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 が、玲芽は飯田の突進も冷静に横へステップして回避する。


「チッ‬」


 玲芽は彼女を完全に信じていたわけではなく、いざ攻撃を仕掛けてきたらいつでも電影を発動できるように準備していた。


「もう雷速は、貴女だけの領域じゃない──‬!」


 玲芽は急停止してこちらを睨む飯田に、超速の剣戟を仕掛ける。真正面から縦に振り下ろした氷の剣を、飯田は電気の剣で受け止める。

 バチバチと嘶く電気の剣は、急拵えらしく防御としては心許ない。徐々に玲芽の雷速を乗せた斬撃に耐えられなくなってきている。


「貴女が諦めないなら、俺だって容赦はしない……!」

「お前を殺さなきゃ、私の心に平穏は訪れない! お前がマガツメで……魔術士である限り!!」


 二人はほぼ同時に剣を離し、そのまま前後左右に目まぐるしく移動を重ねる。

 翻弄し、間合いを取り、一撃必殺の隙を窺う。

 二人は同じ目的でその行動を選択した。常軌を逸した『速度』という強みを持つ者だけが取れる、接近を伴わない攻め。それが速さによる翻弄、幻惑だ。

 玲芽は飯田に捉えられぬよう移動しながらも、敵を観察して移動時の癖を見抜こうとする。


(ただ無造作に動いているだけに見えるな……一定の距離を保とうとか、俺の左右どちらかに継続して居続けようとか、そういう意志は感じ取れない)


 草を踏みしめ、土を蹴り上げ、砂利を飛ばしながら。

 玲芽は少し足場の悪い河川敷を全力の六割程度の速度を維持しながら前後左右に移動し続ける。

 甘音は戦闘不能になった二人の傍で静観している。そいつ等を見張る役割も必要であるし、何より玲芽一人にこの場を任せるつもりで見守っているのだろう。


(少し、攻めるか。あの人の癖を引き出したい)


 玲芽は方針を変え、少しスピードを上げて飯田との距離を詰める。

 玲芽と飯田が使っている術は、似て非なるものだ。

 飯田が使っているのは、歩行走行、どんな動きでも強制的に雷速と同等まで引き上げる術。

 一方の玲芽は、自身が引き出せる最高速度を雷速にする術。例えば全速力の半分で走れば、電気が走る速さの半分の速度になる。

 どちらが良いかは、一概にはいえない。

 全力が出せない場合や通常の歩行から雷速へ繋げ、不意打ちに繋げられるのが飯田の術の利点。ピンポイントで使用すれば一撃必殺が狙える。

 玲芽の術の利点は、速度に柔軟性が出せる点。高速移動に変わりはないが、移動速度を加減する事により『高速の中の差』が産まれる。

 もし甘音と同等の反射を持つ敵を相手にした時、幾ら雷速でも一定の速さを保っていると相手がその速さに慣れてしまう可能性がある。それに対して玲芽の会得した電影は、僅かな加減を繰り返せばそんな強者を相手取っても慣れられる可能性は少なくなる。


「──‬!」


 飯田が玲芽の速度上昇に気付き、右にステップして玲芽の間合いから逃げようとする。


(本当によくできた術だ。同じ雷電属性を持つ相手になら、速度変化で相手の動揺まで誘える)


 飯田の反応を具に捉え、玲芽はこの術の発想に感心する。

 電影は玲芽一人が考えて編み出しのではなく、結璃や甘音、水凪と相談した結果開発された技だ。巧者と対等に接近戦をするために考え出されたこの術の副次的効果に感心しながら、玲芽は速度で勝るが停止と発進がぎこちない飯田を追い詰める。


「うっく……」


 飯田は右と後ろへのステップを多めに挟んだ結果、堤防の斜面に右足を踏んでしまう。数秒の長い停止に玲芽は食らいつき、氷の籠手を創造して最高速度で駆け抜ける。

 咄嗟に斜面を踏んだ飯田が急発進。初速から最高速度を叩き出すその魔術の効果により、玲芽の殴打はギリギリで飯田の背中を捉えられなかった。


(失敗はした。が、癖は見抜けた。あの人は咄嗟のステップを必ず右──‬俺から見て左に行く癖がある)


 逃げ際に飯田が放った球状の電撃を避けつつも、玲芽は活路を見出す。


(今度は捉えられる……!)


