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「……ん?」
家を出た矢先、どこからか視線を感じて周囲を見渡す。
右方の曲がり角に消えていく長い金髪に気付き、玲芽は一つ大きな溜息を吐く。
(露骨に隠れてやがる……)
玲芽はポケットからスマートフォンを取り出しつつ、チャット兼通話アプリを開いて一覧から『天宮結璃』のプロフィールを開き、音声通話を発信する。
程なくして結璃のスマートフォンに繋がり、通話が開始される。
『あ、玲芽。どうしたの? 帰った?』
「見てたクセに何言ってんだ」
結璃が逃げていった方に歩きながら、玲芽は一切の駆け引きもなく直球でそう指摘する。
『…………バレた?』
「髪結んでないだろ?」
『……別に興味本位ってだけじゃないのよ? アンタが不用心に歩いてたら、昨日の魔核狩りの奴等を炙り出せるかなーって思って後を尾けてたわけでね?』
結璃はあれこれと誤魔化す手間を省いて、尾行した理由をつらつらと述べる。
「だけじゃない、って事は興味本位でもあったわけだな」
玲芽はそう鋭く指摘しつつ先程結璃が消えていった角を曲がり、大人しく立ち止まっていた結璃の姿を見つける。
が、そこにいたのは結璃だけではない。彼女の背後から、気不味そうに苦笑を浮かべた甘音と勇武が顔を出していた。
「……ハイ」
「スミマセンデシタ」
「ハンセーシテマース」
通話越しの玲芽からの問いかけに顔を合わせて答える結璃、そして口先だけの謝罪を隠そうともしない勇武と甘音。
通話を切り、玲芽は大きな溜息を吐く。言葉が出ない。
魔術士という人種は、生活の中に戦闘という非日常的な刺激を伴う。故に『男女が二人で密会』という日常的な刺激に多少飢えている部分がある。興味本位で動かされるのはやや仕方ない、と玲芽は考えて糾弾するのは辞めておいた。
(まあ。魔核狩りを炙り出すという事には、賛同できなくもないしな)
「…………」
改めて玲芽は、こちらを見つめる三人の顔を見比べる。
馴染みのある三人。それぞれが自分に何かを与えてくれた、玲芽にとって恩人とも呼べる存在。
「甘音さんは……」
「はいっ」
玲芽が名を呼んだ甘音は、何か怒られると思ったのか背筋を伸ばして口を一文字に結ぶ。
「甘音さんは、俺を拾ってくれたんですよね」
「ん? あ、うん。そうよ。連れて行こうとしたら抵抗したから、ブン殴って気絶させちゃったけどね」
玲芽はよく覚えていないが、そうらしい。
河川敷に棄てられた玲芽は暫くそこで過ごしていたのだが、偶然彼を見つけた甘音が天宮邸まで運んだらしい。その際玲芽は甘音の誘いを断り、言葉で玲芽を従わせるのを面倒臭がった甘音が力で解決したと聞いている。
やり方に不満こそあるが、そうでもしなければ自分は死んでいた可能性が高い。そう判断した玲芽はその件を責めず、甘音から結璃に視線を切り替える。
「結璃は、何かと俺に教えてくれたよな」
「そうね。基本的な勉強に魔術の基礎。圧倒的詰め込み教育だったのは、多少反省してるけどね」
結璃の教育には手心の二文字がなかったと、玲芽は明確に覚えている。遊ぶ時間こそ用意してくれてはいたが、勉強の時間の密度が半端ではなかった。一日で国語と算数のドリルをまるまる一つずつやるように言われるなど、日常茶飯事だった。
甘音と同様やり方に不満はある。が、今それを言っても玲芽のひょろひょろした体格が変わるわけでもない。玲芽は残る勇武に視線を落とし、待ってましたと目を輝かせる少年を見つめる。
「勇武は……」
「おう」
「勇武は……勇武は…………うーん」
「ねえのかよ!」
顎に手を当てて何かないかと探す玲芽に食ってかかる勇武。はっと閃いた玲芽は、少し顎を上げて露骨に勇武の小さな背丈を見下す。
「優越感を与えてくれた……?」
「昔は俺より小さかったもんなぁ! 竹みたいにすくすく育ちやがって!」
そんなノリの軽いやり取りができる事こそが、勇武の与えてくれたものだ。それは玲芽も重々承知しているのだが、面と向かって口に出し感謝するのは憚られる。
「良いし……ひょろひょろロン毛野郎とは違って筋肉はあるし」
いじける勇武はさておき。玲芽は何となく明るくなった気がする視界に三人の姿を収め、思わず「ふふっ」と微かな笑みを浮かべる。
「今の……」
「目の錯覚とかじゃ、ない……わよね」
「やっとかよ」
長年共にいた三人も、玲芽の笑顔は見た事がない。互いの顔を見合わせ、それぞれの感想を漏らす。
「ああ……やっとだな」
玲芽にとっての彼等は、未梨にとっての近所の人や友人の様な存在だと自覚する。
足りないモノだらけ、知らない事だらけの玲芽に様々な物事を与えてくれた甘音と結璃。今までいなかった位置にいてくれる勇武。
──自分も未梨と同様、決して孤独なんかじゃなかった事に、玲芽はようやく気がついた。
「俺、やっと自分の事を、少し理解した気がする」
誰に言うでもなく、玲芽は青い青い空に向けてそう言葉を空に溶かす。その空がいつもより鮮やかに見えるのは、気持ちの問題であれど気のせいではないのだろう。
「こーかてきめん、だったみたいね。結璃」
「そうね」
その言葉の意味は玲芽の知るところではなかったが、きっと結璃達も何か考えがあったのだろう。
「よっしゃ。じゃあもう帰ろうぜ。飯でも食いながら中で何してたか根掘り葉掘り訊いてやっからなぁ?」
勇武が玲芽の身体をぐるりと一八〇度回転させ、バシバシと背中を叩く。
「おい……痛えよ」
勇武の手を振り払い、帰り道を歩き出す玲芽。ふとその両肩にフックがかかった様な感覚を覚え、肩越しに背中を見る。
すると黒髪越しに、甘音が玲芽の肩を掴み冷たい目で睨んできていた。
「そうだ。その件があった。ちゃあんと全部教えるんだよ? れ、い、が、くん?」
努めて明るく、しかしおどろおどろしさの見え隠れする声色で、甘音は女子の家から出てきた玲芽にそう言い聞かせる。
「は、はい……」
あまりの恐ろしさに頬を引き攣らせながら、物理的に重い足取りで天宮邸への帰路を歩んだ。
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