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「随分と雰囲気変えて来たじゃない……。それがマガツメの本気ってわけ?」
「男子三日会わざれば──ってやつだよ。それに、俺の強さは膨大な魔力なんかじゃない」
言って玲芽は一瞬雑草の生えた地面に視線をやり、剣を持つ右手から力を抜いて一歩、二歩と後退する。
それをチャンスと見たのか、飯田が電気の剣を玲芽に押しつけながら前進する。
「きゃっ──!」
が、飯田は転倒してしまう。
玲芽は地面を見た時、その場に魔力を設置した。そして後退し、魔力を置いたところまで飯田を誘導してその地面を踏むタイミングで魔力を水に変換。超局地的な泥のフィールドが形成され、何も警戒していなかった飯田がその泥で滑ったのだ。
「俺の強さは、自分よりも強い者に鍛え上げられた経験と、戦闘に於ける心構えにある」
魔術士として育つための環境としては、MAO程の好条件が揃った場所はそうそうない。
数多くの手練れ達から学べ、魔術だけでなく身体を鍛える環境もあり、そして実戦に臨む機会もある。
師匠達から本気の手解きを受けて一週間程度でここまで伸びる事は中々ないが、それは玲芽自身の修練に臨む姿勢故だろう。
(と言っても、俺は強くなんかないけれど。自分を強いなんて思ってたら、甘音さんに笑われる)
玲芽は転倒した飯田に追撃をかけず、左右に目を動かして戦況の把握に努める。
(甘音さんは……まあ大丈夫だよな。あっちの敵はできる奴っぽかったし、盛大にやらかしてないか多少の心配はあったが。んで問題は──)
「ま、このタイミングで来るよな」
良治の方に視線を向けると、玲芽の予想通り攻撃の態勢に入っていた。細く鋭くした水の腕を大きく横に振るい、玲芽を斬ろうとする。横斬りならば転倒している飯田に当たらない。
(リーチに対してスイングが速い)(凍結は無理)(全身への魔術行使も無理)
細い分普通の腕と重量が対して変わらないのか、長さ五メートルはあろう水の刀を良治はそのリーチからは考えられないスピードで玲芽の背を斬ろうとする。
(なら、右腕だけ──!)
玲芽は幸い創造したままだった氷の剣を目にも留まらぬ速度で後ろに向けて斬り上げる。
水の刀が斬られ、切断面が凍結する。分断された先端部分がスイングによって起こった遠心力により遠くへ飛んでいく。
「今の速さは何だテメェ!?」
「見られたか──!」
その人ならざる速度の斬撃に、良治が困惑と驚愕の声を上げる。
今のは玲芽の切り札だ。一度見られてしまえば効力を薄れてしまう。
だが──それは理解されてしまった時。相手が困惑している今ここで勝負を決してしまえば、今まで隠していた意味もある。
「我が歩みは雷鳴、我が疾駆は豪雷──!」
そう唱えると、玲芽の体内にバチッとした静電気よりも更に静かな音と擽ったさが走る。その感覚に構っている暇はないと言わんばかりに、玲芽は良治に向かって走り出す。
風景が後ろに下がっていく様にすら見える速度で肉薄した玲芽は、あまりの速度に反応すらしていない良治の脇腹に、容赦なく氷の剣を突き刺す。
剣を引き抜くと良治は叫ぶ間もなく地に伏し、玲芽は敵の戦力を一つ削ぐ事に成功した。
「よし……。いや、良くないか?」
魔術士は体内に武装しているような存在だ。例え脚が利かなくなったとしても、遠距離魔術等で攻撃ができてしまう。そのため無抵抗にするためには戦意を削ぐか、意識を断つしかない。
その点玲芽には刺突や斬撃の痛みをよく知っている。幼い頃はそれでよく気を失ったものだ。
