第11話 おねえちゃんみたいに

 女王は敬礼の姿勢をたもったまま、男爵の耳にしっかり聞こえるよう、ゆっくり、はっきりと話し始めた。


「先日の最終レースで競争を中止した1番の競走馬についてですが、その後の調べで毒物を口にしていたことがわかりました。飼い葉の中に、何者かが混入させていたのです」

「ほう、それで?」


「男爵様は、あの子……ソラをたいへん気に入られ、牧場主から買い上げようとしたところ断られたと。自分のものにならぬ、いつか他の者の手にわたると思うと我慢ならんと――」


「おい貴様、まさか俺が指示したというのか!!」


 広間中に怒声が響きわたった。飾られた絵画やトロフィーが一瞬ふるえるかというほどの剣幕だ。


「俺の顔をよく見ろ、誰と話しているかわからんとでも言うか!!」

「男爵様……」




 顔を上げる。『黒幕』は目の視点がさだまらないほど打ち震え、肌という肌が紅潮していた。その怒りを突きさすように、ただ真っすぐ見返す。


「私の顔をよく見なさい。あなたこそ、誰と話しているかわかりませんか?」

「……おのれ! もういい、今すぐその首をはねてやる!!」


 激情の男爵が腰の剣に手をのばしたそのとき、ハッと息をのんで女王の顔をもう一度のぞきこんだ。




「まさか……女王……さ……ま? う、うわーっ!」




 悲鳴をあげながら転げ落ちるように平服する。家来もあわてて主人にならった。


「ししししし、失礼しました!」


「アデュウ男爵。私怨をつのらせ、罪のない競走馬に毒を盛り、葬らんとした罪……女王として、許すわけにはいきません」

「お……恐れながら申し上げます。女王様のお言葉ではございますが、まったく身に覚えがありません。何かの間違いでは?」




「それは通じないよー、男爵さま?」


 上段の間からルネの声があがった。昨夜つかまえてた医者を引っぱり、男爵の前に突きつける。


「あんたの悪事は、この人がぜーんぶ白状しちゃったから!」

「だ……男爵様ぁ……」




「お、お、お、お許しを! 名誉ある『女王杯』を汚してしまい、まことに申しわけありません!!」


「最初に詫びることがそれとは、なげかわしい。競走馬の命と、手塩にかけて育てた人々の想いを踏みにじった罪こそが、最も重いと知りなさい」

「う……ぐっ」

「女王の名において、あなたの爵位および全ての権限を剥奪します。この地域をおさめるユージウフ公によって、厳しい裁きが下されると覚悟するように」


「……くそったれ! みなのもの、出会え、出会えーーーーっ!!」


 建物中の兵士たちが集まる!


「こいつは女王様の名を騙る不届きものだ、生かして返すな!!」




 言葉をかけるのはここまで……武力をもってアデュウを制す。

 まっすぐに手をかざし、意識を集中させる。


「……星剣!」


 周囲に衝撃波をもたらしつつ、手中に星剣があらわれた。


「クソッ、ひるむな!!」


 最初の攻撃は背後からやってきた。軸足を床に突きさし、すばやく回転しながら返す剣を打ち込む。仲間を壁にたたきつけられた兵士たちは、一瞬おどろいたものの、すぐに襲いかかってきた。


 剣筋のすきまに体を流してすり抜け、右、左と二人の背後を叩く。次の相手は……と槍のような視線をめぐらせると、兵士たちはそれを避けるような足運びを見せた。

 後退していく気勢を見逃さず、二歩……三歩とアデュウとの距離を詰める。

 うち数人がルネのほうへ向かっていくのが見えたが、彼女はただのメイドではない。

 徒手空拳ならば騎士団長ピエールさえも組み伏せる。その実力は女王も認めるところだ、問題なくなぎ倒すだろう。


「うわああああ!」


 思わぬ劣勢に臆したか、武器をやみくもに振りまわしはじめた者たちは、もはや隙だらけだ。流しつつも体重をのせた強烈な一撃を食らわせていく。


 全ての兵を倒されたアデュウは、顔をこわばらせて飾り棚にすがりつく。そして棚上のトロフィーを手あたり次第に投げつけてきた。


「くるな、くるな、くるな、くるな!」


 最後のあがきをすべて打ち払い、間合いに入る。


「覚悟!」


 青くなった顔に横一閃。アデュウは体ごと二、三回転し、白目をむいて倒れた。

 終わった。

 ルネがこちらに駆け寄って裾を持ち、礼の姿勢を取る。ちらりと見える脚には短剣が忍ばせてある。


「この人、どうします? なんなりとお申しつけを」

「そのままに。まもなくヒノカが、ユージウフ公の使いを連れてやってくるころでしょう」

「かしこまりました」


 物見窓をのぞくと、ちょうど頃合いだったようだ。ヒノカと一緒にちかづいてくる集団が見えた。

 彼女には大急ぎで書状を運んでもらっていた。昨日からずっと振り回しつづけていたから、後でお礼をしなくては。






 その後しばらくはアデュウたちの捕縛があわただしく進められた。混乱を避けるためアニーたちにはあえて真相を話さず、ただ『不正行為があきらかになった』とだけ説明した。


「まさかあの方が捕まるなんて、世の中なにがあるかわからないものですね……」

「わるいことをするひとは、ちゃーんとメガミさまがみてるんだよ。わたしきいたことあるもんっ」


 アニーは小さな胸をはって父親を諭している。


「そうだねアニー。そう考えると……あの方を連行するために、馬車を使わせてくれって言われたのも……うちが頑張ったご褒美みたいなものかな?」

「むりやりトキをつれてこうとしたバツだね!」


 父親はそうだね、と微笑みながら愛娘の頭をなでた。


「それでは名残惜しいですが……私たちはそろそろ、おいとまします。ソラに騎乗させていただいたこと、一生忘れません」

「とんでもない。こちらこそソラとトキがお世話になって、なんとお礼を言ったらいいのか。本当に、本当にありがとうございました」


「ねえ、おねえちゃん」


 アニーが袖をひっぱってきた。宝石のようにきらめく目でこちらを見ている。


「わたしおおきくなったら、おねえちゃんみたいなカッコいいひとになるっ!」


 じんわりと心臓が熱くなる。そのまま膨らんで風に吹かれ、雲ひとつない空へと飛んでいってしまいそうだ。

 自分は今どんな顔をしているだろう。生まれて初めての表情をしているに違いない。そんな想像すらも楽しく思えてしまうほどの高揚感だった。

 思わずアニーを抱きしめる。


「とても……とても光栄です」






 その後の道中、ヒノカには大層からかわれた。ほんのり浮かれた良き時間を、親愛なる友人と共有しながら次の町へと道を歩く。




 仲睦まじい二人の様子を、ルネも楽しげに眺めていたが、いつの間にやら巻き込まれ、話の花がいっそう賑やかになっていくのだった。

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