新たな一歩

53


「ふーん、昔は毎日のようにしてたんだ。ほっぺにちゅー」

「そうですね。いつからかしなくはなりましたけど、多分結璃なりに心配事があったんじゃないですか」


 魔核狩りとの戦いから一時間程度経ち、甘音と玲芽は勇武を伴って天宮邸地下──‬MAOの待機場で間食のスイーツを食べていた。

 普段はそんな物を摂らない玲芽ではあったが、頭が非常に疲れていたので糖分を摂取せずにはいられない。


「あー、確かに。ここにあんまり馴染んでない頃は、結璃が玲芽にべったりくっついてたな」


 あまり甘い物を好まない勇武は、糖分をカットしたドーナツに齧りつきながらそう回想する。


「べったり過ぎてちょっと怖かったけど」

「その結果水凪さんトコの養子だもんねー。それはよく覚えてるよ。結璃ちょっと怖いって言ってた」


 昔話に花を咲かせるには若過ぎる三人だが、そんな話ができるようになったのも、玲芽が過去と区切りをつけた証だろう。


「でも。それはつまり、今の玲芽くんにも心配なとこがあるって事?」


 山盛りのシュークリームを頬張りながら、甘音が眉根を顰めて疑問を提示する。


「うーん……。追いかけて来るまでは『冷たくし過ぎたかな』的な想いがあったんだと思うんですけど、その後の行動は意図が読めないですね」


 玲芽はそう考察しながら、果物をふんだんに使ったフルーツタルトを食べる。


(心配事──‬。何となく判るけど、あんまり言いたくないな)


 玲芽の中では、結璃の意図は何となく解剖できていた。

 恐らく結璃は、玲芽が過去に一区切りつけた事による『目的の喪失』を危惧している。

 いわゆる『人間』を憎んでいると言っていた頃の玲芽には、良くも悪くも目的意識があった。それを原動力として日々を生き、生命を維持してきた。

 目的の喪失とは、魔術的成長の余地が消える事に他ならない。魔核狩りとの一件も終息し、本格的に目標を失った玲芽がどうなるのか。恐らく結璃にもその未来は見えていない。


「そういえば、何で俺達ここに来てるんです? 今日休みでしょ?」


 勇武が次なる疑問を口にする。確かに今日は出勤の日ではない。それでもここで食事を摂る事はよくしているのだが、一々誰かを呼び出して宅を囲む、という事はあまりしない。玲芽は基本一人で食べるし、甘音や勇武はその場にいる誰かと食べる事が多い。


「なんか結璃から連絡があって。三人で待機場にいてーって」

「ほーん。結璃の考える事判んねー」


 勇武が椅子の背もたれに深く体重をかけ、残り一欠片になったドーナツを口へ放り込む。


「…………あー」


 玲芽は一つ気にかかっていた記憶と現状を繋ぎ合わせ、一つの仮説を立てる。


(まあ、関係ない事を無理矢理繋ぎ合わせてるだけかも知れないけど)


「どしたの?」

「昨日屋上から戻る一瞬の事なんですけど──‬「お待たせ〜。って、言う程待ってなさそうね」


 玲芽が思いついた仮説を披露しようとしたその時。結璃が玲芽達の方へと歩いてくる。先程の仕事モードとは打って変わっていつものフランクな彼女らしく、朗らかに笑って手を振ってくる。


「おーいつもの結璃だ。眉間に皺が寄ってない」

「うるさいわね……」


 甘音が茶化すと、結璃から笑みが消え苛立ちと困惑の入り混じった嫌そうな顔になる。


「結璃がそんな性格だって、同じ班の人も知ってると思うけどな」


 思った事をそのまま口に出してみる。甘音に乗っかって結璃の立ち回りを指摘した結果、何故か玲芽だけが脳天に拳骨を食らう羽目になった。


(だってネコ被るようなマネしてたら、精神が統一されないじゃん……痛い)


 自分を偽るような行為は魔術を鈍らせ、戦力のダウンに繋がりかねない。それは避けるべきだという遠回しも遠回しなアドバイスのつもりだったのだが、玲芽の発言は徒労に終わったらしい。

 玲芽がいじけて細めた目を結璃に向けていると、居た堪れなくなったらしい結璃は

「じゃあここに来てもらった用件なんだけど」と早口で切り出す。


「みんなに新しい仲間を紹介したいの」


 言って、結璃が三人をカウンターの方へと促す。

 既に食べ終えていた勇武はすぐに立ち上がり、玲芽は半分程余っているタルトを置く。甘音は残るシュークリームを勿体なさそうに置こうとして、やはり食べてしまおうと口の中へと放り込む。


「新人さんはどこかなー? っていうか何で私達に紹介するの?」

「──‬──‬‬ああっ!」

「……え、あ。そういう事?」


 全てのピースを持っていた玲芽が確信を抱いて叫び、その反応と人選を見て勇武が閃く。


「男連中で納得してないで、教えてよー!」


 甘音が玲芽の腕をぶんぶんと振るが、玲芽は「すぐに判ります……」と自身の口からはネタバレしようとしない。

 そうこうしている間に、カウンターの奥から制服のエプロンドレスに身を包んだ女性がやってくる。

 その姿を見た甘音が、手を叩いて納得の音を響かせる。


「……なるほどね!」


「きょ、今日からここで給仕役を勤めさせていただきます。楠瀬、未梨です……」

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