シンソウ

真相


『ねぇ、どうしてこんなところでねころがっ──‬うひゃあ!』


 ──‬とつぜん声をかけられて、とつぜん叫び出した。


 その子は手にバスケットを持ちながら、外でねころがっていたボクに声をかけてきた。

 目がさめたからおき上がって答えようとしたけど、身体は言うことを聞かなかった。あれだけされたんだから、しょうがない。


『きみ、だいじょうぶ? 指が……』

『…………』


 答えようとは思ったけど、やめた。


 この子は『にんげん』で、ボクは『ばけもの』だから。

 この子とかかわれば、またボクはイタイオモイをするかも知れないから。

 見つめてくる茶色の目は、ボクの内がわまで見すかしてしまうくらいまっすぐだった。だから、ボクはかおを別の方に向けた。


『きゅうきゅうしゃ、呼ぶ?』

『……やめて』


 ──‬お外は行っちゃダメよ? こわあい人達がいっぱいいるからね。


 そう言われたのを、おぼえている。だからボクがかぜを引いた時も、一人でかんびょうしてくれた。

 その人も、ボクをすてちゃったけど。


『え、でも……』

『おねがいだから、やめて』


 その子の目を見つめ返して、つよく言う。


『……うん、わかった。じゃあその代わり、いっしょにごはん、食べよ?』

『……やだ』


 ことわってばかりなのは気が引けたけど、それでもかかわるのはいやだった。

 目と同じ茶色のかみをむすんでいる、やさしそうな女の子だった。だけど、どんなにやさしい人でも、きっとボクをいじめずにはいられない。


『じゃあ、きゅうきゅうしゃ呼ぶ! 私だって、けいたいでんわくらい、持ってるんだよ!』

『…………』


 とても、困った子だった。

 丸いかおをぷくっともっと丸くさせて、女の子はボクを困らせる。


『……わかったよ』


 いやだったけど、仕方なかった。

 ボクがそう言うと、その子はぱあっとかおを明るくして『やったー!!』と大よろこびしていた。

 背中もいたかったけど、とにかくすわる。ボクだけねころんだままじゃちょっといやだ。


『だいじょうぶなの?』

『へーき』


 ボクをしんぱいしながら、女の子がシートを広げる。お出かけだったのかな、一人だけしかしないけど。


『こっち来れる?』

『ボクはいいよ。これ、汚れちゃうし』


 ボクの背中は泥だらけだ。こんなのでシートにすわると、シートのいみがない。


『いいの! いっしょにすわるの!』

『いたいいたいいたい!!』


 うでを引っぱられる。とてもいたい。いたいので叫んでしまう。


『あ、ごめん……。でも、いっしょに食べるんだから、いっしょにすわろう?』

『……わかったよ』


 その子の言うことには、どうしてかわからないけど逆らえなかった。ちょっとうごくのもいたかったけど、がまんしてシートの上にすわる。


『はい、これで手を拭いて』


 わたされたウェットティッシュで泥だらけの手を拭く。うごかなくなった指があったから苦労したけれど、なんとかなった。


『でも、どうしてこんなところにいるの?』


 女の子がきいてくる。

 ボクは答に迷って『わかんない』とすなおな気持ちを女の子に言う。

 女の子は困ったように首をかたむけるけど、すぐに『まあいっか』と笑いとばす。


『生きていたら、わかんないことのひゃっこやにひゃっこ、あるよねぇ』


 女の子がバスケットをあけて、中のおにぎりをボクにわたしてくる。いっぱい食べる子なのか、それとも元々だれかと食べるつもりだったのか。ラップに包まれたおにぎりはたくさん入っていた。


