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「錐川くんてさ、あの、あれ。マガツメってやつだよね?」


 廊下を歩きながら、所在なげな未梨がそう話題を振る。


「ああ、そうだ。正式な名称を──‬「魔核肥大症。在る程度の大きさの魔核を持った時に発する症状で、外に顕れるのは髪が白くなるのと、瞳が魔核と同じ色になる事。大きな魔核が他の臓器を圧迫するので、他の人よりも少し内臓の機能が低下している。だよね?」


 玲芽が説明しようとするも、言おうとしていなかった部分まで未梨が話してしまう。更に玲芽に見えるよう正面まで回ってドヤ顔のおまけ付きだ。


「……魔術の事といい、詳しいんだな」


 取り敢えずドヤ顔に少し腹が立ったのは置いておき、玲芽は素直に未梨を褒める。


「えへへ。ちょっとした切欠がありまして、勉強したの。流石に細々とした事は頭に入ってないけどね」


 くるりと回って玲芽の隣まで戻る未梨。自分には無関係のはずの魔術やマガツメに関して、学ぶに至った切欠については少し気になった。だがそこまで踏み込む事もないだろうと、玲芽は訊くのを辞める。


「でも……あれだよね。マガツメってその……」

「禍々しい、を略した呼び方だな」


 何となく未梨が濁した部分が判った玲芽は、ぴしゃりと言い当てて未梨の方を見つめてやる。ドヤ顔とやらの作り方は判らないので、無表情でだが。


「そう……ううん。よし、じゃあこれからは『魔力が詰まった瞳』でマガツメって事にしよう!」


 唐突に声を張り上げ、未梨がそう提案する。


「魔力が目に詰まってるわけじゃないが……。まあ別にお前がどういう意味合いを持たせようが構わないが、よく咄嗟に思いつくよな」


 玲芽は提案そのものよりも、未梨の発想したスピードに感心する。


「前から考えたの!」

「……正直にどうも」


 玲芽は心の中で、未梨への感心を全面的に撤回した。


 階段を一つ昇り、三階にある客間の前まで到着する。


「鍵は内側から閉められる。中にある菓子とか飲み物とかは好きにしていい」

「はーい」


 未梨は少し眠そうにしながら、玲芽の指示に間延びした返事をする。


「うーん……」


 玲芽は小さく喉でそう発しながら、未梨の姿を見つめる。


(やっぱり……うん、そうだよな……)


 玲芽は未梨に対し、前々から疑問に思っている事があった。それはマガツメである自分に構う事ではなく、他にもう一つ。彼女の体の一部分にどうしても気になるところがあった。

 だがそれを訊くのは躊躇われる。以前甘音に「どうしてそこの大小がそんなに気になるんですか?」と訊いたらデリカシーがないだの空気が読めないだの、散々お咎めを受けてしまったからだ。


「ど、どうしたの? 何か視線にふくみを感じるんですが!」


 未梨が玲芽の視線に気付き、身体をくねらせて身を守る様に腕を貼りつける。


「悪い。何でも……いや、楠瀬。一つ訊いてもいいか?」

「そ、その前振りは──‬!」


 玲芽が質問しようとすると、未梨が一歩退いて警戒する。


(なんだなんだ。一つ訊かれる事に対してこんなに警戒する奴はじめて見たぞ)


「ま、まあいいや。錐川くんの事たくさん教えてもらったし、答えられる事なら答えるよ?」


 未梨は一歩進んで元のポジションに戻り、質問を受けつける。


「ああ……少し訊き難い事なんだが」


 そこで一旦言葉を区切り、ふうっと息を吐いて新しい空気を体内に取り込む。


「楠瀬さ、何でいつも胸を締めてるんだ?」

「ほへ」


 玲芽の質問に、未梨が答になっていない二音を口から漏らす。約十秒の長い硬直の後、一気に身体中を紅潮させた未梨が「それは言えませーーん!!」と発しながら客間に逃走する。

 そのまま鍵を閉めた未梨。玲芽は天宮家三階の廊下に、ぽつんと一人取り残されてしまう。


(いや、俺の質問が悪かった……んだよな。今のは)


 解答も得られずただ孤独感だけを与えられた玲芽は、多少の不条理さを感じつつも一応の反省はするのであった。

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