 玲芽は数メートルの距離を空けた飯田に向け、再び間を詰める。やや左前方に駆け、飯田の癖に合わせて効率的に近接攻撃が当たる距離までドンドン迫っていく。

 やがて川辺の砂利道を背にした飯田が、足場の悪いそこを嫌って横への移動を始めようとする。玲芽の目にはしっかりと向かって左へと動こうとする予兆が確認できた。


(いける──‬これで、俺の勝ちだ……!)


 玲芽は左手に警棒を創り、飯田が移動しようとしている空間に向けて振り下ろす。


「なっ──‬!?」


 だがそこに待ち人は来ず。飯田は動くフリをしただけで、玲芽の正面で敢えて立ち止まっていた。


(見抜いたのを──‬見抜かれた!!)


 飯田は玲芽が『癖を観察している』事に気付き、ここ一番で回避をしないという選択を取ったのだ。

 玲芽が警棒を振り下ろし終えたところで、飯田が勝ち誇る様に歯を剥き出しに笑いながら電気の剣を両手で振り下ろし始める。


(避‬──‬不可‬)

(防──‬不可‬)

(活路──‬──‬有)


 玲芽は驚愕と危機から来る焦燥に駆られながらも、抜群の眼力と思考の瞬発力を以って光明を見つけだす。

 玲芽は警棒を振った時に前に放り出した重心をそのまま飯田の方へ向け、自ら転倒するようにして敵へ突進する。

 助走がなかったとはいえ全体重を載せた体当たりだ。細身で受ける覚悟のできていない飯田の下半身が耐えられるはずもなく、身体が少し宙に浮いて腕が止まる。

 その隙に玲芽が飯田の右手首を掴み、電気の剣での攻撃を強引に止める。

 飯田の背面が凸凹した砂利道に激突し、その背や後頭部に刺さる小石の痛みに悶える。


(上手くはいかなかったけど──‬これで終わりだ)


 玲芽は飯田を下敷きにしたため、転倒の衝撃はない。すぐに立ち上がり、飯田の両手を氷塊で覆い尽くす。


「流石に……諦めてくれますよね?」


 氷の剣を創造し、その透明な切っ先を飯田の首元へと持っていく。


「クソ……クソッ、クソッ!!」


 両足をバタバタとさせながら、駄々をこねる子供の様に叫ぶ飯田。

 その様子を見た玲芽は、剣を納め憐れむ様な目で彼女を見つめる。


「俺はもう貴女を恨んでなんかいない。俺を殺さなくたって、貴女の身に危険が及ぶ事はないんだ」

「うるさいッ! そんな言葉が信じられるか!」


 玲芽が説得しようとしても、聞き入れない飯田。既に枯れかかった声で叫び続ける程に、彼女にとっての玲芽は恐怖を煽る存在なのだろう。


「判りました──‬でも、言わせてください」


 玲芽は屈み、氷の内側から電撃を放とうとする飯田の姿をすぐ傍に捉え乱れた前髪を分ける。


(じっと見る機会はなかったけど……うん。あの頃の面影がある。隈もたくさんあって随分怖い感じになったけど、俺には今でも──‬優しい“お姉ちゃん”の目に見えるよ)


「俺にとってのあの半年は、消し去りたい嫌な記憶──‬なんかじゃなくて。今でも黄金の様に輝く、大切な思い出です」


 ──‬昔の様に顔いっぱいにはまだ笑えないけれど。


 玲芽は今できる精一杯の微笑みを湛え、“お姉ちゃん”に向けて自分の想いを吐露する。


 ──‬きっと貴女には伝わらないけれど。


「だから、ありがとう。あの時、マガツメだと判っていても、俺の事を拾ってくれて」


 ──‬せめて、言わせてください。


 言い終えると玲芽の微笑みはなりを潜め、元の無表情、否、少し悲しむ様な表情になる。


 ──‬感謝と、別れの言葉を。


「そして、さようなら。お姉ちゃん」


 玲芽は飯田の額に触れ、指先から雷電属性の魔術を放出する。

 途端、飯田の目は閉ざされ、叫び声も両手から放とうとしていた魔術もなくなる。

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