52


「こ、ここ、殺したの?」


 背後から近寄ってきた甘音が、玲芽に恐る恐る声をかける。


「そんなまさか。軽く電気を放って意識を断っただけです。殺すなんて、恐ろしくてできません」


 玲芽は立ち上がり、ぷるぷると微振動している甘音に向けてふるふると首を振る。


「そっか……。まーそうだよねー。男の方は刺し傷がついてるのに、あの人には剣とかじゃなくて籠手とか警棒とか、ガッツリ血が出るような物じゃないのばっかり創ってたもんねー」


 甘音は安心したのかいつもの調子に戻り、ニヤニヤとしながら戦闘中に見た玲芽の甘さを指摘する。


「うっ……。見えてましたか」

「見えてましたよ。打撃が一概にダメージ少ないとは言わないけど……。まー、玲芽くんのそういう甘くて優しいところ、私は好きだよ」


 甘音が少し背伸びをして、高い玲芽の頭に手を伸ばして優しく撫でる。


「──‬ッ! あ、甘音さん……」


 玲芽は一瞬硬直するが、すぐに一歩退がって甘音の甘やかしから逃れる。満更でもなかったのか、その表情は今までにない程締まらないものになっている。


「あれ、嬉しくなーい?」


 首を傾げながら訊いてくる甘音に、玲芽は素直な気持ちで「嬉しかった、ですけど……」とぼやく。


「なら素直に撫でられなさーい。この恥ずかしがり屋めー」


 両手をわきわきとさせながらにじり寄る甘音と、ゆっくりと後退して距離を保つ玲芽。

 その後ろから、見慣れた顔が近付いてくるのが見えた。


「アンタ達、何魔術士を放置してイチャついてんのよ。緊張感ないわね」


 ジトッとした視線を二人に向けていたのは、MAOの魔術士である結璃。恐らくは近くで魔術が行使されたのを確認して出動したのだろう、近くには他にも数人のMAOの魔術士が待機している。


「あ、結璃。聞いてよ凄いんだよ。玲芽くんが二人も倒しちゃったんだから」

「はいはい凄い凄い。だからその後の処理もできるようになんないとね」


 結璃が淡々と返し、他の魔術士に三人の魔核狩りを確保させる。


「結璃、にしても来るの遅くないか。もう三〇分は経つだろう」

「え、まだ魔術行使がこっちで確認できて十分くらいよ?」


 玲芽が増援が遅かった事に文句をつけようとしたが、カウンターに衝撃の事実が返ってきた。


「嘘だろ……。もう一日分のエネルギー使い果たした気がするのに」

「はは。玲芽くんずっと考えっぱなしって感じだったもんね」


 玲芽の動揺に、甘音がくつくつと笑いながらそうフォローする。確かにずっと思考し続けて頭が重いが、まさかそこまで時間感覚に差が産まれるとは思っていなかった。


「やっぱスタミナつけないとな。頭も身体も」


 そう呟いて、玲芽はたった数分動き続けただけで痛み始めた膝を見る。電影での移動術は強力だが、その分脚にかかる負担が重い。筋肉のきの字もない程に細い玲芽の脚では、まだまだ長期戦は難しい。


「ん、お疲れみたいだし先帰ってなさい」


 結璃が相変わらず淡々とした口調でそう指示する。後処理はやってくれる、という事だろう。

 玲芽と甘音はその指示に従って歩き出し、河川敷から天宮邸へと帰ろうとする。


「冷たいなー結璃。いつもの感じの方が可愛いのに」


 堤防へと上がる階段を上りつつ、甘音がぶつくさとぼやく。彼女としては平時の明るい結璃の方が好ましいのだろう。


「班のリーダーですからね。シャキッとしようと頑張ってるんですよ」


 甘音のぼやきに、玲芽はフォローを入れる。自分よりも歳上で貫禄のある魔術士がいるのに、リーダーを勤めるのはプレッシャーがかかる事だろう。


「玲芽」


 背後から結璃が追いかけてくる。言い忘れた事でもあるのだろうか。


「今日はよくやったわね。でもさっき自分で言った通り、課題もあるんだから。これからもしっかり、頑張るのよ。──‬んっ」


 急いでいるのか、畳みかける様にそう言葉を連ねる。そして結璃は最後に──‬あろう事か振り向いた玲芽の頬に軽く唇を当て、とてとてと走り去っていく。


「え、あ、え? 何、どういう、何?」


 目を白黒させて驚く甘音に対し、ほっぺにちゅーを受けた玲芽は意外にも冷静だった。


「あ、これ何年振りだろう」

「えぇっ!?」


 淡々と放たれる驚愕の事実に、甘音は更なる驚愕に言葉を失うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る