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 週が明け、月曜日がやってくる。


「うぐぐ……」


 いつも通り早めに登校した玲芽は、痛む背中を伸ばして空き教室へ向かう。

 土曜の午後と日曜は丸一日甘音達と戦闘訓練に励んでいた。心理的な転機があった分訓練に身が入るようになったが、それに応じて師匠達の手心もなくなり激しいものになった。

 訓練が終わった直後は充足感を伴う疲労に身を包まれていたが、日が明けると筋肉痛だけが付き合いたての恋人みたいにべったりとくっついている。


 それを甘音に言うと笑い混じりに「鍛え方が足りませんなー」と言われてしまったので、結璃主導の基礎トレーニングは一層厳しさを増すかも知れない。つらい。

 空き教室の鍵を水氷属性の創造魔術で開け、侵入する。教壇に腰掛け、段差になっている床に足を預ける。

 自然体に開いた右手に滞留している魔力に意識を向け、魔術に変換する。

 創造したのは、細身のナイフ。ステーキ等を切り裂く時に使う、ギザギザとした刃のついた物だ。


 ‬この二日間で、創造する物の質が上がった──‬という事はなかった。

 ただ体内の魔力への注視、魔力から魔術への変換、といった魔術を使うまでの工程があからさまに速くなった。

 魔術の基盤は魔力と想像力と精神力。とは結璃の弁だが、玲芽は恐らく精神力が欠けていた。

 マガツメである玲芽に魔力が欠けている事などあるはずもなく、想像力も問題はないと評された。

 精神力に関しては、玲芽自身も心当たりがある。

 思考と感情の不一致による、行動と精神の分裂。それが彼の身体に時たま起こっていたのだが、先日校内に魔核狩りが現れた時は特に顕著だった。

 それが結璃の言う『精神力』に悪影響を与え、玲芽の魔術的成長の妨げになっていたと考えられる。

 氷で創ったナイフを消失させ、今度は手ではなく五本の指先に意識を向ける。


(ナイフ、フォーク、スプーン、フォーク、ナイフ)


 心の中で呟くつつ小指から順に創造する物を決定し、魔術を発動する。

 指先に留まった魔力がその先の空間で魔術となって形作られる。が、玲芽の想像通りとまではいかなかった。


「……先割れスプーンだこれ」


 中指の先に創ろうとしていたスプーンが、前後に創ったフォークのイメージに引っ張られてスポークになってしまった。

 ちょっと笑える失敗してんじゃねえよ、と自分にツッコミを入れて五本の食器を消失させる。

 ミスを引っ張るのは良くないともう一度試そうとするが、じわじわと来るタイプの面白さに集中力を掻き乱される。もうスプーンを創ろうとすればスポークになってしまう未来しか見えない。

 雑念を振り払おうと首をぶんぶん振っていると、教室のドアがノックされる。


(今日は早いな)


 軽やかに腰を上げ、窓越しに手を振る未梨に小さく手を上げつつドアの施錠を解く。


「おはよう、錐川くん」

「ん、おはよう。楠瀬」


 少し照れ臭いが、挨拶を返してみる。そんな心境の変化を察した未梨は「苦しゅうない」と意味不明な言葉と共に満足げに笑う。


「……?」

「ね、いつもここで何してるの?」


 玲芽が未梨の発言に疑問符を浮かべていると、それを華麗にスルーして未梨が訊く。


「ああ、ちょっとした魔術の練習をだな」

「ほへ〜。見てっていい?」


 そう言いつつも既に室内へと入っている未梨。断られるという懸念はないのだろうか。


「いや、まあいいけどだな……」


 ぼやきつつ玲芽は定位置に座り直し、先程と同じ五個同時の創造魔術を試す。


(フォーク、ナイフ、スプーン、ナイフ、フォーク)


 指先毎に創造する物を──‬スポークを創造しないようフォークとスプーンが隣り合わないように──変更‬し、半ば自分に不意打ちする様に魔術を発動する。

 が、魔術を使う時の頭になっていなかった事と人に見られていた緊張により、ナイフがスプーンの様に曲線を描いた物になってしまう。


「錐川くん……なんだか凄く器用な失敗するね?」

「わかる……」


 二度に渡った失敗。そのどちらもが創造した物の出来が悪いとかでなく、想像と違う形になってしまったというものだ。失敗のしかたとしては中々に変わっている。


「でもさ、そのナイフとかフォークって……」

「ああ、何というか俺の苦手な物だな」


 未梨が濁した話の続きを、玲芽は躊躇いなく言う。

 視線を自分の右手に向けたまま、今度はスプーン、フォーク、ナイフと一つずつ創造しては消し去っていく。


「いつまでも苦手なままじゃ、収まりが悪いというかな」

「ふへへ、そっかあ」


 未梨は苦手を克服しようとする玲芽を、ニコニコと満たされた様な笑みで見守る。


「とはいえ、少し息抜きするかな」


 玲芽はそう独り言にしては大きな声で呟く。そしてまた指先へと意識を向け、前回と同様不意打ち気味に魔術を発動する。


「ほわ、可愛い!」


 今玲芽が創造したのは食器類ではなく、小さな犬や猫の像だった。

 玲芽の白く細い指先に載る程度の小ささながらも、全身をつぶさに捉え形取られたその像。実物でさえ細やかな毛並みまで、その身体に再現されている。

 親指の先に載っていた座る犬の像を摘み、未梨の方に見せる。すると彼女は爛々とした目で両手を何か掬い取る様な形で差し出してくるので、玲芽はそこに置いてやる。


「可愛いなぁ……! でも、すぐに融けちゃうんだよね、これ?」


 まじまじと透明な犬の像を観察しながら、玲芽に訊く。


「いや、魔力で加工してあるから融けはしない。ただ俺の魔術は未熟だから、十分もすれば自然と消えてなくなる」

「ほえぇ……こんな精巧なの創って、そんなに保つんだね」

「まあ、何というか……好きなものに関する魔術を使う時は、こう精神的な何かが作用してだな。本人の普段通りよりも少し上手くできるらしいんだ」


 玲芽は『自分は犬や猫といった動物が好きです』と紹介しているような説明をして、気恥ずかしそうに右頬を掻く。


「ふふ、もしかして錐川くんって、戦うのに向いてない性格なのかな?」

「え?」


 微笑み混じりに繰り出された未梨による評価に、玲芽は右目を見開いて彼女の顔を見返す。


「だって錐川くん優しいし、そういう動物とかを好きな心があるなら、魔獣とか他の魔術士を攻撃するの躊躇っちゃうんじゃないかな。と思って」

「あー……何か心当たりある……」


 戦闘の才に於いて、玲芽の右に出る者はそうはいない。

 人並外れた魔力量、隻眼ながらの広大な視野や鋭い視力といった優れた視覚。そして瞬時にベターな行動を選択できる思考力。

 どれもが戦闘に向いた能力であり、その才覚には彼の師匠達も舌を巻いていた。

 魔獣との戦いでは、玲芽に躊躇いは見られない。魔獣とはコミュニケーションが取れず、ただ殺すか殺されるかの関係でしかない事を理解しているからだ。

 だが対人となれば話は違う。

 戦闘を行う相手とはいえ、普段からコミュニケーションを取っている他者と変わらない種族だ。そうなれば、躊躇いが産まれないと言えば嘘になる。

 それを判っていたのか、かつて結璃が「才能はあるんだけどね……」とぼやいていたのを思い出した。

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