経験から意識を削ぐための攻撃に刺突を選択した玲芽ではあったが、死んでしまっては流石にやり過ぎだ。中心を避けたとはいえ腹には内臓やらがたくさんある。もしかしたら大変なところを刺してしまったかも知れない。
「生きてはいそう……か」
良治の左腕を掴む。
──幸い脈はある。放置していれば危険だろうが、流石にすぐ治療を施す暇も知識も玲芽は持ち合わせていない。
「……あ」
玲芽は思いつき、良治の傷口を凍結させる。これはこれで危険な香りもするが、失血死という死因だけは避けられるだろう。
「やっぱり……お前も雷電使いだったのね……!」
その一部始終を目撃していた飯田が、声を震わせながらそう叫ぶ。まるで罪を糾弾する様な視線と声色に、玲芽は静かに「そうだ」と答える。
「昔、虫を殺す時。あの時俺が使ったのを覚えていたんだ」
玲芽は飯田と暮らしていた頃、彼女が怖がる虫を台所で殺した事があった。彼女から恐怖を拭い取るべく放った魔術が、玲芽が今まで隠していた雷電属性のものだった。
玲芽が先程使用したのは、今まで隠していた雷電属性の魔術。電気や雷の『速度』という特徴を自身に付与し、最高速度を雷と同じ速さにする術だ。
その名を、電影という。
「もしかしたら、という懸念はあったわ。でも学校での戦闘では使っていなかったから、まだ扱えないか私の考え過ぎかと思っていたわ……」
憎しみを噛み殺す様に、或いは恐怖を食い殺す様に。飯田は自身の内にあった思考を開示する。
「貴女が俺を過剰に恐れたのは、同じ属性を持っているからなのか……?」
「そうね……。あの日、お前が私の前で魔術を使った日。私は自分の中にある魔術の才を──私の罪を告発された様な気分になったわ。お前にそんな意図はなくても……私は、どうしてもお前を受け入れられなくなった」
その言葉に、玲芽はどんな想いを抱けばいいのか判らなくなる。
──棄てられた事は、悲しくて、悔しくて、今でも時折思い出しては、心の中に凍える様な寒さを落とす出来事。
だが、彼女自身にもそういった苦悩や葛藤があった。どうしても受け入れられなくなった、という物言いには、魔術を使った玲芽を、それでも愛そうという想いが見え隠れしていたようにも感じる。
「もう、やめよう。諦めてくれないか?」
「────?」
玲芽の言葉に、飯田が首を傾げる。
「この男はもう戦闘はできない。甘音さんと戦ってる奴だって手負いだし、勝ちの目は薄──あ」
そう話している途中で、甘音がゆったりと歩きながら飯田の肩を横切り、玲芽の方へ歩いてくる。右手で大地のタンクトップの襟を掴み引き摺りながら歩くその姿は、見た目の可愛らしさと行動の危険さの温度差で物凄く非日常的だ。
「おっすおっす。お、玲芽くんも一人倒してるじゃん。さすがー」
緊迫した空気感をものともしない甘音からは、やはり天才的な何かを感じずにはいられない。
「あ、続けてどうぞ」
「え、あ、はい」
甘音が大地を良治の近くに投げ棄て、玲芽に話の続きを促す。玲芽はそんな甘音の堂々たる様に感心と呆れを抱きつつ、緩まった精神を引き締めて飯田に再び視線を送る。
「と、こんな感じでもう戦えるのは貴女だけだ。だからもう、大人しく捕まってくれ。貴女に勝ち目はない」
「…………」
飯田が諦めた様に項垂れて、ゆったりとこちらへ向かってくる。
戦意を失ったのだろうか──と様子を窺いながら、玲芽も同様にゆっくりと飯田に接近する。
互いの距離が一メートル程度まで縮まったところで、飯田がキッと黒々とした目を光らせて走り出す。既に雷速の移動術を発動しており、その速さは視力を武器とする玲芽のそれを以ってしても捉えるのは難しい。
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