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「助かりました。でももう少し早めに来てくれてよかったんですよ?」


 自身に迫る水の凶器を撃ち落としてくれた甘音に、玲芽は礼を言いつつも少し文句をつける。


「ちょっとくらい痛い目に遭ってもらってもいいかなって思いましてね!」


 どうやら甘音は昨日の一件を根に持っているらしく、大地から攻撃が飛んできた時は敢えて見過ごしていたらしい。


「……まあ。俺の防御を信頼していたって考えておきます」

「それもあるけどね。んで、どうする?」


 甘音が気持ちを切り替え、これからの戦闘方針について玲芽へと訊く。甘音は大局を見極めて指示を出すタイプではないし、ここは玲芽にとってただの戦闘以上の意味を持つ場だ。彼に委ねるのを最善と判断したのだろう。

 しかし暢気に言葉を交わしているのを待つ程、敵ものどかな人柄をしていない。良治と飯田がそれぞれ左右から接近してくる。

 二人はそれぞれ近い位置にいた敵の攻撃を防ぐ。良治に向けて反撃をしようとした甘音の背中に石の弾丸が飛んでくるのを察知した玲芽が、飯田から目を離して氷の壁を創り弾丸を打ち落とす。

 その隙へ飯田が電気を剣状に造形した物を振り下ろろそうとするが、それは甘音がサイドから低空タックルを仕掛けて未然に防ぐ。


「差し当たってですが……甘音さんは後ろの岩使いを重点的に見てください。あいつの防御は俺じゃ破るのに苦労する」


 言って玲芽は甘音と飯田、良治の間を割るようにして立つ。それは即ち玲芽が魔術士二人を同時に相手取るという事だ。

 甘音はその提案をノータイムで了承し、玲芽に背を向け先日戦った荒木大地の方を見据える。


「じゃ、背中は任せるからね」


 その言葉と共に、甘音は振り向く玲芽の赤い目を見て鼓舞する。

 ──‬目が合ったのは、何秒と数えられる程の長さでもなく、彼女にその意図があったのかは判らない。


「ここを、託される……誇らしさ」


 玲芽の頭の片隅に強く残っていたその言葉が、初めて実感を持って彼の精神とリンクする。

 名も顔も知らぬ誰かが放ったその言葉が、玲芽を強く、強く、後押しする。

 駆け出した甘音を背中で見送って、玲芽は胸の内に灯った熱い何かを身体中に浸透させる。


「テメェ如きが調子に乗りやがって……。大地がいなくたってなァ! テメェなんざ一捻りなんだよッ!!」


 良治が叫びながらまっすぐに距離を詰めてくる。


(あいつは言動や愚直な前身から見るに直情タイプ……だけど、氷よりも水を使う点、そして甘音さんとの交戦記録を聞く限り……)


 玲芽は左手に薄く小さな盾を創り、良治の攻撃に備える。


「ハッ!」


 良治が右腕代理の水塊を伸ばし、大きくカーブさせて玲芽の左脇から貫こうとする。


(ビンゴ)


 玲芽は予め目に溜めておいた魔力を視線に流し込み、先程と同じ用量で良治の水腕を凍結させる。


(思った通り……。魔核狩りだなんて大それた犯罪を行なっているが、やってきた事は『戦闘』ではなく『暗殺』。多少の戦闘訓練はやってても、経験値は俺と大差ない。だから誘導や挑発に引っかかるし──‬)


 玲芽は素速く右を向き、電気の剣を横薙ぎにしようとした飯田の足先目がけて氷楔を打ち込む。


「──‬!?」


(殺気を隠し切れていない!)


 思考と現状が理想通りに合致し、玲芽は珍しく勝気な笑みをその顔に浮かべる。

 対する飯田は悔しそうに歯噛みしながら一歩大きく退がる。後退際に電撃の弾を放出し、玲芽からの追撃を牽制する。


(後退しつつ牽制の放出術式の魔術……あれ良いな。覚えておこう……ッと!)


