38
(俺はこの先、こんな性格で大丈夫なのか……?)
未梨に突きつけられた優しさ、甘さといった自分の性質に、玲芽は少し不安になる。
それが顔に出ていたのか、未梨が玲芽の左肩に手を置いて「大丈夫だよ」と笑いかけてくる。
「例え戦わない事を選んでも他に良い道があると思うし、戦う事を選んだって、錐川くんならきっと大丈夫」
他人の事なのに何故そう言えるのかは玲芽には判らなかったが、未梨の無駄に自信満々な表情を見ていると、何故だか玲芽自身も大丈夫な気がしてくる。
「まあ、そう言ってくれるのは有難いんだがな……。お前に優しいと言われるような事をした覚えがないんだが」
「え? いっぱいあるよ。この前の事だってそうだし、ちょっと前に──「あ、そうだ」
玲芽は未梨の言葉を遮り、思い出したかのようにそう呟く。
割り込まれた事に不満そうに目を細める未梨であったが、玲芽は「悪い」と軽く謝りつつも自分の話を優先しようとする。
「前の事、で思い出したんだよ。楠瀬さあ、お前昔──」
そう言いかけたところで、ドンドンと教室のドアを強く叩く音が聞こえてくる。
「あ、あっちゃん……」
ドアの窓からは、未梨の友人である女生徒。小崎といっただろうか。
未梨が少し躊躇いながら出入口まで移動するのを見て、玲芽も今日の訓練は終わりにしようと立ち上がる。
「あ、あっちゃんおはよう。さ、教室行こっか──「錐川!!」
どうやら用があったのは未梨ではなく玲芽だったらしい。小崎は無遠慮に玲芽へ接近し、何の躊躇いもなく彼の胸ぐらを掴んで窓側の壁に押しつける。
「なんだ、随分乱暴だな」
敵意剥き出しの黒い眼光と視線を合わせる。そんな目を向けられるのは慣れていたので、驚いたりする様子はなかった。
(確かこいつだよな……楠瀬を助けたってのは)
昨日教えてもらった未梨の昔話から、玲芽は彼女等が中学生の時知り合った事を思い出す。
(多分こいつが過剰に俺を敵視するのは、楠瀬が俺に近付きたがるからだ。昔あんな事があったのに、また性懲りもなく危なそうな奴と仲良くしたがる楠瀬を守ろうとしているんだろう)
そう考察していると、小崎の方が口火を切る。
「よく抜け抜けと登校できるわよね……」
「どういう事だ?」
発言の意図が読めず、玲芽は小崎から一切目を離さずにそう訊ねる。
あまりにも玲芽が動じない事に苛立ちが募ったのか、玲芽のネクタイごと袖を掴む手に力が入る。
「金曜日の放課後の事よ。あの日ここにいた生徒や教師が集団で校外へ出るっていう珍しい出来事があったわ。特に被害もなく事件性なしと判断したのか、警察沙汰にはならなかった。けどね……私には犯人が判るの」
──ああ、なるほど。
そこまで言われ、玲芽は小崎が自分の胸ぐらを掴んでいる理由を理解する。
(その犯人ってのが、俺だって言いたいわけだ)
「へえ、そんな事があったのか。知らなかった」
玲芽は真相を知っているのだが、それを自分の口から話したところで信じてもらえるはずもないと諦め、シラを切る。
「あんな事ができるのは魔術を使える奴だけ。そしてアンタはマガツメ。魔術を使う才能があるわよね?」
「なあ知ってるか? 魔術を使うに値する魔核を持って産まれるくる新生児って、十人に一人程度なんだってな」
玲芽は小崎の勢いに臆さず、そんな知識を披露する。
「つまり、どういう事よ」
「探偵気取りのところ悪いが、俺がマガツメだからという理由で犯人だと思い込むのは早計だ、と言いたいんだ」
玲芽の挑発めいた発言に、小崎が食い縛った歯を剥き出しにして玲芽をより強い力で窓に押しつける。
「はん! ならもうアンタがやったかどうかなんてどうでもいいわ。何で通っているのかなんて知った事じゃないけどね、アンタがこの学校にいるって事自体が迷惑なのよ!」
その言葉は剥き出しのままの感情から発された言葉であったのだろうが、玲芽にとって決して的外れな発言というわけではなかった。
(金曜日のアレは、俺が学校に通っているからこの場所で起きた。こいつの迷惑って発言も、強ち間違いじゃないか)
「ち、違うのあっちゃん……錐川くんは──「未梨は黙ってて!」
未梨が玲芽を庇おうとしたが、小崎は聞く耳を持とうとしない。
(はじめは何故こんなうるさい奴と、楠瀬は一緒にいるんだと思ったっけ)
そんな過去を胸中で回想しながら、玲芽は取り敢えずこの場を収める手段を思いついたので実行に移る。
「判ったから手を離せ」
小崎の手を振り払い、玲芽は乱れた袖を整える。
「何が判ったってのよ」
「そこまで言うなら今日は帰ってやる」
小崎の肩を通り過ぎて、玲芽は呟いて空き教室の出入口へと歩く。
玲芽の姿を涙目で見つめる未梨を見て、玲芽は微かに口を動かす。
「何も言うな。頼む」
小崎にも、ともすれば未梨にすら聞こえない可能性のある程の小声でそう呟く。耳の良い未梨になら届いているはず、と信じて。
教室を出てドアを閉じる直前、小崎に悟られぬ程度に目を室内に向けて未梨の方を見る。
(よし……)
未梨が僅かに、玲芽の他に誰も気付かない程度に首を動かし、頷いていた。どうやら聞こえていたらしい。
それに満足しつつ、しかしどこか疎外感も胸に抱きながら玲芽はその日の授業を一つも受けずに学校を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます