第38話 女王の帰還

 こうしてソモンを捕縛できた。しかし裁くべき立場のバレンノース公は病の身……となれば、女王が直々にくだすしかない。




「く……くそっ、貴様ら……我だけを縛りつけるとはどういうことだ! ほかの兵どもはどうなんだ、ええ!?」


 すっかり意気消沈した様子の兵士たちは、武器を置いて座りこんでしまっていた。

 たったひとりに制圧されるのも困りものだが……これをきっかけに精進してほしいと思う。


 それにはきっかけが必要だ……たとえば、病床の主君が気力をとりもどすような吉報が。




「ルネ、調査隊のみなさんはここへ向かっているのですね?」

「もうじき着くころかと思いますー」

「他公の手の者を介入させるのは気がすすみませんが……今回はしかたがな――」


「ソモン様、ソモン様ぁー!!」


 声をあげて中庭にはいってきたのは、あの門番だった。




「たいへんです! コルン公の調査隊とかいうものたちが……あ、あれ……?」

「お、到着したみたいですねー」


「ソモン様、どうして縄に……?」

「いいところに来た! 我を助けろ、いますぐだ!」

「えっ?」


 こちらをちらりと見る門番。


「む、無理ですよオレひとりじゃ!」

「やれといったらやるんだ! だいたいお前たちは――」






「……お嬢様、そろそろ言っちゃってもいいですか?」

「はい。どうぞ」




「ご静粛に! こちらのお方はハイナリアの女王、アンナ・ルル・ド・エルミタージュ様であらせられるぞー!!」


 ルネの声がひびきわたる。その場にいる全員が彼女のほうを向いた。


「ええ!?」

「女王様だって!?」


「あー! そういえば聞いたことがある!」

「門番! 知っているのか!?」


「お、俺は城を出入りする人間と話す機会が多いんだが……アンナ女王様がお忍びで各地を旅してまわり、悪人どもをこらしめていると何度かウワサになっていた……まさか本当だったとは……!」


「そこの人、よく知ってますねー。まっ、ウソだと思うなら調査隊のみなさんに聞いてみてもいいですよー」




「女王様」

「ああ、女王様!」


 兵士たちがつぎつぎとひれ伏す中で、青い顔でぼうぜんとしているのはソモンだった。


「そんな……まさか……我にこんなことが……なぜ……バカな……」




「ソモン。偽りの公女を作り上げ、権力を握ろうとした件。それに孤児院と結託しての悪行……断じて許すわけにはいきません」


 余罪がある可能性も考えられる。時間をかけて調べる必要があるだろう。

 立て続けになってしまうが、ルネにも働いてもらうつもりだ。


「さあ、彼を牢屋へ連れていきなさい」


「ろう……や……我、が……」


 今回の事件の黒幕は、放心状態のまま連行されていった。






 しばらくのち、女王とヒノカは扉の前にいた……この先がヒノカの祖父、バレンノース公の自室である。


「……ヒノカ、心の準備はできましたか?」

「どう準備しろっちゅーねん……なにも想像できん」


「そうですね。でも、きっと大丈夫……いきますよ?」






 コンコンと扉をたたいて、開けた。

 部屋の中は薄暗く、ろうそくの小さな明かりだけがゆらめいていた。


「誰だ……?」


 声の主はもちろんバレンノース公だ。

 動く気配はない。ほとんど寝たきりだと聞いていたが……どうやらその通りらしい。


「なにやら騒がしかったが……何かあったのか?」


「お休みのところ失礼します。バレンノース公……おひさしぶりですね」

「君は……いや、あなた様は……!?」


「どうかそのまま。お体にさわります」

「……おどろきました。まさか陛下がいらっしゃるとは……ますますお母上に似られましたな……」




「積もる話はありますが……今日はぜひとも、会わせたい方がおりまして。さあ、ヒノカ……」


 扉を開けたときから、背中にはりついていヒノカを引っぱりだした。

 おずおずとしながらも懸命に口をひらく。


「……ええと……ウチは、その……ヒノカと言います。生まれはこの地方で、おか……母の名前はリア・カチです」


「リア……まさか……! 顔をよく見せてくれるか?」


 ベッドにかけより、膝をつくヒノカ。バレンノースは上体をおこして、彼女の顔をじっと見つめた。


「ああ、間違いない。リアの面影がある……あの子が、こんなに立派な娘を……」

「自分でいうのも変やけど、ウチの顔だけで信じてええんか……? そうや、この証拠を見てからでも――」


「ひょっとして笛を見せるつもりかな?」

「……! そ、そうや。これ、母の形見で……」

「形見……」




 バレンノースの頬に涙が光る。


「つらい思いをしてきたのだな……わしが頑固だったばかりに……すまない。わしがあのふたりを認めてさえいれば」

「おじいちゃんっ!」


 泣いているのだろう。ヒノカの声は震えていた。


「ウチは幸せや。小さいころから、今まで……ずっと幸せやったで。おじいちゃんが謝ることなんて、なんもないで……」

「わしを祖父と呼んでくれるのか……」


「……当たり前や。だからウチのことも――」

「ヒノカ。わが孫娘よ」


「……あ」






 女王は退室した。ふたりの時間を過ごしてほしいから……

 今。そしてこれからも。


 さまざまな想いが目頭を熱くさせる。




「……うまくいったみたいですね。お嬢様」

「ええ。私ももらい泣きしてしまいました」


「……ヒノさん、ここに残るんでしょうか?」

「きっと。いえ、必ず。たったひとりの肉親なのですから」


「肉親ですか……ちょっとうらやましいですね」

「ふふっ、たしかに。私も肉親はいませんが……城のみんなが自分の家族だと思っています」


「おっと! それってわたしも入ってます?」

「もちろんですよ、ルネ」


「じゃあわたしにも家族がいるってことで……にししっ」


 笑顔のルネにひとつ、お願いをする。


「そんなあなただけに頼めることがあります。ヒノカを支えてあげてくれますか?」

「あーやっぱりそう来ますか。生活が変わったら大変そうですもんねー。わかりました!」


 女王の『家族』のひとりは、胸をトンとたたいて了承してくれた。




「そのかわりと言ってはなんですが、わたしからもお願いがあります」

「わかりました、聞きましょう」




「そろそろ『家族』に、お顔を見せてやってくださいませ」


 そう。こんなに女王の気持ちを知っているルネだからこそ、無二の友人を任せられるのだ。




「……ふふっ。もとよりそのつもりです。あのふたりを見ていたら、ちょっとだけ恋しくなってしまいました」








 旅立ちはヒノカと二人だった。

 途中でルネが合流して、三人になった。


 旅の帰り道は、女王一人……

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