 玲芽が飯田の魔術に感心していると、左側──‬相手からすれば真正面──‬から良治の水腕が伸びてくる。

 玲芽は咄嗟に左腕に持ったままの盾で防ぐ。薄い盾なのでそのまま砕ける──‬と思っていたが、そうはならなかった。


「ヒハハハハ!!」


 水腕は玲芽の盾にべったりと引っつき、良治がそれを利用して水の方を縮めて一気に距離を詰めてくる。

 肉薄と同時に良治が右肩を払い、強制的に玲芽のガードを下げる。


(左手から攻撃来る)(幸い俺が空けてるのは利き手)(こいつが得意なのは氷よりも水)(少量の水では俺に凍結される事はもう知っているはず)(なら攻撃手段は、多分──‬)


 玲芽は高速で情報整理を行なって、良治が左手から放つ攻撃を予測する。


凍護とうご術法じゅつほうへき──‬」


 玲芽の左右後方から、氷の壁が彼の上方を覆うべく伸びる様に創造される。


「この攻撃はただの盾じゃ防げねぇよ!」


 良治が振り上げた左手の先に線状の水が伸び、その先端に大きな球形をした水の塊が創られていた。恐らく水でできたハンマーの様な物で、玲芽の強固な護りを攻撃の勢いではなく重量で圧し潰す作戦だ。


(読み通り──‬!)


重波しげなみ!!」


 三方から伸びる氷の壁が玲芽を覆う。前方は良治がいるので壁を創造できなかったが、この術が想定している規模を考えれば三枚壁でも大丈夫だろう。


「ラァ!!」


 良治が左腕を振り下ろし、水のハンマーも玲芽の氷壁へと降りてくる。

 水の攻めと氷の護りがぶつかり、氷がその湾曲した身体を更に曲げられ、主人の頭上までその身を縮こませる。

 良治が勝ちを確信してニヤケ面をしていると、玲芽の三枚壁が一気にその身を持ち上げ、水のハンマーを弾き飛ばす。


「隙見っけ」


 玲芽は戦場に場違いな程純粋な声色で言いながら、その出来事に驚愕している良治の左肩へ氷楔を突き刺す。


「あぎゃあああああああ!!」

(ふぅ、上手くいった……)


 絶叫する良治を見ながら、玲芽は一つ安心する。

 ──‬先程玲芽が使ったのは、凍護の術法・壁の内の一つ、重波だ。『凍護の術法』は玲芽が扱う氷の盾や壁全般を指す一つの系統で『壁』は先程大地の攻撃を防いだ氷壁や重波の様に『玲芽の手を空けるように創造した物』全般を指す。

 言わば玲芽が頻繁に創っている盾や壁も凍護の術法の一つなのだが、一々そう宣言する程魔力や集中力を注いでいるわけではないので、何も言わずに創造できている。

 今使用した重波は、氷でありながら液体──‬即ち水の持つ『柔軟性』という特性を付与し、防ぐ事よりも受け止める事を重視した護りだ。柔軟な氷が形を変えつつ攻撃を受け止め、ある程度まで受けたところで急激に形状が戻り、その勢いで敵の攻撃を反射させるという仕組みだ。

 ある程度まで形状変化を許す程度の硬度なので斬撃や刺突には弱いが、巨大な魔獣の踏みつけや先程の水のハンマー等の『圧し潰す』には滅法強い。


(実戦でのはじめての付与、成功して良かった。結璃に圧し潰されまくって落ち込んだ甲斐があった)


 この技は付与と創造の術式を使っており、前者はつい一週間前まで玲芽には扱えなかったものだ。それを扱えるまでに到達できたのは、師匠の一人である結璃の厳しい訓練のお陰に他ならない。


(しかし……この二人はコンビネーションでの攻撃を殆どしてこないな。片方が攻撃してその直後にもう片方が攻撃、みたいなのはやって来てるが、同時に多方向から仕掛けてくる事は甘音さんといた時の一回だけ。もしかして……あの人は普段前線に立って戦わないのか?)


 暫く敵と戦闘して得た情報を、玲芽は注意を払いつつ整理する。噂をすれば影がさし、飯田が良治に代わって前に出て攻撃を仕掛けてくる。

 電気の剣を氷の剣で受け止め、玲芽はかつての家族と睨み合う。

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