『いただきます!』


 元気いっぱいに言う女の子。ボクには元気がなかったけれど、その子に合わせて小さく『いただきます』と言った。

 はが抜けていたけど、なんとか食べることはできた。少しつよくにぎりすぎたお米をよくかんで、のみこむ。


 何日ぶりかはわからなかったけど、久しぶりに食べたごはんは、とてもおいしかった。

 少しだけしおの味がするお米も。ていねいにたねを抜いたうめぼしも。パリパリじゃなくなったのりも。


 ──‬とてもとても、おいしかった。


『どお? おいし……ってええええ!?』


 女の子がボクに声をかけようとして、叫び出す。多いね、それ。


『どうしたの? おにぎり、まずかった?』

『う、ううん……おいしいよ? あれ? キミのかお、よく見えないよ……?』

『そりゃあそうだよ! だってキミ、泣いてるよ?』


 その時やっと、ボクは自分がナミダをながしていることに気がついた。


『あれ……? 何で泣いてるの……? かなしいことなんて、何もないのに……』


 拭いても拭いてもナミダはあふれてくる。困っていたボクを、女の子が笑う。


『ふへへ。うれしくって泣くことも、あるんだって。かなしいことがないんなら、きっとそういうナミダだよ』

『そうなんだ……。そうだね。うれしくって、ボクは泣いてるんだ……』

『そうそう。ほら、おにぎりまだまだいっぱいあるから、えんりょしないで食べてね』


 言って、女の子がタイヨウみたいな明るい笑顔になる。

 ボクはうなずいて、手にのこったおにぎりを一気にほおばった。



『キミは、どうしてこんなにたくさんのおにぎりを持ってここに来たの?』


 二つ目のおにぎりを食べながら、ボクは女の子にきいてみる。


『え……うーん、ちょっとね。お外でごはんを食べたい気分だったの。だれかいないかなーって歩いていたら、キミをみつけたんだよ』


 ちょっと言いにくそうにして、女の子がまをおいて答える。


『そうなんだ……。だれかとおにぎりを食べたかったんだね』

『うん! だって、一人で食べるよりも、だれかといっしょに食べた方がごはんはおいしくなるんだよ』


 そのことばをきいて、ボクは思い出す。

 あの人がいない時のごはんよりも、いっしょに食べるごはんの方が、たしかにおいしかった。


『それは……うん。わかるよ』

『でしょ!』


 どうりでさっきから笑っているわけだ。この子が笑うと、なんでかボクもうれしくなる。

 そうしてボクたちはいっしょにおにぎりを食べた。気付かなかったけれど、ボクはとてもおなかが空いていたらしい。小さなおにぎりだったけれど、いくつも食べられた。


『ごちそうさまでした!』

『ごちそうさまでした』


 おなかいっぱいになったボクたちは、二人で手を合わせる。


『ね、おうちはどこ』

『…………』


 とつぜんきかれて、ボクはこたえに迷った。

 あのいえにはもう、ボクのばしょはない。

 迷っていると、女の子がくらいかおをしてボクのかおに近付けてくる。


『ごめんね。いやなこと、きいちゃったかな?』


 そんなかおをしてほしくないから、ボクはあわてて『ううん』と否定する。


『何でもないよ。でもボク……おうち、なくなっちゃったんだ』


 正直に言う。

 その子はむつかしいかおをして、しばらく『うーん……』とかんがえごとをする。そしてまたぱあっと笑って、またボクにかおを近付ける。


『ね、じゃあ私のおうちにおいでよ! それなら、いっぱいいっしょにごはん、たべられるよ!』


 女の子はボクよりも、少し背がたかい。その背中を丸めて、ボクの手をにぎる。

 その子のキラキラとした目を見ると、ことわりにくい。

 でも、そのていあんだけは、ことわらなくちゃきけない。


『ダメだよ……。ボクといっしょに住むと、みんなおかしくなっちゃうから』


 女の子のかがやくひとみから目をそらして、ことわる。

 もしかしたら、またきゅうきゅうしゃを呼ぶと言われてしまうかも知れない。と思ったけど、女の子はあっさりと引き下がってくれた。


『そっかあ。そうだよね。いきなりこんなこと言っても、うんって言えないよね』


 すっとぶつりてきに身を引いて、苦笑いをする。


『じゃあ、その代わり。また明日も、ここでいっしょにお昼ごはん、食べていい?』


 少し迷った。いっしょにいるとこの子もあの人みたいにおかしくなってしまうかも知れない。


 ──‬だけど、この子といっしょにいたいって、ボクは思っていた。


『うん。いいよ。キミがいないと、ボクは何も食べられないしね』

『──‬やったあ! じゃあ、明日は何を作ろうかなあ』


 ちょっとだけおどろいたようなかおをした後、力の抜けたえがおで、女の子がさっそく明日作るものを考える。


『明日も、おにぎりがいい……』


 ボクは思ったことが、小さく口に出してしまう。

 それをきいていたらしく、女の子が『いいの?』と首をかしげる。


『うん。おにぎりがいい』

『そっかあ。ふへへ。そんなにおいしかった?』


 変な笑い方をして、女の子がきいてくる。


『そうだね。でもちょっとつよくにぎりすぎだし、のりももうちょっとパリパリしてる方が……『注文多いね! かしこまりました!!』


 ボクのダメ出しをさえぎりながらも、女の子がうけたまわる。えらいなあ。

 バスケットとシートを片付けて、女の子がかえるじゅんびをととのえる。


『じゃあ、明日ね! あっ』


 女の子が思い付いたように白いマフラーを外す。

 そしてすわっていたボクの前でしゃがんで、そのマフラーをボクの首にまく。


『そのかっこうじゃさむいでしょ? これ、まいてていいよ』

『う、うん……。ありがとう』


 とつぜんのことにおどろいて、思わずことばをつまらせてしまう。


『じゃあ、また明日ー!』


 元気いっぱいにとてとて走って、女の子は去っていく。


『…………』


 マフラーに首をうずめて、そのあたたかさにしぜんと口が笑ってしまう。


 ──‬早く、明日にならないかなあ。

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