射……まさに罠ですね」


「さすがと言っておこう。だが、一発で終わりだと思ってはいまいな?」


「……っ!」




 そこからはまさに猛攻だった。

 脅威はムチのような剣だけではない。無数にはられた糸が切られるたびに、矢が別方向から襲ってくる。


 罠を撃ちつくすまで持ちこたえつづけるのは得策ではない。ならば――




「はぁっ!」


 相手のヘビのような剣がひときわ大きくしなった一瞬。女王は星剣を『投げた』。




 矢にも劣らぬ速さで一直線、ル・ハイドめがけて飛んでいく。




 しかし星剣が穿ったのは壁だった。

 いかに鋭い投擲でも、たった一歩、横に動けば当たらないのだ。


「……ふん、みごとな一投だが、残念だったな。この距離で当てられる俺ではない」




 ル・ハイドはそう言うと、スラリと剣を『もう一本』抜いてかまえた。


「二刀流……!?」


 そして両腕を大きく振りかぶり……


「終わりだ、アンナ・ルル・ド・エルミタージュ……!」




 いま!


「星剣!!」


 壁に突き刺さっていた星剣が呼びかけに応える。




 女王の手と星剣をむすぶ線上に、ル・ハイドはいた。

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