第35話 ルネの反撃

 話をしていくうちに自然といつもの雰囲気がもどってきた。

 この先いさかいと別れがあっても、自分たちなら乗り越えていける。そしてより強く結びつくと思えた。


 そして『いつも』にはもうひとり、欠かせぬ者がいる。女王は天井に向かって呼びかけた。


「ルネ、そろそろ入ってきていいですよ」




『かしこまりましたー』




 一枚の天井板がずらされ、ルネの頭がひょっこりと姿をあらわした。


「あらためまして……お嬢様、ヒノさん。おひさしぶりですー」


「うおっ! 姐さん、天井裏におったんか!?」


 数日ぶりに再会したメイドは、口元をあげてほほえみながら、ヒラリと着地した。


「にししっ。ソニアちゃんの追手を足止めしてからすぐここに。むしろお嬢様たちより早く着いちゃってたりしまして」


「ならば宿屋の前で待っていてもいいと思いますが……ルネらしいですね」


 ルネは幼少のころからいたずら好きだった。今は場をわきまえるようになったものの、遊び心をいつも忍ばせている。

 旅ではいつも楽しそうにふるまって周囲をなごませてきた。




「先ほどは一本とられましたが、これで返しましたよ」


「んー『孤児院』と聞いたとき、思わずガタっとやっちゃいましたからねー……おあいこってことにしましょうか」




 女王は、広場でルネがあらわれるまで気づかなかった。

 ルネは、『孤児院』と聞いて音をたてて気づかれた。


 ふたりが主従であるかぎり、このようなやりとりがこれからも続くだろう。


「なあソニア……物音、聞こえたか?」

「あたしは他を気にする余裕なんてなくて……」

「ウチも同じや……」

「天井からメイドさんが出てきたり、もうなにがなんだか……」




 ひそひそと話す声が聞こえるのはさておき、女王は尋ねた。


「ルネ、あなたが反応した理由……教えてもらえますか?」




 ルネが語った孤児院の情報は、聞き捨てならないものばかりだった。


 ひとつ、人身売買を行っていること。『商品』はもちろん子供たちだ。

 ふたつ、設立にかかわったのがソモンという名の男であること。

 みっつ、おそらくバレンノース公はこの事実を知らないであろうこと。


 そして――


「わたしもあそこで育ったんですよねー……子供心にあやしすぎて逃げちゃいましたけど」


「そうだったのですか……」


「で、幼いながらもたくましく生きてきた盗賊が『お城』に忍びこんだところ……耳の良いお方に見つかっちゃったわけです」


「ははーんなるほど。姐さんの実力のワケがやっとわかったで」




「ちょっと待って! あたし、子供を売ってたなんて知らないよ!?」


 ソニアが声をあげた。


「院長先生だってやさしい人だし、とても信じられないよ……それって昔の話なんじゃないの、証拠はあるの?」


「残念ですけど、これはわたしの記憶だけじゃありません。別件の調査で、証拠が出てきたんですよ」




 別件とはコルン地方でのできごと。貴族の男が欲望のために女性をさらおうとした事件だ。


「あの男の口ぶりは初犯のものでないと思っていましたが……まさか『買って』いたのですか?」


「はい。『将来有望』な子を見つくろい、屋敷で『育成』していました」


「なんてこと……」


「メイドさん、買われた子ってもしかして……三人いる? 連れていかれてから五年くらいたってる?」


「……はい」


 そう聞いたソニアはへたりこんでしまった。彼女が受けた衝撃はいかほどのものか……察するにあまりある。




「……許せへんな。特にソモンっちゅうやつ、やっていい商売とわるい商売があるってもんや!」


「ヒノカの言うとおりです。バレンノース公のためにも対処しなくては」




 ヒノカをバレンノース公のもとへ送る。ソモンの悪行を裁く。

 ふたつとも必ずやり遂げねばならない。さらにどこかでル・ハイドの罠が待ち受けているだろう……


 旅のなかで幾度となく世直しをしてきた女王だが、これがもっとも困難なものになりそうだった。






 夕方になり、女王とルネは孤児院へ向かった。

 ソモンの所業を知る証人として、院長を確保するためだ。


 この作戦はふたりだけで行うものではない。援軍のあてがあった。


「調査隊が来る時間にまちがいはありませんね?」

「はい。まじめなコルン公の家来らしい、しっかりした人たちですから」


 人身売買が明らかになり、コルン公は調査隊の派遣を決めていた。

 ルネも彼らとともにこの町へはいる予定だったが、報告のために先行してきたのである。


「おっ、きたきた。お嬢様、きましたよ」




 やってきた調査隊は、待っていたルネに礼をした。


「ルネ様。われら一同、到着いたしました!」

「ご苦労さまですー。さっそくですけど、やっちゃいますか」


「はっ!」


 最初は自分に任せてほしい、と願い出たルネがさっそく扉をたたいた。




「……なんだね君たちは?」


 扉を開けて出てきたのは白髪まじりの男。

 孤児院側には事前通知をしていない。相手からみれば抜き打ちという形。


 とつぜん訪れた者たちにおどろいているようだ。




「おひさしぶりですね、院長先生」

「……どこかで会ったかな?」


「以前ここで暮らしていたルネです。覚えてませんか?」


 男はしばし考えるしぐさを見せたが、すぐに首をふった。


「なにを言うかと思えば……どれだけの子供がいると思っているんだね。いちいち覚えているわけがないだろう」


「記憶にひっかかるものもありませんか?」


「くどいね君は。用がないなら子供たちの迷惑だ、帰ってくれ」




「……そうですか」


 ため息をついたルネは懐から書状をとりだし、院長に見せつけた。


「コルン地方の公爵の命により、ここの調査に来ました。おとなしく協力してください」


「なにっ!?」


「さっきの答え次第ではやさしくしてあげようかと思いましたけど。なしですね!」




 彼女はふっきれたように晴れやかに、そしていたずらっぽく笑った。






 こうして孤児院に強制調査がはいり、不相応な大金や契約書、顧客の一覧表などが見つかった。




 証拠はそろった。

 残る課題はすべてバレンノース城で解決するだろう。


 決戦のときが近づいていた。

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