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そこから先は、とても単純な話。
自分の弱さを見ないようにして、魔術の鍛錬をする日々。
置いていかれたくないという感情を無視して、見返したいという嘘の理由を自分に向けて吐き続けた結果、自分は復讐のために魔術を振るうのだと本気で思うようになってしまった。
その過程で魔術の素養のない者を『人間』とし、見下すようになった。自分より優れたマガツメという存在を恐れ、傷つけずにはいられない弱き者だと思い込むようになったのだ。
「馬鹿じゃねえの……」
玲芽は自分が封じた過去を思い起こし、長い溜息と共にそう呟く。
玲芽は自分を賢いと思った事はないが、今日ほど馬鹿だと思った事もない。
「どしたのー?」
「うわあっ!!?」
突然後頭部に声をぶつけられ、玲芽は軽く跳ぶくらいに身を跳ねさせ驚く。
「すご。玲芽くんがそこまでビックリするの、はじめて見たかも」
「あ、甘音さん……ノックくらいしてくださいよ」
玲芽の背後に立っていたのは、甘音だった。
考え事をしていたとはいえ、音もなく背後一メートル以内に立たれるのは心臓に悪い。
「いやー結璃にここだって聞いて、入ったら灯りがついてたから、ついやっちゃった」
ついやっちゃった、と言いつつもあまり悪びれる様子のない甘音。寧ろ玲芽の驚く姿を見て、心底嬉しそうに口角が上がるのを堪えているようにも見える。
「で、どう? 自分の事、もっと判った?」
少し近過ぎるくらいの距離感を保ったまま、甘音がまっすぐに玲芽の目を下から覗き込んで訊く。
「まあ……はい。その節は、色々とご迷惑をおかけしました……」
一方的に負い目を感じていた甘音に、玲芽はその意味も告げず深々と頭を下げて謝罪する。
「え、あ、うん。許さん事もない、ぞよ?」
頭を下げられた意味が判らない甘音は、トンチキな口調で玲芽を赦す。元々怒っているわけでもないが。
「俺の名前に『いつか綺麗な花を咲かせるように』って意味を籠めてくれたのに、もしかしたら仇花を咲かせるかも知れなかったんですよね、俺」
「アダバナ……そうだね。アダバナだね」
甘音がやや棒読み気味に返すので、玲芽は彼女の語彙に『仇花』という言葉がないのを察する。
「咲いても実にならない、無駄な花って意味です」
「し、知ってたよ? 玲芽くんが知ってて私が知らない事なんて何一つないんだよ?」
(凄い、ビックリする程説得力に欠けている……)
目をうろうろと動かしながら見え見えの虚勢を張る甘音に、玲芽は黙ったままそんな感想を抱く。
「まあ、取り敢えず玲芽くんが色々自覚したみたいで何よりだよ。それに……」
気を取り直した甘音が、親心にも似た気遣いを見せると同時に何か意味深に言葉尻を窄める。
「それに?」
玲芽が語尾を捉えて訊くと、甘音は白い顔を赤らめて照れ臭そうに──しかし太陽の様に燦然と輝く笑顔で答える。
「キミに初めて渡した名前を、意味まで覚えていてくれて嬉しいんだよ」
言って、その笑顔に玲芽が見惚れる間もなく甘音が勢いよく抱きついてくる。
「────!?」
玲芽は暫し身体を凍らせ、起こった出来事を処理しきれずに棒立ちのままでいた。
「あ、あの、あのあの、甘音さん?」
何とか言葉を発するだけの精神状態に戻った玲芽は、発音数に対して内容がなさすぎる言動をする。
「もっと早くこうしてたら、私が玲芽くんを変えられたのかな……?」
玲芽の背に回した腕の力を強めながら、甘音は打って変わって少し弱気な声色で囁く。
いつも明るく、美しく──強い甘音。
多くの人がいる場では見せないが、彼女の心の奥底には非常に強い劣等感が眠っている。
今の発言から察せられるのは、玲芽が殻を破る切欠を作った楠瀬未梨という少女への妬みや羨望。
自分の方が長く玲芽といるのに、自分ができなかった事をいとも簡単にやってみせた未梨。甘音自身彼女を好ましく思っているからこそ、心に巣食う劣等感はより黒く燃え盛る。
そんな甘音の感情を一欠片だが掴んだ玲芽は、恐る恐る甘音の儚さすら感じる細い身体に腕を回す。
「俺がもっと早く気付けばよかったんです。みんなも、甘音さんも傍にいてくれるんだって。ごめんなさい、でもありがとうございます。こんな俺とも、一緒にいてくれて」
甘音の心の内に灯る炎をその身を挺して消す様に、玲芽は彼女の砂糖菓子みたいに軽い身体を強く抱き寄せる。
「んんっ……」
力を入れ過ぎたのか、甘音が苦しそうな呻き声を上げる。それを聞いた玲芽はすぐに腕を離し、一歩後退する。
「すみません……ちょっと力が籠もり過ぎました」
「いえいえこちらこそ、急に弱気になっちゃって……フンッ!!」
「!?」
甘音が苦笑しつつ玲芽の謝罪を受け流すと、突然自身の両頬をぺしっと引っ叩く。
「弱気タイム終わりっ! よし玲芽くん。景気付けにいっちょ派手に打ち合うよ!」
「えっ、いや今日は魔術の方の訓練をですね……」
「今日は休みだし両方やれば良いじゃん。ほら早く行くよ!」
オーバーワーク必至な修行内容を平然と言ってのけ、甘音が玲芽の腕を引っ張って記憶の部屋を出ていく。
(これはマズい。絶対にマズい……)
玲芽の予想通り、夜には筋肉も魔力もボロボロになるまでその日の修練は続いた。
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