30
「錐川くんてさ、あの、あれ。マガツメってやつだよね?」
廊下を歩きながら、所在なげな未梨がそう話題を振る。
「ああ、そうだ。正式な名称を──「魔核肥大症。在る程度の大きさの魔核を持った時に発する症状で、外に顕れるのは髪が白くなるのと、瞳が魔核と同じ色になる事。大きな魔核が他の臓器を圧迫するので、他の人よりも少し内臓の機能が低下している。だよね?」
玲芽が説明しようとするも、言おうとしていなかった部分まで未梨が話してしまう。更に玲芽に見えるよう正面まで回ってドヤ顔のおまけ付きだ。
「……魔術の事といい、詳しいんだな」
取り敢えずドヤ顔に少し腹が立ったのは置いておき、玲芽は素直に未梨を褒める。
「えへへ。ちょっとした切欠がありまして、勉強したの。流石に細々とした事は頭に入ってないけどね」
くるりと回って玲芽の隣まで戻る未梨。自分には無関係のはずの魔術やマガツメに関して、学ぶに至った切欠については少し気になった。だがそこまで踏み込む事もないだろうと、玲芽は訊くのを辞める。
「でも……あれだよね。マガツメってその……」
「禍々しい
何となく未梨が濁した部分が判った玲芽は、ぴしゃりと言い当てて未梨の方を見つめてやる。ドヤ顔とやらの作り方は判らないので、無表情でだが。
「そう……ううん。よし、じゃあこれからは『魔力が詰まった瞳』でマガツメって事にしよう!」
唐突に声を張り上げ、未梨がそう提案する。
「魔力が目に詰まってるわけじゃないが……。まあ別にお前がどういう意味合いを持たせようが構わないが、よく咄嗟に思いつくよな」
玲芽は提案そのものよりも、未梨の発想したスピードに感心する。
「前から考えたの!」
「……正直にどうも」
玲芽は心の中で、未梨への感心を全面的に撤回した。
階段を一つ昇り、三階にある客間の前まで到着する。
「鍵は内側から閉められる。中にある菓子とか飲み物とかは好きにしていい」
「はーい」
未梨は少し眠そうにしながら、玲芽の指示に間延びした返事をする。
「うーん……」
玲芽は小さく喉でそう発しながら、未梨の姿を見つめる。
(やっぱり……うん、そうだよな……)
玲芽は未梨に対し、前々から疑問に思っている事があった。それはマガツメである自分に構う事ではなく、他にもう一つ。彼女の体の一部分にどうしても気になるところがあった。
だがそれを訊くのは躊躇われる。以前甘音に「どうしてそこの大小がそんなに気になるんですか?」と訊いたらデリカシーがないだの空気が読めないだの、散々お咎めを受けてしまったからだ。
「ど、どうしたの? 何か視線にふくみを感じるんですが!」
未梨が玲芽の視線に気付き、身体をくねらせて身を守る様に腕を貼りつける。
「悪い。何でも……いや、楠瀬。一つ訊いてもいいか?」
「そ、その前振りは──!」
玲芽が質問しようとすると、未梨が一歩退いて警戒する。
(なんだなんだ。一つ訊かれる事に対してこんなに警戒する奴はじめて見たぞ)
「ま、まあいいや。錐川くんの事たくさん教えてもらったし、答えられる事なら答えるよ?」
未梨は一歩進んで元のポジションに戻り、質問を受けつける。
「ああ……少し訊き難い事なんだが」
そこで一旦言葉を区切り、ふうっと息を吐いて新しい空気を体内に取り込む。
「楠瀬さ、何でいつも胸を締めてるんだ?」
「ほへ」
玲芽の質問に、未梨が答になっていない二音を口から漏らす。約十秒の長い硬直の後、一気に身体中を紅潮させた未梨が「それは言えませーーん!!」と発しながら客間に逃走する。
そのまま鍵を閉めた未梨。玲芽は天宮家三階の廊下に、ぽつんと一人取り残されてしまう。
(いや、俺の質問が悪かった……んだよな。今のは)
解答も得られずただ孤独感だけを与えられた玲芽は、多少の不条理さを感じつつも一応の反省はするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます